滞在時間は25分、関東随一の秘境駅へ

男鹿高原駅へ進入する普通列車

 【汐留鉄道倶楽部】「秘境駅」の魔力に引き寄せられて、野岩鉄道会津鬼怒川線の男鹿(おじか)高原駅(栃木県日光市)を訪れた。その日は朝から埼玉県内の田園地帯で、別の撮り鉄を楽しんでいた。のどかな風景に囲まれていたせいか、突然「秘境駅」を見たくなって男鹿高原行きを決めたという経緯だ。

 もしや「外出先で思い立って行く駅なんて、秘境駅とは呼べない」と思われるかもしれない。そのツッコミはごもっともだ。言い訳させてもらうと、その時間からでも乗れる列車が筆者にとっては“一番列車”という事情がある。そんな「到達困難度」こそ秘境駅の証しと笑ってほしい。

 “一番列車”の話を詳しく説明しよう。東京方面から男鹿高原への標準コースは、浅草から東武スカイツリーラインに乗って、東武鬼怒川線の終点であり野岩鉄道の始発駅でもある新藤原で普通列車に乗り換える方法だ。新藤原からの野岩鉄道は、できるなら午前8時17分発の普通列車を目指したい。しかしこれに接続するには、浅草を午前4時58分に出る区間急行に乗らねばならず、筆者の自宅からでは間に合わない。

 したがって新藤原からの“一番列車”は、午前8時17分発の次の普通列車、つまり午後3時10分発となる。それまでの約7時間、新藤原を出る野岩鉄道の列車は、4本とも特急か快速だ。どの列車も男鹿高原を通過してしまう。というわけで、筆者は新藤原から午後3時10分発の普通列車に乗った。

 

男鹿高原駅のホーム

 2両編成の電車は4人掛けのクロスシートが並ぶタイプで、学校や仕事からの帰りとみられる乗客でにぎわっていた。途中駅で降りる客はいても、乗ってくる客はほとんどいない。電車が進めば進むほど空席が増え、いつしか同じ車両に乗っているのは筆者を含めて2人になった。乗客だけでなく、車内広告も皆無に等しかった。

 車窓の景色はトンネルの暗闇が多く、野原や山、岩も目立つ。さすが野岩鉄道と言いたいところだが、「野岩」という名称は旧国名の下野(栃木県)と岩代(福島県西部)に由来する。

 時刻は午後3時41分。男鹿高原では筆者だけが降車した。単線で1面しかないホームには10センチぐらいの雪が積もり、1人分の足跡が残っていた。その足跡をたどると、ホーム上の新藤原寄りにある小さな倉庫の前で途切れていた。きっと除雪などの作業をした鉄道員の足跡だろう。などと想像しながら倉庫前でUターンし、会津方面に歩き出した。

 ザクッ、ザクッと自分の足音が響いた。進行方向の左側に線路があり、その奥は白銀の林。反対の進行方向右側はコンクリートの壁がうっすらと雪化粧をしていた。ホームの中ほどには待合室があった。しっかりとした扉があり、吹雪や大雨をしのげそうだ。クマやイノシシが出たら避難所の代わりになるのだろうか。

男鹿高原駅の出入口

 待合室の壁は写真やチラシで飾られ、訪れた客がメッセージを書き込むノートもあった。残念ながら筆者には読んだり書いたりする時間はなかった。なぜなら午後4時6分発の新藤原行きに乗らないと、次は午後7時49分まで列車が来ないからだ。滞在時間は25分。せわしい小旅行になってしまった。

 駅の出口はホームの会津寄りの端にあった。階段を上ると改札口や駅舎はなく、駅前広場もないまま、いきなり林道に出た。そういえば野岩鉄道のパンフレットは「何もない駅で有名です」と、どこか誇らしげだった。公式サイトにも「駅付近には、広場(緊急用ヘリポート)以外特に何もありません」とあったが、本当に何もないのか確かめようと散策してみた。

 林道は緩やかな坂道で、駅から少し下った所に丁字路があった。直線方向は国有林で、「立ち入り禁止」を掲げたゲートが場違いに物々しかった。丁字路から右へ折れる林道は、なんだか不気味で進む気がしなかった。引き返して坂道を上り、パンフレットに書かれていた緊急用ヘリポートを探した。さっき出てきた駅の出入り口を横目に進むと、まもなく頑丈そうな建物が見えてきた。「何もないなんて謙遜にすぎない」と思ったが、看板には「野岩鉄道 男鹿高原変電所」。人がいるのかいないのか。いずれにしても一般人には用がない施設だ。

 その先にヘリポートがあるはずだが、雪が積もっていてよく分からなかった。立ち止まると、聞こえるのは木々のざわめきと風の音だけ。歩けば自分の足音が加わった。とにもかくにも帰りの電車が気になって、そそくさと駅へ引き返すことにした。急ぎ足で戻ったおかげで、駅に着くころには寒さを忘れていた。

 

男鹿高原駅の時刻表

 ホームに掲げられた時刻表を見ると、寂しいほどに列車の本数が少ない。さすが関東随一の秘境駅と言われるだけある。筆者を迎えに来た普通列車には誰も乗っておらず、途中駅までは貸し切り状態だった。野岩鉄道はトンネル区間が長く、ほぼ直線なので普通列車とはいえ高速で走る。ゆったりとクロスシートに腰かけていると、夜の急行電車か夜行列車に乗っているような懐かしさが込み上げてきた。行きにはなかった感覚だ。

 小さな幸せに浸っているうちに、ひらめいて時刻表を広げた。浅草から午前6時30分発の特急リバティ会津101号に乗るとどうなるか。新藤原は午前8時46分着。もちろん「目指したい午前8時17分発の普通列車」には乗れない。そのまま乗り続ければ、男鹿高原の1駅先の会津高原尾瀬口が午前9時23分着。同駅から新藤原へ折り返す普通列車は午前9時59分発だ。

 時刻表トリックばりの方法で午前10時すぎには男鹿高原へ行けることが分かり、悔しくなった。「スジ鉄のセンスを磨かなければ」。電車がトンネルを抜けると、筆者のちょっとブルーな気持ちに寄り添うように、空が刻々と暗さを増して小旅行の終わりも近づいてきた。

 ☆寺尾敦史(てらお・あつし)共同通信社映像音声部

© 一般社団法人共同通信社