父の死で銀行口座が凍結「葬儀費用の立て替えで生活費が足りない」対策は?

金融機関は、銀行口座の名義人が亡くなったことを知ると口座を凍結します。口座が凍結されるとお金を引き出せなくなるため、困ってしまう家族の方も多いものです。今回は、そんな時にも慌てずに、当面の資金を確保する方法を紹介します。


窓口で父の死を伝えた途端に口座が凍結

斎藤ヨシコさん(52歳)は、父(82歳)と母(80歳)、妹(48歳)の4人家族です。妹は結婚して遠方に住んでいます。

ヨシコさんは、父と母の介護をしながら3人で父所有の家に住んでいました。しばらくして父親が亡くなり、葬儀を済ませた後、葬儀費用の支払いをするために銀行へ行きました。

父はキャッシュカードを作っていなかったので、ヨシコさんは窓口で引き出しの手続きを行おうとしました。ところが、父親が亡くなり、引き出したお金を葬儀費用に充てることを窓口で話した途端に口座が凍結されてしまい、引き出しができなくなりました。

支払期日が迫っていることから、ヨシコさんの預金から葬儀費用を立て替えて支払いを済ませることができましたが、今後の生活費に不安がありました。

父親の銀行口座を主に生活資金として使用していたので、公共料金等の支払いも止まってしまい、引き落とし口座の変更等に煩わされる日々が続きました。

2019年にできた「遺産分割前の相続預金の払戻し制度」という選択肢

このような生活費や葬儀費用の支払いに対応するため、以前は受取人の固有の財産となる生命保険の活用をお勧めしていました。遺言書がなければ財産を引き継ぐ人が決まる(遺産分割協議が整う)まで、凍結された預金の引き出しができなかったからです。

しかし、民法改正により2019年7月1日より「遺産分割前の相続預金の払戻し制度」という方法も利用できるようになりました。

「遺産分割前の相続預貯金の払戻し制度」とは、相続財産である預貯金について、遺産分割が終わる前でも、相続人による払戻しができるとする制度です(民法909条の2)。

遺産分割前でも、それぞれの相続人が、他の相続人の同意なしに、ひとりで相続預貯金の一部払戻しができるのが特徴です。

引き出せる金額には上限がある

民法改正前は、判例(最高裁平成28年12月19日決定)により、相続預貯金は遺産分割が終わるまで相続人による払戻しができないとされていました。そのため、ヨシコさんの事例のように、一時的とはいえ相続人が立替の負担を強いられるという問題が生じていました。

民法改正により、払戻しされた相続預金の中から葬儀費用の支払いなどを賄うことができるようになり、こうした問題点が改善されたと言われています。

ただし、いくらでも支払いができるわけではありません。この制度を利用するためには、2つの方法があります。

・家庭裁判所の審判を得て払戻し
・金融機関の窓口で払戻し

家庭裁判所の審判を得て払戻しは、利用されることがあまりないと思いますので割愛します。

金融機関窓口での払戻しについては、1金融機関で相続預金の払戻しを受ける際の上限額は「被相続人名義の口座預金残高×1/3×払戻しを受ける人の法定相続割合」です。ただし、この金額が150万円を超える場合は、150万円が上限金額となります。

ヨシコさんの例に当てはめると

ヨシコさん家族を例にして計算してみましょう。

父親のA銀行預金残高が1,500万円だとします。法定相続分は、母1/2、ヨシコさんと妹は1/4ずつです。この場合、【1,500万円×1/3×1/4=125万円】となり、ヨシコさん1人が払戻しを受けられる上限額は125万円になります。

では、母が単独で払戻しできる金額の計算をしてみましょう。

【1,500万円×1/3×1/2=250万円】

計算上250万円となったとしても1金融機関の上限が150万円なので、それ以上は引き出しできません。他の金融機関に取引があれば、別途計算式を当てはめて引き出すことができます。

必要書類を集めるのに時間がかかるのに注意が必要

この制度を利用して金融機関で払戻しを受けるためには、(1)〜(3)のすべての書類が必要になります。

(1)被相続人の除籍謄本、戸籍謄本または全部事項証明書(出生から死亡までの連続したもの)
(2)相続人全員の戸籍謄本または全部事項証明書
(3)預金の払戻しをされる方の印鑑証明書

この(1)の被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本等を集めるのに1~3カ月ほどかかります。それを考えると、亡くなってすぐに金融機関から払戻しを受けるのは現実に難しいかもしれません。

相続放棄ができなくなる可能性にも注意を

「遺産分割前の相続預貯金の払戻し制度」を利用する際には注意点もあります。一度制度を利用してしまうと、「相続財産の処分」とみなされ相続放棄ができなくなる可能性が出てきます。

相続発生すぐには借金の存在が分からず、あとになって発覚するケースもありますので、この制度を利用する際は慎重に考える必要があります。

このように、「遺産分割前の相続預貯金の払戻し制度」には注意点もありますが、いままで、遺言や保険の準備をされていなかった方には、遺産分割協議が整わないと預金口座が利用できないという不便さがありました。その点で、何も生前準備をしていなくても利用できる制度ができたのは良いことだと思います。

当面の資金準備のためにやっておくことは

最後に、遺産分割協議が整わない場合、この制度も含めて、人が亡くなり当面の資金が必要になった際にどのような方法があり、どのような準備をしておいたら良いのか確認していきましょう。現在取れる方法は以下の3つです。

(1)遺言書を作成する
(2)「遺産分割前の相続預貯金の払戻し制度」を利用する
(3)生命保険の受取人を配偶者や子どもにしておく

(1)の遺言書作成は、遺産分割をする必要がなく相続が発生すると遺言書の内容に沿って財産を渡すことができます。ただし、当面の生活費という緊急には対応できません。亡くなった記載のある戸籍を取得し、相続人への通知、各金融機関に手続きの書類を提出するなど預金の払戻しには日数がかかります。

(2)の制度は、前記のとおりです。戸籍の収集などで緊急には対応できません。

(3)の生命保険は、受取人を指定して保険の存在を知らせておけば、亡くなった後、保険会社に知らせると数日で保険金が払戻しされます。払戻しの早さから言えば、葬儀費用や当面の生活費確保には保険が一番有効に対応できるでしょう。

残された家族の負担を軽くするためには、生前にできるだけのことを準備しておくことが大切です。

行政書士:藤井利江子

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