カナダの寝台列車、週3往復でも先住民が重宝する理由 「鉄道なにコレ!?」第41回

カナダ・マニトバ州のチャーチル駅に停車中の夜行列車=2022年12月29日(筆者撮影)

 VIA鉄道カナダの中部マニトバ州ウィニペグ発チャーチル行き夜行列車の寝台車で2泊3日した旅は、定刻の6時間40分遅れで終点に着いた。往路は遅延回復のため代行バスで通った途中のザ・ポーとトンプソンの間には先住民の集落があった。この区間を旅客列車が走るのはわずか週3往復だが、先住民が重宝している理由を折り返しの列車で知った。(共同通信=大塚圭一郎)

 【チャーチルへの移動手段】マニトバ州によると、州都ウィニペグと北極圏のチャーチルの間をつなぐ自動車道はなく、直行する方法はVIA鉄道の夜行列車のほかにカルム・エア・インターナショナルの航空旅客便がある。旅客便の所要時間は片道で最短2時間半と45時間超の夜行列車よりはるかに短いが、1人当たりの航空運賃は最低でも9万円程度と夜行列車の寝台車利用より高額だ。

 ▽「聞きたくない国名」

 チャーチルからウィニペグへ向かう列車の出発時刻は、定刻より2時間半遅れの午後10時になると案内された。筆者と妻子は当初は2日前にチャーチル入りして宿泊施設で2泊する旅程だった。しかし、寒波で航空便が欠航したため往路の列車を変えてもらい、チャーチル到着日にとんぼ返りした。
 チャーチルで発生確率が高いオーロラに期待したが、午後5時ごろに夜のとばりが降りた上空は雲に覆われており“オーロラ劇場”が幕を開ける気配はなかった。
 気温が氷点下10度超を身震いしながら歩いていると、駅に近いシーポートホテルの1階の飲食店が開いていた。出迎えてくれた店員のパトリックさんが「どこから来た?」と尋ねてきた。

チャーチル駅の木造駅舎=22年12月29日(筆者撮影)

 「米国からだよ」と即答すると、「聞きたくない国名だな」とジャブを打ってきた。
 米国をけん制する会話はカナダでよく聞かれる。東部オンタリオ州のサウザン諸島を巡る観光船では案内人が乗客に「この中でまさか南隣の国から来たという奴はいないだろうな?」と尋ねて笑いを誘っていた。
 カナダは米国と同盟関係にあるのに加え、米国へのモノの輸出額が今年1月で450億400万カナダドル(約4兆4千億円)と輸出総額の実に約78%を占める。つながりが深い世界最大の経済大国は「振る舞いが傲慢に見えることもあり、愛憎関係にある」(カナダ人公務員)とされる。
 「米国第一」主義を掲げるドナルド・トランプ前米大統領の在任中は、知り合いのカナダ人外交官は「何をいまさら、米国人の『米国第一』の振る舞いなんて昔からじゃないか」と揶揄していた。

人けが少ないチャーチル駅前の様子=22年12月29日、カナダ・マニトバ州(筆者撮影)

 ▽「元々は日本から」と言い直し

 それでは模範解答は何だったのか?幸い日加関係は良好なため「元々は日本からだよ」と言い直し、「今はカナダの南隣の難しい国に住んでいるけれどもね」とブラックユーモアを付け加えた。
 すると、パトリックさんも相好を崩して「日本か。カナダ西部の保養地バンフの飲食店で昔働いていた時には日本人のお客さんがよく来ていたよ」と振り返り、こんな逸話を教えてくれた。
 「東京の近郊からバンフに来ていた男女が出会い、交際を始めた。彼らに『どうして地元で知り合わなかったのか?』と尋ねたら、『東京のあたりは人口がすごく多いので近所の人も知らないのが普通だよ』と教えられて驚いた」
 一都三県の人口に基づいて「東京首都圏の人口は3500万人より多いよ」と紹介すると、「あと少しでカナダの総人口(3900万人超)という規模ではないか」と語り、国土の広さが世界2番目のカナダに迫る人口が一つの都市圏で密集していることに目を丸くしていた。
 この店でバイソン肉のバーガーを初めて食したが、味覚も食感も牛肉のハンバーガーとの違いはよく分からなかった。

左からカナダ、米国(真ん中のポールの上)、日本の国旗=23年3月、米国ニューヨーク州(筆者撮影)

 ▽夜空の奥で光るのは?

