自分は残業しない−−管理職の宣言は職場にどんな影響を与えたのか?

自分の「思い」を伝える際、表現しきれないこともあれば、相手が違った形で受け止めてしまう場合もあります。

臨床心理学者・平木典子 氏の著書『言いにくいことが言えるようになる伝え方 自分も相手も大切にするアサーション』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)より、一部を抜粋・編集してアサーティブに思いを伝える方法を紹介します。


固定観念にとらわれず、アサーティブに思いを伝える

社会で生きていくには、がまんが必要。

自分の「思い」を後回しにするくらいなんでもない。

仕事の世界では、そのような考えの人が多いかもしれません。

とくに女性の場合、職に就いていても、組織や周囲の人々の動きを察知し、自分らしさや能力を隠して、つぶされないようがまんしている人がいると聞きます。

「女性の力を生かす」などと声高に叫ばれていますが、実際は力を活かすどころか「出る杭は打たれる」とばかりに、控え目に動いている女性がいることも現実です。

男性社会の中で生き延びるために、周囲に目配りをしながら、しかし余計なじゃまをされないようがまんしようとしているのかもしれません。

ただ、「こういう職場だからしかたない」「思いを伝えるより抑える方が自分に合っている」という固定観念に縛られていると、チャンスや可能性を逃すこともあります。

やってみたら、やれないことではなかった。「思い」を大切に行動したら、むしろ思いもよらなかった成果が得られた。そんな話も耳にするようになりました。

残業しないことを決めた管理職

テレビで紹介されたある女性の課長の話です。

課長に抜擢され、着任後、彼女は部下たちに「自分は残業しない」ことを伝えました。

「夫婦共働きだが、事情があって、今は家庭のことを優先しなければならない日がある。残業する日もあるが、基本的にしないで仕事をマネージしていきたい」

残業するのが当たり前、しかも女性の管理職はまれという環境にもかかわらず、彼女は家族を犠牲にしないで、課長職を務める決意をしたのです。

やがて、彼女からの残業の指示が減り、また彼女の仕事ぶりを見て、残業なしでも仕事が順調に進むことに誰もが気づくようになっていきました。

しかも、残業をそれほど苦にしていなかった若い社員が、仕事が早く終わった後の時間を、大学時代に熱中していた趣味に使い、その趣味の時間から新商品のアイディアをあれこれ思いつくことができたということでした。

固定観念に縛られないで、アサーティブな関係を職場でつくり、日常を上手にやりくりした女性課長の知恵は、残業しない環境を生み出し、結果的に部下にもよい影響を与え、成果も得られたのです。

会社や部署ごとの仕事の特色にもよるでしょうが、がまんして自分を状況に合わせるだけでなく、新鮮な目で状況を受けとめ、工夫や創造性を刺激した例です。

がまんに使っていた「自己資源」を有意義に使う

職場によっては、古いやり方を踏襲し、新しい提案は受けつけない雰囲気があったり、仕事の性質上、残業は免れなかったりすることもあり得ます。

しかし、そんな環境の中でも、アサーティブに自分の思いを伝え、自分の望む状況を実現している人がいるのも事実です。

限りある「自己資源」を、がまんに使うのはもったいないことです。自分が大切にしたいことに最大限の「自己資源」を使えるように、自分の気持ちを伝えていきましょう。

昇進を断り、家族との時間を選択

不動産会社のトップセールス常連だったある男性が、課長昇進を伝えられたときのことです。

彼は、部長が残念がる中で、その昇進を断りました。

不動産、特に住宅のセールスは、世の中の多くの人々が働いていない時間帯が最も多忙になる仕事です。それまではその仕事を十分やり遂げてきた彼でしたが、課長となると話は別。管理職になると、部下がその日の仕事を終えるまでは、全体を見届ける責任があります。土・日もより多く出勤する必要があることは経験上、よくわかっています。

そこで、自分の家庭の状況を話して、一社員としてはできても、管理職としての責任は果たせないことを理解してもらったのです。そして、その上で、自分の力が発揮できているその部署の仕事は続けたいとも伝えました。

彼は、がまんして昇進をあきらめたのではなく、家族のために自らの選択で、辞退を決めたのです。

彼は、その仕事が好きであり、能力を発揮していましたから、管理職の仕事も十分果たすことができるでしょう。しかし、自分自身の中にある「資源」を今、必要とされている2つの場に集中する道を選びました。

「資源」とは、単なる能力のことではなく、何かをやりたいと思う意思や情熱、自分の周りや会社のために貢献しようとする志も含まれます。

がまんするということは、自分の資源やエネルギーをやりたいことに使わず、がまんのために使ったり、どこかにため込んだりしていることかもしれません。

もし、管理職になることで家族への思いをがまんし、葛藤をもたらすとしたら、それは資源の抑え込みでしょう。

自己資源を何に使いたいかは、自分が一番よく知っているのではないでしょうか。

無難な就職か、やりたいことを貫くか

次のエピソードは、就職で迷っていたある経済学部の学生の相談から始まりました。

この学生は、幼い頃、漫画が大好きで、漫画家になりたいと親に話していました。

しかし、親に、「何をバカなことを言っている」「おまえが漫画家になれるわけない」「無難な道を選んでおかないと先が危ない」と言われ続け、経済学部に入ったと言います。

それでも、彼は大学に入って再び漫画を描き始め、とある漫画家のもとでアルバイトも始めました。趣味のつもりでやっていたのですが、就職を前にして迷い始めたのです。

アルバイト先の様子を尋ねてみると、

「まあ、今は下働きですからね。でも、ときどき先生(漫画家)から『お前、結構センスあるよ』『その線、なかなかいいじゃん』って言ってはもらえてますが……」と言うので、

「漫画で自分の才能を発揮できそうかどうか、聞いてみたら?」と伝えました。

その結果、「才能がないわけでもないみたいです」となり、彼はアルバイトを卒業まで続け、そこに就職することにしました。

その後、彼は卒業まで地方にいる親には内緒にしていましたが、やりたいことを貫いて現在に至っています。

世間的に見れば、「経済学部を出ながら漫画家?」「親を騙すなんて……」と言われるかもしれません。

ただ、彼は「思い」を抑えることをやめて、やりたいことに自分の資源を使いました。そして、その結果、生きる道を再確認し、なおかつ他人から認められるという達成感を得ています。

こういった例のように、自分の資源を探し出しておけば、それを使うチャンスが見えます。

チャンスとは、向こうから飛び込んでくるものではなく、目の前を通り過ぎていく様々な出来事の中から、自分に合うものをつかみとっていくものです。

経験が浅く自分が見極められていない人、女性や若い人など差別されがちな人たちは、がまんしながら社会に適応していくことを余儀なくされます。自分のやりたいこと、言いたいことをグッと抑えて、目立たぬよう、打たれぬように、密かに待機することもあるでしょう。

そんなときは、自分の資源を、自己研鑽や関心のあること、周囲に役立つことに活用しておきましょう。

早々に自分はダメだとあきらめて、宝を持ち腐れにしたり、堪忍袋の緒が切れて、手ぶらで会社や仕事を辞めたりしないために、密かに待機している間も、転んでもただでは起きないようにすることです。

それは自分の資源を無駄にしない、前向きな生き方と言えるでしょう。

言いにくいことが言えるようになる伝え方 自分も相手も大切にするアサーション

著者:平木典子
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