ウクライナでは守られている? いまこそ知りたい「戦争のルール」

今世紀に入ってもなくならない戦争。だからこそ、国際法で定められたルールがある──。 大学生と国境なき医師団(MSF)、赤十字国際委員会(ICRC)のスタッフが人道援助を語り合う座談会。後半は、紛争下の市民を守る国際人道法(※)と、この国際法が私たちにどう関わるのかを解説します。

※武力紛争から一般市民や捕虜などを人道的に保護することを目的とした国際的な条約の総称。「戦時国際法」とも呼ばれる。

【前編】はこちら:「人道援助ってどんな活動? ポイントは3つの原則」

戦争にもルールがある

金杉詩子国境なき医師団

金杉:いまウクライナでの戦争について、「国際人道法に違反している」という言葉をニュースでよく聞きますよね。赤十字国際委員会(ICRC)は、国際人道法を世に広める守護者として活動しておられますが、この国際法についてご説明いただけますか。

眞壁:戦争にはルールがあって、戦争をするのであればそのルールに則る必要があります。こう言うと戦争を肯定しているように聞こえるかもしれませんが、人類が始まって以来、戦争がなくなったことはないですよね。職業としての軍人や戦闘員がいるのであれば、やってはいけないこと、守らなければならないことなど、ルールに従わなければいけないのです。

眞壁仁美さん赤十字国際委員会

そのルールですが、大きく分けて2つあります。1つ目は、民間人や武器を持って戦っていない人は全て戦闘行為から守られるということ。例えば、インフラを狙うようなこともやっちゃいけない。一般の人たちの生活や命に直結するからです。

2つ目は、武器や戦争の手段の規制で、非人道的な兵器を使ってはいけないということ。核兵器とか化学兵器のような、戦争が終わってからも環境や人体、遺伝子にまで影響を与えてしまう兵器は使用してはならないのです。

こうしたルールを守らなければならないのは、ジュネーブ諸条約に加入している世界196カ国。国連の加盟国数よりも多いんです。ロシアとウクライナも入っているので、きちんとルールに則って軍事作戦を展開する必要があります。

眞壁:この人道法が最初に生まれたのは一世紀半ぐらい前のこと。ICRCが設立された翌年の1864年にできた「赤十字条約」がもとになっています。その後、世界大戦を経て発展し、いまでは4つの条約と3つの追加議定書から成ります。

かつての戦争では、銃や槍(やり)が使われ、軍事目標だけに当たるやり方でしたよね。ですが技術が進化して、飛行機から爆弾を落として、戦闘員じゃない民間人にも多く犠牲が出るようになってしまった。さらには、特定の民族を標的とする大虐殺も起きました。そうした第二次世界大戦の教訓を得て、現在の「ジュネーブ諸条約」に発展したのです。

堀越芳乃国境なき医師団

堀越:そのジュネーブ諸条約を含む国際人道法では、医療施設や学校を特に保護されるべきものと定めています。病院も医療従事者も攻撃してはいけないと明確に決まっているんです。あと、紛争で負傷した人も、武器さえ手放せば医療を受けられる権利がある。国境なき医師団でも、施設に入る前に武器を置いてきたら誰でも治療する、というルールがあります。

水野葉月さん文学部1年

水野:武器を持っていなければ、もともとは軍人だろうと受け入れて治療をするというのは、人として生きるサポートする人道援助の本質だという気がします。感情論的に敵を排除したくなっちゃうところを、そうじゃなくて皆が生きていけるように、と考えるのですね。

アフガニスタン北部クンドゥーズで戦闘がぼっ発し、避難者のために国境なき医師団が開いた仮設診療所。武器持ち込み禁止のシールを入り口に張るスタッフ=2021年7月 © Prue Coakley/MSF

国際法が守られず、被害が広がる

金杉:いま、国際人道法を侵害するような問題は起きていますか?