 チャーチル発の列車の出発は午後10時45分と、定刻より3時間15分遅れ。寝台車の2人用個室の2段ベッドの下段で寝ていると、ドアをノックする音で目が覚めた。
 1人用個室を利用していた妻で、「窓からオーロラが見えた」と言う。窓外を眺めていると、確かに夜空の奥にほのかな緑色の光が見える。慌ててデジタルカメラで撮影すると暗闇の中に緑色の光がぼやっと写っていたが、残念ながらピント外れの不鮮明な画質だった。
 上段のベッドにいた息子も起き上がってきたが、「違うよ、あれは列車の窓明かりだよ」とかたくなに認めない。私は人生初のオーロラ観賞に「なんとか成功した」と受け止めた一方、息子は「見えなかった」と主張し、今も解釈は線路のように平行線をたどっている。

カナダ・マニトバ州で夜行列車から撮った車窓。写真下部は窓明かりだが、その上に写っているのはオーロラではないかというのが筆者の見立て=2022年12月30日未明(筆者撮影)

 ▽時間が2倍超の理由

 列車はチャーチル出発翌日の午後2時ごろ、マニトバ州北部では最大の都市トンプソンを出発した。ここからザ・ポーまでの区間は往路の代行バスが約4時間半で駆けたのに対し、列車だと9時間半と2倍超を要する理由を知りたかった。
 客車「スカイラインドームカー」の2階にある展望ドームのテーブルを挟んだ4人用の座席にはトンプソンから子どもたちが乗り込んできた。100キロ余り離れたティケット・ポーテージへ帰宅するそうで、笑い声が響く賑やかな雰囲気になった。
 おそらく先住民だろうと察し、接客責任者のサービスマネージャーのジェニファー・ロイさんに後で尋ねると「その通りで、ティケット・ポーテージ駅は先住民の集落です。毎年12月半ばから翌年3月までは凍結した湖の上を通って自動車でもトンプソンに出られますが、それ以外の期間は鉄道が唯一の移動手段です」と教えてくれた。
 先住民集落に駅を設けている鉄道は、先住民が買い物などでトンプソンなどの他都市と行き来するための重要な足となっている。それらの集落を結ぶために湖の間を縫うように線路が敷かれており、曲線が多く、勾配のある区間もあるため列車はスピードを出せない。
 このため、往路に乗った代行バスが幹線道路を高速で駆けたのと比べて時間がかかるのだと理解した。

カナダ・マニトバ州のトンプソン出発後に列車から見えた湖。ほぼ凍っている=2022年12月30日(筆者撮影)

 ▽犬の宿敵?

 先住民の男児から「あなたは日本人ですか?」と質問されて「よく分かったね」と答えると、「妹があなたのことを『映画俳優ではないか』と言うのですが」と伝えてくれた。四半世紀前の学生時代に映画のエキストラに参加したのを思い出しながら、「そう言ってくれてありがとう」と笑いながら返した。
 座席が並んでいるエコノミークラスよりも高額な寝台車を利用しているのは余裕がある旅行者に映るらしく、妹は「世界旅行の最中なのね」と豊かな想像力を発揮していた。
 ティケット・ポーテージで一緒に途中下車すると、迎えに来た親と共に2匹の飼い犬の姿もあった。白と黒、茶色の毛色をした「ラッキー」と黒色の「スポット」で、どちらも人なつっこい。ロイさんが「賞味期限は切れたけれども、まだ大丈夫」という売店用のハンバーガーを用意しており、餌やりに参加すると2匹ともまっしぐらに飛んできた。
 すると、男児の妹が「あなたたちは犬を食べるの?」と心配そうに尋ねてきた。「違う、犬を食べることがあるのは中国だよ。日本でも犬をペットとして飼っているよ」と話すと子どもたちの表情が緩み、日本人が犬の宿敵ではないことを理解してくれた。
 もっとも、犬も食わない夫婦げんかはあったかもしれないが…。

先住民の子どもたちと飼い犬のラッキー(左)、スポット=22年12月30日、カナダ・マニトバ州のティケット・ポーテージ駅(筆者撮影)

 ※「鉄道なにコレ!?」とは:鉄道と旅行が好きで、鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」の執筆者でもある筆者が、鉄道に関して「なにコレ!?」と驚いた体験や、意外に思われそうな話題をご紹介する連載。2019年8月に始まり、ほぼ月に1回お届けしています。ぜひご愛読ください!

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