企業とスポーツの連携が地域にもたらす多元的価値とは――明治安田生命とJリーグの挑戦

サステナブル・ブランド国際会議2023東京・丸の内の初日のプレナリーに並んで登壇した明治安田生命代表執行役社長の永島英器氏(右)とJリーグチェアマンの野々村芳和氏

持続可能な社会に向けて、いま、それぞれの企業の存在意義が鋭く問われている。生命保険業として約140年の歴史を持つ明治安田生命は、健康や地域、絆といった多元的価値の創出をめざし、「つながり、ふれあい、ささえあう地域社会」づくりに奔走する。その活動の基盤の一つが、Jリーグとのパートナーシップだ。サステナブル・ブランド国際会議2023東京・丸の内のプレナリーとランチの両セッションには同社代表執行役社長の永島英器氏とJリーグチェアマンの野々村芳和氏が登壇し、「志を同じくする仲間」として地域創生に向けたお互いの思いを語り合い、さらなる協働を約束した。企業とスポーツの連携は、地域にどのような貢献をもたらすのか――。(眞崎裕史)

明治安田生命は『確かな安心を、いつまでも』の経営理念の下、契約者を会社の構成員(社員)とする相互会社の形態を取っている。プレナリーセッションで永島氏は、そうした同社ならではのパーパス経営の重要性を強調し、「健康、地域、絆といったお金に換算できない社会的価値の創造を主導できるのは、長期的視野で経営を追求できる相互会社である私たちだろうと自負し、その責任を感じている」と力を込めた。

同社は2030年にめざす姿として「『ひとに健康を、まちに元気を。』最も身近なリーディング生保へ」を掲げ、健康と地域をテーマに活動。2020年からは「地元の元気プロジェクト」と題して、地方創生の推進に注力している。

具体的には、各自治体の情報発信や地域住民の健康増進支援を軸に、昨年末時点で全国870の自治体と連携協定を締結。全国道の駅連絡会とも連携し、野菜摂取量や血管年齢を測定する健康測定会のほか、ウォーキングや健康セミナーなど健康増進に向けた取り組みを展開している。さらには全国公民館連合会と連携した公民館での地域住民向け定期講座や祭りの支援、学校での金融・保険教育など、活動の範囲は一保険会社の枠を超え、実に幅広い。

そうした活動の原動力となるのが、全国で1000を超える営業拠点に所属する、約3万6千人の営業職員だ。営業職員の大半は地域で生まれ育ち、活動する地域住民で、同社は22年4月、その名称を、『人と人、人と地域社会の絆をつむぐ人』との意味を込めた『MYリンクコーディネーター』に変更し、給与体系も改めた。MYリンクコーディネーターの存在は、同社の強みにほかならない。

地域に寄り添う思いがJリーグと一致

そして同社は、活動推進の基盤にJリーグとの協働を据える。両者の関係は2014年に始まり、今年で10年目を迎えた。現在、Jリーグとの「タイトルパートナー契約」に加え、全国に60あるJクラブの全てとスポンサー契約を締結している。その理由をプレナリ―セッションで永島氏は「Jリーグの100年構想やホームタウン制といった理念と、地域に寄り添う私たちの思いがぴったりと一致したからだ」と説明した。

全国各地に営業拠点を構える明治安田生命の強みと、スポーツを通じて地域に密着するJリーグ、Jクラブの強みを掛け合わせ、結合させることで、どんな効果が生まれるのか――。永島氏は「地元の自治体や企業も巻き込み、地域社会の課題解決や地域経済の活性化に大きく貢献する」と明言。社会的価値と経済的価値に、地域の幸せや健康といった価値を加えた多元的価値を創造し、先導する企業として、「志を共有する外部企業や団体、自治体と一緒に、新たな価値を共に創ることが大切」であり、これからも「Jリーグと共創しながら地域と手を取り合い、さらなる価値を創造する」と決意を表明した。

