【読書亡羊】権力と官僚の「幸せ」な関係とは 兼原信克、佐々木豊成、曽我豪、高見澤將林著『官邸官僚が本音で語る権力の使い方』 その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする週末書評!

「総理とはいえ、一人では何もできない」と安倍元総理

今回取り上げる『官邸官僚が本音で語る権力の使い方』(兼原信克、佐々木豊成、曽我豪、高見澤將林著、新潮新書)を読んで、思い出したのは筆者(梶原)が安倍元総理にインタビューした際の、次の発言だ。

政治において何よりも大事なことは、信念を共有し、信頼し合える仲間を持つことです。一介の議員ならもちろん、たとえ一国の総理大臣であるといっても、一人でできることには限りがあります。いくら信念があっても、私一人で声を上げるだけでは、何の成果も生み出すことはできなかったでしょう。チームで事に当たらなければ、大きな仕事を成し遂げることはできないのです。(『プレジデント』2021年10月15日号)

ここでの「チーム」とは、官僚で構成された官邸スタッフを指す。「政治主導」「安倍一強」との印象で政権の特色を語る向きもある中で、この安倍元総理の言葉には意外さを感じる人もいるかもしれない。

しかし本書が指摘するように、巨大タンカーのごとき日本政府を巧みに操縦し、座礁させず、アクシデントに対処しながら先を目指すには、とても一人の力では足りない。政治家だけでなく、スタッフたる官僚たちの力が必要不可欠なのだ。

本書は安倍政権下で内閣官房副長官補を務めた兼原氏、佐々木氏、高見澤氏と、安倍元総理の〝宿敵〟である朝日新聞の政治部編集委員でありながら、安倍氏に近かったとされる曽我豪氏が、「権力とは」「危機管理とは」「インテリジェンスとは」について徹底的に語った画期的な一冊だ。

その内容からは、政治権力のあり方や、政治家と官僚の関係、さらに外側で権力に影響を及ぼすメディアの立ち位置がうかがえる。

内閣人事局は「合理的」

元外務官僚で外政担当の内閣官房副長官補を務めた兼原氏が言うように、自ら方向を示し決断する「将軍型リーダーだった」安倍総理でも、「私一人では何の成果も生み出せない」のが政治の世界。さらに官僚の側も、実は強い官邸を望んでいるという。

元財務官僚で内政担当の内閣官房副長官補を務めた佐々木氏は「政治家に方向を決めてもらった上で、役所全体が同じ方向に向かうというのは、役人にとってはすごく快感だと思います」と述べたうえで、安倍政権時代、経済再生担当大臣を務めた甘利明前自民党幹事長の例を挙げる。

経済再生担当大臣だった甘利明さんは、内閣官房の幹部が何人かで出向いた時に、「俺は役人を使いまくる」と言いました。「お前らを徹底的に使うぞ」と言われて、役人はその言葉に奮い立ったんです……政治家と役人は役割が違っていて、政治家が役人をうまく使い、役人が政治家にうまく使われると、チームとしての能力が発揮されます。

内閣人事局ができて、人事を握られたから官僚は政治家を忖度せざるを得なくなった、とする巷間の指摘にも佐々木氏は「前から官邸は官僚人事検討会議をやっていたし、人事局で官邸の力が強まったかは正直よくわからない」と疑念を呈す。

さらに元防衛官僚で安全保障・危機管理担当の内閣官房副長官補を務めた高見澤氏も内閣人事局ができたことで「官邸の力が強くなったという実感はあまりない」と述べる。

内閣人事局の意義は年次を重んじるなどの伝統的な人事管理を変えたことにあり、官邸の判断で適材適所を徹底するのは合理的なシステムだと評価しているのだ。

危機意識が低い政治家と世論

もちろん官僚については各省が省益ばかりを考えて横の連携が全くない縦割りの問題も、いまなおある。しかし「いざという時に機能しない組織」が存在する本当の理由は、官僚自身の問題もさることながら、政治の舵取りや組織のあり方、さらには世論から生じている面もある。

