U2の名曲「Walk On」を振り返る:新録アルバムでは「Walk On (Ukraine)」となり歌詞も変わった楽曲の来歴

2023年3月17日にリリースされたU2のニュー・アルバム『Songs Of Surrender』は、彼らの40年を超えるキャリアを通して発表してきた最も重要な40曲を、過去2年間に行われたセッションで2023年版として新たな解釈で新録音したアルバムだ。

このアルバムの発売を記念して、U2の名曲を振り返る記事を連載として公開。元ロッキング・オン編集長であり、バンドを追い続けてきた宮嵜広司さんに寄稿いただきます。最終回となる第5回は「Walk On」です。

1. 楽曲発売当時のバンドの背景

「Walk On」は、2000年10月に発表されたU2通算10枚目のアルバム『All That You Can’t Leave Behind 』からの4枚目のシングルとしてリリースされた。

当時の彼らについては、『新録アルバム『Songs Of Surrender』発売記念連載企画』「U2の名曲「Beautiful Day」を振り返る」の回で詳しく書いたので、そちらを参照してもらいたいのだけど、一言で言えば、このときのU2は、ボノの「人間の本質的なものをテーマにしたアルバムを作るべき時だって気がしたんだ」という言葉で説明できるだろう。

20世紀最後の10年間、その騒乱にみずから飛び込んでいった1990年代のU2は、テクノロジーとヴァーチャル・リアリティを操りながら、この時代を丸ごと体現しようと大胆なチャンレンジをしていた。しかし、新世紀を迎えるにあたって、彼らはそうした衣装を脱ぎ捨て、新たな時代にとって大切なものは何かを問いただすことを選択する。それが『All That You Can’t Leave Behind 』であって、だからこそその作品は4人が生み出すダイレクトでヒューマンなサウンドになっていた。

まるで「Beautiful Day」のMVでシャルル・ド・ゴール空港を飛び立っていた飛行機が長い空の旅を経て着陸したかのようなオープニングで始まるこの「Walk On」のMVには、ブラジルはリオデジャネイロを訪れたバンドのカジュアルな姿が収められている。オフショットではファンとの交流もあってとても温かい雰囲気だ。まさに当時の彼らがどういう気分だったかをこのMVは伝えている。

このMVの中の演奏シーンで、ボノが着用しているTシャツに女性の顔がプリントされているのが見えるだろう。アウン・サン・スー・チー女史である。

U2が彼女のことを知ったのは、2000年3月18日、彼らにダブリンの名誉市民権が授与されたその式典でのことだったという。彼らと同じく名誉市民権を授与されていたのが彼女で、そこでバンドは、オクスフォード大学で研究員をしていた彼女が母親の看病のため母国ビルマ(ミャンマー)帰国後、当時の軍事政権に対抗して国民民主連盟のリーダーとして活動するようになったこと、そのことで長年自宅軟禁など自由を奪われていたこと、それにともない夫の最期にも立ち会えなかったことなどを知る。自らの命も危険にさらし、愛する者との別れも覚悟しながらも、信じることを貫いたその姿勢に感銘を受けたバンドはすぐさま彼女を励ますための曲を書く。それがこの「Walk On」なのである(注1)。

注1:アウン・サン・スー・チー女史に対するU2の態度はその後変わっている。2017年、ロヒンギャのイスラム教徒大量虐殺に対する女史の「沈黙」姿勢に対して、バンドは非難している。

2. この曲が伝えてきたものとは?

アルバム・タイトル『All That You Can’t Leave Behind』は、「Walk On」の歌詞の中にあるフレーズからとられている。世紀を超えるこのタイミングでわたしたちが「決して過去に置きざりにできないもの」とは何か。明日のために「必ず持っていかなくてはならないもの」とは何か。「Walk On」は過去から現在、そして未来へとまさに歩き続けるわたしたちに、前に進み続けることの大事さを説き、そのとき携えておくべき大切なものを問う歌である。

思えばこのアルバムのキー・デザインにはスーツケースが描かれていた。そこにはハートのマークが記されていたし、そもそも曲の冒頭でも、U2はそれをはっきりと「愛」だと明示しているのだけど、「Walk On」がひとりの女性の命がけの愛の姿に打たれたことで生まれた曲だったことを思い出すとき、その重みが理解できるだろう。

『All That You Can’t Leave Behind』のキーデザイン

だから、というのは心が痛いが、「Walk On」は、そんなふうに人々が大きな悲劇に見舞われたときにいつも歌われてきた。

2001年9月21日、つまり「9.11」から10日後の9月21日に緊急放送されたテレソン「A Tribute To Heroes」では、U2は「Peace On Earth」に続けて「Walk On」を振り絞るように歌っている。

