始めたのは国政でなく、こっちです。マニフェストは20年間で地方政治のなにを変えた?(原口和徳)

日本で初めてマニフェストが導入されたのは2003年の統一地方選挙でした。同選挙においてマニフェストを掲げた5名の知事が誕生してから20年。地方政治におけるマニフェストの今を確認してみましょう。

「マニフェスト」を作成している知事は11名

都道府県知事の内、調査時点(調査日2023年3月6日、7日)では11名のマニフェスト(※)を確認することができます。
※選挙公約の名称やファイル名にマニフェストが含まれているものをカウント

図表1_都道府県知事のマニフェスト作成状況

マニフェストの導入にあたり期待されたことの1つが「選挙を起点とした政策サイクル」の実現です。統一地方選挙において改選を迎えない都道府県知事を対象に、選挙を起点とした政策サイクルの実現状況を確認してみましょう。

マニフェストは実現に向けて取り組まれているのか?

「私の役割は、公約を通じて大まかな下地を描くということ。そして皆さんの役割は、その下地を共有し、そこに色を塗る作業をしていただくということ。」

上記は愛媛県知事の就任あいさつの一部です。

マニフェストを選挙の時の口約束とするのではなく、実現に向けて取組み、その過程を公開する事例が複数みられます。

工程表を用いたマニフェスト実現への取組み

マニフェストを基にした工程表を作成、更新している事例として、富山県や鹿児島県、愛知県があります。

富山県は年2回更新していること、鹿児島県は県知事の公式ページにマニフェストのコンテンツが設けられていることが特徴的です。

愛知県は調査時点では工程表(ロードマップ)が確認できなくなっていますが、これは今年2月に改選したばかりであるためと推察されます。(前期、前々期とロードマップが確認できています)

選挙公約の実現に工程表を使用することは、埼玉県のように知事が選挙公約をマニフェストと呼称していないところでも実践されています。

マニフェストの達成度を読み解くためには多くの都道府県で有権者の努力が必要

一方、マニフェストの達成状況の評価については、取組事例が減少します。

多くの事例で、政治家としての個人HPに過去の実績が掲載されています。けれどもその中身は過去のマニフェスト、選挙公約との具体的な紐づけはされていません。そのため、マニフェストの達成状況を読み解くためには有権者側での努力が必要となります。

これらの事例と異なり、直接マニフェストの達成状況が確認できるケースとしては、工程表を作成・更新しているものと、個人HPに1年間の取り組み状況として公開している栃木県の事例があります。

なお、マニフェストの達成状況評価については、以前は実施、公表していたものの、近年は実施しなくなっている知事がいることも特徴となっています。

「選挙起点の政策サイクル」はマニフェストの有無にかかわらず浸透

マニフェストをきっかけとして広く認識されるようになった「選挙起点の政策サイクル」に着目すると、選挙公約をマニフェストと呼称していない都道府県でも意欲的な取組を確認できます。

群馬県では、知事就任後の1年間に特に集中して取り組むべき政策をまとめた「全力疾走366プラン」が作成され、そのなかに「知事選の公約を実現する6つの取組み」が含まれています。

長野県では、知事就任後最初の部局長会議で、知事自ら公約の内容を説明するとともに、公約の中から早期に実行・実現をしていこうという施策をまとめた「スタートダッシュ・アクション2022」を配布、公約の実現に向けた取組を進めています。

また、両県ともに、選挙公約の内容を次期総合計画に取り込んでいく取組みも進められています。

他にも、選挙公約の内容を各種の行政計画に取り込むことや、予算編成に反映していくことなどが各地で行われています。

マニフェストや選挙公約の情報公開は道半ば

ここまで見てきたように、「マニフェスト」を掲げるか否かに関わらず、選挙起点の政策サイクルは各地で実践されています。

そのような中で課題となっているのが、情報公開です。

図表2にあるように、2期目以上の知事の過去の公約は9割の知事において公式ホームページ等で公開されていません。

また、参照することができる事例でも、公式ホームページ上の見出しやメニューはなく、URLを知っていれば参照できるといった状況にとどまっています。

図表2_過去の選挙公約、マニフェストの公開状況

選挙公約だけでなく、選挙公約を掲げている人物が信用できるのかどうかや、実行力があるのかどうかなども投票先を考える際の重要な判断材料です。その際、過去の約束の中身が確認できないと適切な判断をすることができません。

さらに悩ましいのが、選挙から2年が経過していないにもかかわらず、選挙公約をインターネット上で確認できなくなっている知事が複数名いることです。なかには、選挙公報に掲載されている公式HPそのものが閲覧できなくなっているケースもあります。

情報公開のために有権者の関心も必要

このような状況は一方的に政治家の側が悪いというものでもなく、有権者側の不作為が招いてしまった面もあります。

有権者が定期的に選挙公約を確認し、参照できなくなっていることに異を唱えていれば、政治家が公約を非公開にする可能性は低下します。達成度の評価についても、かつて実施、公開していたものの現在行っていない知事がいることの背景には、評価結果を有権者が求めなかったからという状況が推測されます。

明るい選挙推進協会が国政選挙や統一地方選挙の際に実施している意識調査では、投票に行かなかった人の理由として「政党の政策や候補者の人物像など、違いがよくわからなかったから」が上位に入っています。

図表3_投票に行かなかった理由

マニフェストや選挙公約の公開を進めていくことで、このような状況を改善していくことが期待されます。

マニフェストが地方政治に与えた影響は?

マニフェストを掲げる事例は減少しているものの、今もおよそ1/4の知事はマニフェストを掲げており、また、「選挙起点の政策サイクル」はマニフェストを掲げていない知事にも浸透、各地で実践されています。

議会やメディアでも、マニフェストや選挙公約の実現状況が質問、追及される事例がみられることも選挙起点の政策サイクルの実践を後押ししています。

導入当初の期待に比べると小規模なものとなっているかもしれませんが、導入から20年を経て、マニフェストは地方政治の世界に根を下ろし、政治と有権者を結びつけるための変化を生み出し続けているものと評価できそうです。

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