例えば危機管理の問題。官僚ではない立場で本書に参加している朝日新聞の曽我氏が言うように、自民党はもちろん野党の代表選で「この人が将来有事の際にどれくらい能力があるか」という観点で報道がなされるかといえば心もとないし、国民も関心を持たない。

「実のところ、普通の政治家は有事で自衛隊員が死ぬなんて思っていない」と兼原氏が言えば、防衛官僚の高見澤氏は「防衛大臣や外務大臣をやった政治家の中にも、『俺はそういう話は怖いから聞かない』なんて言う人がいます」、とサラリと恐ろしいことを指摘する。

身内に自衛官がいるものとしては聞き捨てならないが、実際、「自分の決断の誤り一つで、自衛官、あるいは国民が命を落とす」とのリアリティをもって政務に取り組んでいる政治家の方が少ないのだろう。無論、それは政治家だけでなく、官僚、メディア、ひいては国民も同罪かもしれない。

その中で、曽我氏が次のように述べているのは注目したいところだ。

我々新聞記者が法律論を展開する時って、どうしても「歯止め」だったり「権力の暴走を止める」ほうから立論していくんです……もちろん権力の暴走を監視し歯止めをかけるうえでは必須の議論ですが、それだけだと現実的な安全保障議論はなかなか前に進みません。

全く同感なのだが、こうした指摘に同意する新聞記者がどの程度いるのか、不安に思うのも確かだ。

「真の危機」は政官一体でなければ乗り越えられない

官僚といえば、古くは「ノーパンしゃぶしゃぶ」問題が想起され、少し前にも「居酒屋タクシー問題」が取りざたされるなど、「思いあがったキャリア官僚たちが、国民そっちのけ、政治家さえも見下し、自身の出世と省益だけを優先させている」という官僚亡国論が優勢だった。ある意味、日本が真の危機にさらされていなかったからこそ、これで済んでいたということなのかもしれない。

しかし現在はどうか。もちろん問題のある官僚は現在もいて、例えば経済産業省の若手官僚がコロナ給付金を不正受給して逮捕された例があった。また本書でも政治に対する警戒心をあらわにする厚労官僚のエピソードなどが語られる。

だが今後は、台湾有事をはじめ、真の危機が迫る。だからこそ、官邸主導、政治主導が求められるようになったのだ。その時、官僚のモチベーションはどうなるのか。結局のところ兼原氏のこのコメントが、官僚という仕事のすべてを物語っているのではないだろうか。

官僚になる人は、国を動かすようなやりがいがある仕事をしたくて役所に来ているのです。金儲けをしたかったら外資に行ってますよ。安い給料で遅くまで働いているのは、民間ではとてもできないような大きい仕事ができるからです。それをやってくれるリーダーが来たら喜んでついていきますよね。

当のリーダーの側も、スタッフたる官僚たちを信頼しているとなれば生まれる力は何倍にもなろう。再び安倍元総理のインタビューを引く。

第一次政権時の元秘書官などの官僚たちが)自らの「役人人生」における出世や目標を捨てて、「終わった」と言われていた私にアドバイスを送り続けてくれました……なぜそこまでの信頼関係を築くことができたのか。それは「国のために尽くしたい」という信念を共有していたことはもちろんですが、私自身が彼らを心から信頼していたことも理由の一つでしょう。自分を心から信頼してくれない人のために心血を注いで働くことはできないのではないでしょうか。(『プレジデント』同号)

本書は若手官僚、若手政治家を目指す人たちへのマニュアルとして書かれているが、一国民としても実に読みごたえがある。

「この国のために」という志を持つ者同士が、信頼関係で結ばれ、同じ目的地を目指して巨大タンカーである日本という国を引っ張っていく。そうして初めて、雨や嵐に見舞われても、乗員や荷物を失うことなく航行できる。

これから日本が迎える危機は、政官はもちろん民も一丸とならなければ乗り越えられないだろう。そのためのあるべき政治の様態、組織作りのヒントが、本書の至る所にちりばめられている。

梶原麻衣子 | Hanadaプラス

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