MTVはこの曲を使用し「9.11」へのトリビュートMVを制作している。

そしてU2はあらゆるエンターテインメントが止まってしまっていたそのとき、まさに「(それでも)歩み続ける」ことを自身でも示すかのように、誰よりも早く「ツアー」を始動させ(10月10日から)、傷跡の生々しいニューヨークでは10月24、25、27日と3日間の連続公演を敢行している。

10月27日の映像をみると、「Peace On Earth」に続けて「Walk On」を歌うバンドの後ろにこの事件で亡くなった人々の名前が掲げられているのがわかる。

日本でも「Walk On」は鳴っている。2011年3月11日の東日本大震災後に緊急リリースされたチャリティ・アルバム『SONGS FOR JAPAN』にU2が提供したのが「Walk On」だった。

そんなふうに「Walk On」はいつだって悲劇に遭ったわたしたちの側にあった。悲劇には人が起こした災いもあった。自然が起こした災いもあった。そういうとき、人は試される。すべてが奪われ失われたとき、いったい何が自分たちにとって大切で、何が歩かせてくれるかを問われる。なぜ「Walk On」が求められるのかがわかるだろう。

曲の終盤では実にさまざまなもの/ことが置き去りにされる。着ているものから建てたもの、話したことや計画したことも、そこに置いておかなくてはならない。つまり、すべて剥ぎ取られた状態で問われる様は、まるで「天国がないことを想像してください」「国というものがない状態を想像してください」「所有という概念がないことを想像してください」と問うていた、ジョン・レノンのあの「Imagine」を思い起こさせる。究極の地平に立ったとき/立たされたとき、人は何を持って進むべきか。「Imagine」が常にわたしたちがシリアスな状況に遭ったときに歌われてきたように、「Walk On」が現代の「Imagine」のようにも聞こえてくる

3. 新作で新録された音源は何がどう変わったのか?

そして「Walk On」は、いまもっともこの歌が届けられるべき場所へと、今回の『Songs of Surrender』で捧げられている。「Walk On (Ukraine)」という特別なタイトルで、この曲はひときわ大きな光を放っている。

というか、ロシアがウクライナへ侵攻して2ヶ月後の2022年4月に、U2のボノとジ・エッジはGlobal Citizenが立ち上げた支援企画「Stnad Up For Ukraine」に参加、「Walk On Ukraine」というタイトルで歌詞もオリジナルから変更し発表している。

5月8日にはウクライナのゼレンスキー大統領からのオファーを受け、防空壕として使われていたウクライナの首都キーウの地下鉄駅構内でライヴ・パフォーマンスも行い、「Walk On 」も歌っている。

『Songs of Surrender』収録の「Walk On (Ukraine)」は、前述のとおり、歌詞はほぼ全面改訂といっていいほど変更されている。もちろん、オリジナルの骨組はそのままだが、現在のウクライナの状況を反映した細かな表現が加えられていて、これまでわたしたちがメディアを通じてしか感じることのできなかった出来事をいっそう生々しいものにしている。

歌詞変更の中で強い印象を与えたのはやはり「A Stand Up For Freedom」というフレーズがあったことで、これまで常に悲劇に寄り添ってきた「Walk On」という曲に、今回のバージョンに限っては特別なメッセージ性が加えられたと言っていいだろう。

『Songs of Surrender』というアルバムは、U2という40年を超えるキャリアを持ったバンドによる自らのアーカイヴの再創造作品である。それはこれまで常にそのときどきの時代の空気を見事に反映させてきたU2からすれば、一見すると、懐古的な企画に映るかもしれない。しかし、『Songs of Surrender』を聴けばわかるとおり、それは2020年に起きたコロナ・パンデミックとそれに因る世界的ロック・ダウンというあまりにも「現在」でしかない事象をまさに投射したかのような作品だった。

止まってしまった世界が、「いままで存在していたこの世界とは何だったのか」と自問を迫られたこのロック・ダウンと、「U2とは何だったのか」を自問したU2は、シンクロしていたのである。そして加えて、2022年の軍事侵攻と結果的に向き合う曲も収録することになった。

『Songs of Surrender』は、「今」しかできなかったアルバムである。U2の楽曲はいつもその年、その時代のことを強烈に思い出させる力を持っているが、『Songs of Surrender』は、世界史的にみてもとりわけ稀有なこの数年のことを特別な形で封じ込めたドキュメントだったのかもしれない。

Written By 宮嵜 広司
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U2『Songs Of Surrender』
2023年3月17日発売

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