子連れ街頭演説、どこまでならOK?女性の政治参加に立ちはだかる数々の壁 選挙理由では預かってくれず…「ケース・バイ・ケース」で逃げる国

初出馬した参院選の「最後の訴え」を終え、子どもを抱える伊藤孝恵さん=2016年7月、名古屋市中区(本人提供)

 日本の政治分野への女性参加は世界最低レベルにある。世界経済フォーラムの「男女格差報告」(ジェンダー・ギャップ指数)の2022年版では146カ国中139位。政治参加を阻む壁の一つは、小さい子を抱える子育て世代が選挙に挑戦する際の障害にありそうだ。子育ては妻だけが担うものではないが、夫の全面サポートを必ず得られるわけではないのも実情。春の統一地方選挙を機に、見えてきた問題点を整理すると、子育てが女性の役割として固定化し、女性が子どもとともに遠ざけられてきた、これまでの選挙のあり様が浮かび上がった。(共同通信=池田知世)

統一地方選の女性候補者向けのハラスメント相談窓口を開設し、記者会見する浜田真里さん(右から2人目)ら=2月20日、東京都千代田区

 ▽「就労」に当たらない選挙活動、保育園に子どもを預けられない?
 女性議員を増やそうと取り組む団体「Stand by Women(スタンド・バイ・ウィメン)」代表の浜田真里さんは昨年、子育てと選挙を両立させた経験者から話を聞き、課題を整理した。浮かんできたのは、子どもの預け先問題だ。
 調査対象は、いずれも国政選や地方選に立候補経験がある男性1人、女性20人。このうち19人が選挙の際、未就学児を抱えていた。幼稚園や保育園を利用できた人は多かったものの、このうち1人は立候補のため勤め先を辞めており、市と交渉して保育園に受け入れてもらった。別の1人は就労証明書を得るため政党職員になった。
 公的な保育園や学童保育に子どもを預けるには、両親の就労証明書が必要となる。ところが自治体によって、選挙は「就労」と認められないケースがあるためだ。
 実際、調査に答えた1人は立候補のために退職し、就労条件を満たさなかったため保育園入園を諦めた。子どもを幼稚園に入れており、預け時間が長い保育園への転園を希望したが、かなわなかったという。
 このほか、待機児童が多いため保育園を断念し、両親に頼った人もいた。配偶者や親の支援を受けられればいいが、そうした環境にない人にとっては、さらに高いハードルとなる。調査対象の全員が「出馬の壁」との認識を持っていた。

参院選の事務所開き。伊藤さんは子どもを連れて参加した=2016年5月、名古屋市東区(本人提供)

 ▽家族の負担、時間の負担、金銭的な負担
 子どもを保育園や学童に預けることができたとしても、家族の負担は決して軽くない。一般に選挙に出るとなれば、立候補届け出から投票前日までの選挙運動はもちろんのこと、日常の政治活動を通じて有権者に名前を売り、政策や政治信条を知ってもらい、支援の輪を広げることが必要だ。早朝・夜間、土日祝日もゆっくり休むわけにはいかない。
 配偶者が勤めていて育休や有給休暇を取りづらい場合、夫婦間で仕事の調整が必要になる。必要になる。ベビーシッターを利用すれば、金銭的負担も重いし、いつでもすぐ頼めるとは限らない。 このため、どうしても選挙活動に子どもを連れて行かざるを得ない場面が出てくるという。

 

総務省が3月1日付けで都道府県選挙管理委員会に通知した文書。子連れ選挙についての見解をQ&A集の形で記載

 ▽子どもをおんぶして街頭演説、頭をよぎった公選法違反
 気がかりは、18歳未満の未成年者の選挙運動を禁じた公職選挙法137条2項の存在だ。子どもの保護を目的とし、本人の自発的な運動や、未成年者の選挙利用を禁じている。認められるのは、ポスター張りなど「労務」に当たる場合に限られる。
 選挙違反で有罪が確定すれば公民権停止もあり得る重い規定。しかし、子どもの選挙利用なのか、育児と両立させるために子どもを連れているのか、前例が少なく線引きが曖昧なのは否めない。
 昨年夏の参院選東京選挙区に立候補した田村真菜さんは、保育園に通う息子を育てていた。選挙期間中、おんぶしながら街頭演説のマイクを握った経験がある。公選法の規定が頭をよぎり、もやもやした思いだったという。
 田村さんの選挙の様子が報じられ、東京都選挙管理委員会は選挙後だったが、こんな見解をホームページに掲載した。「単に子どもが同行すること自体は禁止されていない」

参院の政治倫理・選挙制度特別委員会で答弁する寺田稔総務相=2022年11月9日(肩書は当時)

 ▽全ての元凶は「個別の判断」
 国でも動きが出始めた。昨年11月の参院の政治倫理・選挙制度特別委員会。国民民主党の伊藤孝恵議員が公選法の線引きについて、13の具体的事例を挙げて当時の寺田稔総務相にただした。
 このうち、寺田氏が「問題ない」とはっきり示したのは「街宣車の中で授乳」や「当選後、子どもと一緒に万歳」。わずかに改善したものの、その他の事例に対しては「個別の判断」との答弁が続き、当事者にとって必ずしも視界良好とはならなかった。
 

 伊藤さん自身、2016年の初選挙で子連れ選挙を経験している。3歳と1歳の娘2人を抱えていた。「『個別の判断』という言葉が全ての元凶。もやもやに対する答えを検討してもらえないか」。伊藤さんは統一地方選を前に、子連れ選挙の手引き作成や相談窓口設置を要請。子どもを抱える候補の環境整備を訴えた。
 約4カ月後。総務省は3月1日付で、子連れ選挙運動についての見解を都道府県選挙管理委員会に通知した。Q&A集の形で15の事例を例示。「個別具体の状況」次第との回答は「子どもを抱っこして街頭演説」「子どもの選挙動画出演」など、一部残ったとはいえ、統一地方選に合わせて一定の見解を示した格好だ。
 浜田さんは歓迎する。「子育て世代の立候補に多くの壁がある中、大きな前進だ」

 

乳幼児を抱える「ママ候補」を応援するため、公選法の禁止規定を易しくまとめたしおり

 ▽ママ候補に関心持ったら気軽に選挙応援を
 浜田さん、田村さんらは昨年10月、統一地方選で子育て中の「ママ候補」を応援する活動「こそだて選挙ハック!プロジェクト」を開始した。
 ママ候補は支援の輪も同性、同世代が少なくない。子育てを通じて政治に対する関心を持つ人も多い。ちょっとでもママ候補らに興味を持った人が気軽に手伝えるよう、子どもを連れていても公選法上できること、できないことを易しい言葉でまとめたしおりを作成。インターネット上で公開を始めた。公選法は候補だけでなく支援者の選挙運動も対象になるためだ。
 浜田さんはこう呼びかけている。「子育て中の親も参加しやすい選挙にしたい。子育てしやすい社会をつくっていくためにも、可能な範囲で選挙に参加してみてほしい」

© 一般社団法人共同通信社