『逃げ上手の若君』アニメならではのアクションに期待 『鎌倉殿』に続く日本の中世史

松井優征の歴史漫画『逃げ上手の若君』(集英社/以下『逃げ上手』)が、『SPY×FAMILY』や『ぼっち・ざ・ろっく!』といった作品の制作で知られるCloverWorksによってアニメ化されることが発表された。

2年前に『週刊少年ジャンプ』(集英社)で連載がスタートした本作は、1333年に鎌倉幕府が足利高氏(後の足利尊氏)の謀反によって壊滅する場面から始まる。一族を皆殺しにされた10歳の少年・北条時行は信濃国の神官・諏訪頼重に助けられ、信濃諏訪に潜伏。足利尊氏を倒し、鎌倉幕府を復権するため、共に戦う郎党を集めていく。

作者の松井優征は、「謎」を食べる魔人・脳噛ネウロが女子高生の桂木弥子と共に怪事件を追う異色のミステリー漫画『魔神探偵脳噛ネウロ』(集英社)や、謎の生物・殺せんせーが、教師として自分を暗殺しようとする中学生の生徒たちを教え導いていく異色の学園漫画『暗殺教室』(集英社)を手掛けた人気漫画家。

この2作はアニメ化されており、今回の『逃げ上手』で松井が、『週刊少年ジャンプ』で連載した漫画は全てアニメ化されることになる。

競争の激しい『週刊少年ジャンプ』の連載で、ヒット作を連発する松井優征は、奇抜なキャラクター造形と、漫画ならではのキャッチーなアイデア、巧みなストーリーテリングを得意とする手練の漫画家だ。今回の『逃げ上手』も、ジャンプでは珍しい歴史漫画。しかも北条時行という、あまり知られていない人物を主人公にしたことで注目を集めている。

物語の構造もひねりが効いている。鎌倉幕府を滅ぼし、時行の前に立ちはだかる足利尊氏は、後に征夷大将軍となり室町幕府を設立した英雄で「これから始まる 南北朝時代の 絶対的主人公」と劇中では語られる。

対して時行は、第1話で「彼の名は教科書に 一度だけ登場 するかもしれない」「いずれにせよ テストが終われば 皆 忘れる」と語られており、主人公の時行が敗者となることはあらかじめ定められている。だが本作は同時に、戦いで死ぬことこそが武士の名誉とされた時代に「その少年は」「逃げる事で 英雄となり」「生きる事で 伝説となった」と時行について語っている。

努力・友情・勝利をテーマに掲げ、勝者の物語を紡いできたジャンプの中で「逃げる」ことを肯定的に描こうとする本作は、一見すると異色の少年漫画に思える。

だが本作は、時行が仲間たちをまとめ上げるリーダーとして成長していく様子はこれぞ少年漫画の王道と言える展開で、ジャンプならではの面白いバトルを軸に置くことで、とっつきにくい歴史の世界に優しくいざなってくれる。

歴史漫画だけあり、劇中の着物の柄は多種多彩で、鎧兜や太刀は3DCGでモデリングされたものが多く登場し、バリエーション豊かだ。これがアニメ化によって豊かな色彩で描かれるのが楽しみである。何より、激しい戦いや集団での戦の場面が多いため、アニメならではのアクションとなることを期待している。

昨年は、湯浅政明監督のアニメ映画『犬王』、山田尚子監督の深夜アニメ『平家物語』、三谷幸喜脚本のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』が話題となり、日本の中世を舞台にした時代劇に注目が集まっていた。

血なまぐさい争いが続き、時の権力者が次々と入れ替わっていく不安定な時代だった中世に多くの人々が惹きつけられるのは、コロナ禍、ウクライナ戦争、元首相の暗殺といった予測できない出来事が、次々と起こる現代とどこか重なる所があるからだろう。

『鎌倉殿の13人』の結末から109年後の幕府滅亡から物語が始まる『逃げ上手』の人気も、アニメ化をきっかけに、より広がっていくのではないかと思う。(成馬零一)

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