ボウイの未公開映像と生前に遺した言葉で綴るドキュメンタリー『デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム』監督インタビュー

『デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム』© 2022 STARMAN PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

IMAX上映を想定した没入型ドキュメンタリー

20世紀から21世紀、およそ半世紀にわたって音楽を中心にさまざまなメディアで注目を集め続けたデヴィッド・ボウイ。その影響力は、2016年の衝撃的な死から7年の時を経てなお絶大だ。この春、日本公開される『デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム』は、そんなボウイの世界へと観客を誘うドキュメンタリー映画。IMAXでの上映を想定したあざやかな色彩と音響が観る者を包み込む、没入型の映画体験を目指した作品だ。

一般的な「伝記もの」とは違い、ナレーションや関係者インタビューは一切なし。全編がボウイ自身が遺したインタビューから編集された言葉によって進行する。そんな大胆な構成が可能になったのは、デヴィッド・ボウイ財団が管理する膨大なアーカイヴがあったからこそのこと。本作は同財団が初めて全面的に協力し、公認したボウイのドキュメンタリーでもあるのだ。

監督は数々の人物ドキュメンタリーを手掛けてきたブレット・モーゲン。これまでの作品には映画プロデューサーのロバート・エヴァンスについての『くたばれ!ハリウッド』、ローリング・ストーンズの『クロスファイアー・ハリケーン』、ニルヴァーナのカート・コバーンに迫った『COBAIN モンタージュ・オブ・ヘック』などがある。『ムーンエイジ・デイドリーム』の制作は、モーゲン監督にとっても人生の転機となったようだ。

「大きな心臓発作を起こし、1週間も昏睡状態に陥りました」

―この作品の企画は、どのようにはじまったのですか?

まず、2015年に「IMAXミュージック・エクスペリエンス」と銘打ったアイデアを提案したんです。科学博物館に入っているようなIMAXの劇場で、夜に40分程度のスペクタクルな音楽ものシリーズをやろうと。7時にビートルズ、8時にツェッペリン、9時にビヨンセ、10時にボウイ……みたいな。それは実現しなかったのだけど、ボウイ財団とお話したところ、デヴィッドは存命の頃からすごくしっかりしたアーカイヴを整備していたことを知りました。

ボウイは、ドキュメンタリーを作るなら関係者がいろいろ話すような伝統的なものにはしたくないということも生前に言っていたんです。彼としては、専門家が出てきて語ることで、自分の真実ではなく他の人の真実になってしまうという懸念があったそうなんですね。ぼくも伝統的なドキュメンタリーではなく映画的体験ができるものにしたいと考えていたので、両方のアイデアが合致したところからすべてがはじまったんです。

―膨大な資料に長い時間をかけて目を通したとお聞きしました。

『ムーンエイジ・デイドリーム』制作の7年にわたる偏執狂的な旅がはじまりました。ぼくは欲深いことに、自分自身でリサーチをしたいと思ったんです。最初の年はアーカイヴを自分のオフィスに持ってきて、本を読んだり学術的な調査をしていました。そうこうするうちに2017年1月、ぼくは大きな心臓発作を起こし、1週間にわたって昏睡状態に陥りました。その経験を経て改めてアーカイヴに触れると、より深いインパクトがありましたし、自分に響くようなボウイの考え方であったり、エネルギーであったりが作品の方向性を変えていきました。もともと崇高なスペクタクルを作るつもりではじめたけれど、結果的にできた作品は、自分にとって人生を肯定するような、回復のロードマップのようなものになったんですよね。

「今では誇りを持ってボウイの大ファンだと言えます」

―ボウイの語りのみで構成することにしたのはどうしてですか?

彼の真実を生きたのは彼ひとりですから。

―少年時代にどのようにボウイと出会ったかを教えてください。

ぼくにとってボウイは、親の影響なしで自分で選んで聴きはじめた最初のアーティストでした。12〜13歳、思春期に入りはじめた頃、彼はぼくの目を開いてくれました。文化や世界における自分の位置づけ、アイデンティティといったものに対して。単に一緒に歌う音楽というだけじゃなく、もっと文化的に深遠なものに触れるきっかけになったんです。

―監督がその年齢の頃というと、アルバム『スケアリー・モンスターズ』の時代です。その次の『レッツ・ダンス』でボウイが国際的な大スターになっていくのをどう思っていましたか。

あんまりよく見ていなかったんですよね。もうちょっと経って13~14、15歳になった頃は、もっとアンダーグラウンドに惹かれていたということもあって、彼はメジャーの方向に行っていたから、新しい作品を追いかけるのをやめてしまったんです。とはいえ、ボウイのアルバムは折々に立ち返っていく人生のサウンドトラックでした。

この企画に着手した時には、自分は彼を高く評価していたけれど彼の大ファンとは呼べなかったと思います。けれど今は、誇りを持って自分はボウイの大ファンだと言えます。それはやっぱりボウイがすごいんですよね。これだけの時間、彼を研究して過ごしてきて、彼のことをかつてなく素晴らしいと思っているわけですから。

「こんなにも継続的に刺激を与えてくれる存在を他に知りません」

―90年代のボウイが強い印象を残すのも今回の作品の魅力だと思います。

ぼくのお気に入りの時期ですね! アーカイヴを時系列に調べていて、1995年のアルバム『アウトサイド』にさしかかった時、前のボウイが戻ってきたと思いました。全キャリアを見ても最も革命的でアーティスティックな時代だったと言うことさえできるのではないでしょうか。そこから彼は前に進んで、驚くべき音楽的日記を作り続けていたように思います。年を取ることについて、ぼくらが生きている世界について……。年齢を重ねれば重ねるほど彼の後期の作品が好きになっていくんです。

―逆に初期、『ジギー・スターダスト』以前の時代にもボウイはとても興味深い活動をしていますが、残されている素材が少ないという問題がありますね。

映画が『ジギー・スターダスト』の頃からはじまるのは偶然ではありません。ひとつはジギーより前の素材が少ないということ。それに加えて、デヴィッド・ボウイが世界に本当の意味で知れ渡った時からはじめたいという思いもありました。グローバルな、時代精神に合うようなインパクトを与えて衆目が集まった時期を大きく取り上げたことは、自分でも気に入っています。

―この作品を手掛けたことでボウイに対する評価はどう変わりましたか?

人物でも、メディアでも、こんなにも継続的に刺激を与えてくれる存在を他に知りません。贈り物をずっと贈られ続けているような。生涯彼のことを掘り下げようとしても最終目的地にはたどり着けないと思うし、ボウイがそのようにしたんだと思います。ボウイを思うと謙虚な気持ちにさせられるし、その人間性、共感力、知性、優美さ、尊厳といったものにインスピレーションを与えられ続けています。

取材・文:野中モモ

『デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム』は2023年3月24日(金)よりIMAX/Dolby Atmos同時公開

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