クラブがある地域の人たちをどうしたら幸せにできるか

プレナリ―セッションの後半は、その大事な共創のパートナーであるJリーグチェアマンの野々村氏が登壇。地域密着をテーマに30年前にスタートしたJリーグが10クラブから60クラブへと進化する過程で、「勝つことはもちろん大事だが、それ以上に、クラブがあるその地域の人たちをどうしたら幸せにできるかを考えて活動してきた」と強調した。

©J.LEAGUE

Jリーグ全体では2018年からJクラブと企業や行政、住民らが連携し、社会課題の解決をめざす社会連携活動「シャレン!」をスタート。各クラブでは幼稚園訪問や地域の人たちとの農作業などのホームタウン活動に力を入れ、2021年は全クラブで計2万1千回実施したという。

野々村氏は「サッカークラブにできることはたくさんある。同じ志を持った仲間と一緒に地域課題を解決しながら、楽しみを分かち合える人を増やしていきたい。一つ一つの地域をより幸せにしていく」と力強く宣言し、プレナリーセッションを終えた。

共創の力で地方創生へ。相乗効果に期待

続くランチセッションは「明治安田生命×Jリーグによる社会的価値の創出~地域・スポーツ・企業が『Win-Win-Win』を実現する、これからの地方創生~」と題して行われた。ここでの2氏の対話を通して、両者の考えや取り組みをさらに深掘りしていこう。

10年目を迎えた両者の連携は、関係構築の第1期、共創の第2期を経て、現在、第3期の「社会的価値の創出」のフェーズに入ったところだ。

セッションではまず、すでに動き出している3期の取り組みについて報告がなされた。大分県では子どもたちへ「食と農」の大切さを伝えようと、地元のJクラブ「大分トリニータ」と道の駅「原尻の滝」、さらに地元銀行などの賛同を得て、田植え体験を実施。収穫した米は大分県を通じ、子ども食堂に寄付している。横浜市では「はまっ子防災プロジェクト」と題して、地元のJクラブ「横浜F・マリノス」、自治体、地元企業と協働し、地域の防災力向上に向けた公民共創プロジェクトを推進しているという。

今後は同社の「地元の元気プロジェクト」とJリーグの「シャレン!」を一体的に打ち出し、全国で活動をさらに加速させる。さらに、全社をあげた取組として、社会課題になりつつある「献血」をテーマに、若年層の献血意識向上を目的に「シャレン!で献血」を展開するという。具体的には、まずは日本赤十字社とも連携し、サッカースタジアム内に献血バスを設置するほか、MYリンクコーディネーターが全国138カ所の献血ルームの案内を行うなど、多くの人に献血協力の輪を広げ、Jリーグとともに地域の健康増進を盛り上げていく考えだ。

サッカーが強くなるためにも地域に有益な存在に

ここでランチセッションは、あらためて両者が、それぞれの存在意義を巡って思いを語った。野々村氏は、この30年間で、地域社会とJクラブ、選手の関係に生じた「変化」に言及。「当初は地域密着と言っても、選手はその感覚があまり分からなかった。それが、今では、地域に支えられてプレーできている感覚を当たり前のように持っている。そして『地域とこのクラブを育てたい』と思ってくれる本当の意味でのサポーターが増えた」という。

©J.LEAGUE

例えば「カターレ富山」では、選手が高齢者施設などに行き、高齢者にクラブを支えてくれる人になってもらうよう、交流を深めている。「私も行きましたが、施設のスタッフから、サッカーに触れて高齢者が心からの笑顔を見せるようになった、と言われました」と、自身も本当に嬉しそうに話す野々村氏。「いちばん大事なのは各地域でそれぞれのクラブが輝くこと。サッカーが強くなるためにもクラブが地域のために有益な存在にならなくてはいけない」と力を込めた。

地域社会がかつての力を失ってしまった

一方、生命保険会社である明治安田生命はなぜ地域に寄り添うのかという問いに対して、永島氏は、同社のパーパス、存在意義が「確かな安心をいつまでも」お客さまにお届けすることにあり、その前提として、「地域社会、居場所というのは欠かすことができないからだ」とする考えを強調。そしてこう続けた。

