中性子星衝突イベントの「早期警報システム」は構築可能 最大1分前に情報発信

重い恒星が寿命の最期に残す「中性子星」は、全体が1つの原子核であると例えられるほどに超高密度な天体です。このような中性子星同士が衝突すると、その瞬間に1兆℃と推定される超高温・超高圧な状態が生じ、「キロノバ」と呼ばれるエネルギー放出現象が起きます。

キロノバでは同時に核反応が高速で進行し、金やウランといった重い元素が生成されます。鉄よりも重い元素は恒星中心部の核融合反応では生成されないと考えられているため、キロノバは重い元素が宇宙に存在する理由の1つであると考えられます。地球や生物にとって鉄より重い元素は重要な構成物の一部であるため、その生成過程には関心が持たれています。

【▲ 図1: 中性子星の合体では強力な重力波が生じるが、合体の前でも重力波は発生している。これを捉えれば合体を事前に予測できることになるが、その信号強度は弱すぎて、通常はノイズと区別がつかない(Credit: NASA / R. Hurt / Caltech-JPL)】

中性子星同士が衝突すると、様々な波長の電磁波とともに「重力波」も放出されます。この重力波を捉えることができれば、多くの詳細な情報が明らかになるでしょう。重力波とは、質量を持つ物体が運動することで生じる、光速で移動する時空のさざ波です。恒星並みの質量がコンパクトに圧縮されている高密度な中性子星は重力が強く、衝突する直前には高速で運動しているため、放出される重力波も膨大です。実際、アメリカとヨーロッパの3つの重力波望遠鏡が連携した「LIGO-Virgo」ネットワークは、中性子星同士の合体で生じたとみられる重力波をいくつも捉えています。中性子星同士が合体する瞬間、その衝突点は電磁波が通過できないほど高密度な状態になるため、このような領域の情報を外部に伝えられるのは重力波のみとなります。重力波を捉えることができれば、電磁波では決して捉えることのできない多くの情報が得られるのです。

ただし、中性子星同士の合体において、これまでに電磁波による観測と重力波による観測が連携できた例は過去に1つしかありません。それは2017年8月17日に観測された「GW170817」(※)です。この天文イベントは重力波と電磁波で爆発の様子を捉えることができた貴重な例ですが、各地の天文台の連携が完璧であったとまでは言えません。LIGO-Virgoネットワークは重力波の観測から40分後に最初の通知を世界中の天文台に送信し、4時間半後には大まかな位置を送信しました。しかし、その頃の観測対象は北半球の多くの天文台から見て地平線の下に沈んでしまい、観測不可能となってしまいました。GW170817の発生源が光学的に観測され、うみへび座の銀河「NGC 4993」の中に発生源があるとわかったのは、発生源が再び地平線よりも上に昇った約11時間後のことでした。

※…GW170817は重力波のカタログ名であり、他にも超新星のカタログ名「AT 2017gfo」や、ガンマ線バーストのカタログ名「GRB 170817A」で呼ばれることもあります。

【▲ 図2: 今回の研究で考案されている天体同士の合体に関する早期警戒システム。合体前に生じる重力波は弱いため、範囲を狭めることは困難であるが、しかし合体前にある程度の方向を示すことができる(Credit: Ryan Magee, et.al.)】

このような観測期間の空白は、中性子星合体のように急速に進行する天文現象を理解する上で大きな妨げとなります。しかし、中性子星は合体直前にも重力波を放出しているため、これを観測することができれば、合体直前に予測情報を送信する “早期警報システム” を構築できる可能性があります。しかし、従来のシステムでは、そのような重力波信号はソフトウェアに切り捨てられていました。信号の強度があまりにも弱くて普段から存在するノイズと区別がつきにくく、誤報だらけになってしまう可能性があるためです。

カリフォルニア工科大学などの研究チームは、過去の重力波の観測データから、そのようなシステムが構築可能であることを示しました。検証の結果、例えばGW170817のケースでは、中性子星から発せられる合体前の重力波が最大で6分間に渡り検出可能なことが判明しました。

この結果を元に、研究チームは「GstLAL」および「SPIIR」というアルゴリズムが異なる2つのソフトウェアを構築し、早期警戒情報をデータベースに送信できるかどうかを調べるために多くの重力波データを読み込ませました。その結果、GstLALでは82回、SPIIRでは141回の早期警戒情報を送信することができました。最初の信号検出から情報の送信までに要する時間は最大15秒でした。これを元に考えると、平均でも衝突の10秒前、5回に1回程度は衝突の1分前に、天体同士の合体イベントを予測できることになります。これは、衝突前に世界中の天文台に予測を送信し、合体後のなるべく早い段階でその場所が突き止められる可能性を示しています。

重力波の観測体制は、将来的なアップデートが検討されています。例えば、日本に設置された重力波望遠鏡「KAGRA」はLIGO-Virgoネットワークに加わる予定ですし、2027年には全体のアップグレードが検討されています。これらが実現すれば、年間100回もの中性子星合体イベントを観測できる可能性があります。

また、オーエンズバレー電波天文台の長波長アレイ「OVRO-LWA」や、カリフォルニア工科大学で将来的に設置が予定されている「DSA-2000 (2,000-antenna Deep Synoptic Array)」などの電波望遠鏡は、中性子星合体イベントでの放出が予測されている瞬間的な電波放出を捉えることを計画しています。そのような電波放出は、理論的には衝突の瞬間、あるいは衝突の直前に発生すると推定されています。この現象を捉えるには、あらかじめ電波望遠鏡を合体イベントが起こる方向に向けておく必要がありますが、合体前の重力波をもとに送信された早期警戒情報を利用すれば、それも可能となるでしょう。謎の多い中性子星同士の合体に関する観測体制を更に強化する上で、重力波望遠鏡による合体イベントの早期警報システム実現が期待されます。

Source

  • Ryan Magee, et.al. “First Demonstration of Early Warning Gravitational-wave Alerts”. (The Astrophysical Journal Letters)
  • Surabhi Sachdev, et.al. “An Early-warning System for Electromagnetic Follow-up of Gravitational-wave Events” (The Astrophysical Journal Letters)
  • Whitney Clavin. “Can Cosmic Collisions Be Predicted Before They Happen?”. (California Institute of Technology)

文/彩恵りり

© 株式会社sorae