眞壁:ロシアとウクライナの紛争で言えば、原発がミサイル攻撃を受けたとか、虐殺が行われて多くの人が集団埋葬されていたという報道がありました。そういう攻撃はいけない。もし放射能が漏れたらどうなるか、私たちは福島第一原発事故も経験しているので知っていますよね。それから、戦闘行為に参加していない人たちを戦争に巻き込むこともいけない。民間人の保護が守られていないんです。

激しい戦闘が起きたウクライナ北部の村。破壊された学校の建物内=2022 年6月 © Melissa Pracht/MSF

眞壁:職業軍人であれば戦争のルールについて教育を受けているでしょう。懸念されるのは、徴兵によって動員された人たちです。戦争に関わったことがない人たちが徴兵されて、人道法を全く知らないまま戦地に送り込まれていく。ルールを知らずに前線で戦っているとしたら、とても危険なことです。

堀越:ウクライナでは、病院も攻撃されましたし、医療従事者も亡くなりましたね。

金杉:世界中にある国境なき医師団の活動現場でも、各地で病院や救急車が襲撃を受ける事態が増えています。それは戦争のルールが守られなくなってきていることと関連があるんですよね。

誰もがどこかで関わっている?

眞壁:人道法を守ってもらうにはどうしたらいいと思いますか?

近野友南さん文学部2年

近野:戦争に参加する人たちが守るべきルールということですが、不本意にも戦争に参加したり関わったりする可能性があるのって全員だと思うから、皆が知っている必要があるのかなと。

金杉:そうですね。被害を受けたとき、国際法違反だと気づくためにも知っておいたほうがいいですね。

眞壁:怖いなと思うのは、紛争当事者がクラウドファンディングで支援を募った場合。その支援内容の中に、武器や戦力を増強するための資金に充てるものがあったら、注意が必要です。民間人でもそのクラウドファンディングを通じてお金を払えば、戦争の武器を買う資金を与えたということで、戦争に参加することになるのです。

そうなると国際法上、その人は守られるべき民間人の定義から外れて、軍事目標として正当化されてしまうかもしれない。実際に攻撃されることがあるかどうかは別として、戦争に参加することで民間人としての保護の権利を失う、ということは知っておいてほしいですね。

金杉:例えば日本の過去の戦争で言うと、子どもが竹槍を持たされましたよね。その場合も戦闘員になるのですか?

眞壁:実際、いまでも国家総動員で国民が戦闘員だったのだから、広島や長崎の原爆は正当化されると言う人もいますよね。総動員令が発せられて、実際に軍に属したり、武器を持って戦闘に参加したりすると正当な軍事ターゲットになってしまいます。ちなみに、子どもを戦闘員にすることは、現在の国際法では禁じられています。

中村一太さん看護学部2年

中村:表向きは国際法の規定があっても、軍と民間人の区別が難しいから、裏を返すようなことも言えてしまうという。武器であれば、クラスター爆弾とか地雷を非人道的だと批判できますが、人になった瞬間、厳しい状況になるのですね。

近野:私たちは戦争とか支援を遠く感じますが、ウクライナとロシア軍の戦争だったら、その友好国が関係していたり、隣国も関わっていたり。広く戦争と捉えれば、米軍基地が日本にもあることで、戦後世界で起きた戦争に対して日本も全く関わっていないとは言い切れないですし。国際法の話もそうですけど、自分たちにも何か影響している要素が必ずあって、世界を動かしている歯車の一つに自分たちがいる、ということを知るのが大事だと思いました。

水野:今日は、地球全体でどうやって人びとが平和に生きていけるかを考えることが人道援助なのかなと学んだ気がします。

金杉:私たちの方が大学生の皆さんから新しい発想を勉強させていただいたような。皆さん、共に考えていただく貴重な時間をありがとうございました。

【前編】はこちら:「人道援助ってどんな活動? ポイントは3つの原則」

4月6日(木)トークイベント開催!【会場&オンライン】

ウクライナでの戦争など、世界で起きているさまざまな人道危機。トークイベントで、私たちにできることを一緒に考えませんか?

当日はパックンマックン、小原ブラスさん、ジャーナリスト竹下由佳さんらが登壇。
会場で参加される方は、イベント終了後の非公開セッションで、登壇者や国境なき医師団、赤十字国際委員会のスタッフと直接話せるチャンスも。仲間も誘って、お気軽にご参加ください!

詳しくはこちら『人道援助を支えるのは私たち──SNS時代に一人ひとりができること』

© 特定非営利活動法人国境なき医師団日本