「いま世界中で格差や分断が悲しいほどに拡大している。その理由は大きく分けて3つ。1つは温暖化やコロナ禍といった問題。2つ目にいわゆる強欲な資本主義。3つ目は、国と個人の間にある中間団体、地域社会がまさにその典型ですが、そういったものがかつてほどの力を失ってしまったことが、孤独や孤立を加速させているのではないでしょうか」

医学的な処方箋よりも社会的な処方箋を

『世界でいちばん地域を愛するプロサッカーリーグになりたい』と掲げるJリーグと、『地域や社会にとっていちばん身近な存在でありたい』と願う明治安田生命。地域創生をキーワードにまさに志を同じくする両者が連携を進める上で、鍵になるのはやはり「人」だ。

永島氏はここであらためて地域社会の絆をつむぐ同社のMYリンクコーディネーターの存在に触れ、一つのエピソードを紹介した。それは、ご自宅に引きこまれている方の家に、訪問診療に行った医者ができたことは、一片の医学的な処方箋を渡すことだけだったという。「しかし、この方に本当に必要なことは、例えば、『昔、登山をやっていたんですか?』とその人の歴史を聞き出し、『登山サークルがあるので今度一緒に行きませんか?』と誘ってみるといった社会的処方箋ではないか。誰かが、地域資源と個をつなぐ役割を果たさないといけないと痛感した」というもの。永島氏には「まさにわれわれのMYリンクコーディネーターがその役割を果たしていきたい」という強い思いがある。

そのMYリンクコーディネーターをはじめとする従業員一人ひとりと永島氏はどう向き合っているのか。セッションではその“社長像”が垣間見える、こんな発言もあった。

「当社は経済的価値を『履歴書の価値観』、社会的価値を『追悼文の価値観』と呼んでいる。自らが何をなしたかを指し示して、確かな経済的価値を持つ『履歴書』を飾り立てるよりも、むしろ自分が死んだ時にお客さまや地域社会、仲間からどんなふうに記憶されるかという『追悼文』の価値観を大切にしよう、と。自分自身も5万人の『履歴書』を覚える社長でいるより、いざという時、たったひとりの従業員のために『追悼文』を書ける社長でありたい」

いかに熱量のある『作品』をつくるか

一方の野々村氏からも、永島氏に負けず劣らず、Jリーグと地方創生にかける熱い思いが繰り返し飛び出した。「これからのJリーグに必要なものは、いかに熱量のある良い『作品』をつくるか」。『作品』とは野々村氏独特の表現で、ホームスタジアムでの試合を意味する。今後については、「地域にコミュニティとしてリアルに存在し、且つ、何年かに一度はみんなで大喜びするために一つのクラブをつくりあげていくことの意義は大きい。何をしたら地域の人たちが幸せになれるか。一つのプラットフォームとしてJクラブを使ってもらいながら、サポーターやパートナーに思いを広げていきたい」と声を弾ませた。

最後に永島氏は、新型コロナウイルスの流行やウクライナ戦争で「国家の復権」を見せつけられたとし、そこから着想を得ての「人間の復権」を主張。「人生もスポーツも偶発性と矛盾に満ちていて、AIやロボットとは、ある意味対極にある。そんな中で物語や意味、幸せを見出すのが人の営みであり、今こそ、そういった人間中心の社会を意識してつくらないといけない、その一端を、当社が担いたい」と訴え、セッションを締め括った。対談の全体を通して伝わってきたのは、明治安田生命とJリーグの共通点、そして、永島氏と野々村氏の両トップが同じ方向を見据えていることだ。

日本全体を見渡しても、企業とスポーツの共創の事例はまだ珍しい。理念や志を同じくする企業やスポーツ、地域が手を取り合い、新たな社会的価値を生み出すモデルケースとして、明治安田生命とJリーグの取り組みを注目し続けたい。

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