なぜ「女性が活躍する社会」には病児保育が必要なのか?|大阪維新の会 馬場 紀幸氏(PR)

奥様「私はまだ働きたい!!」ーー大阪維新の会に所属する馬場紀幸(ばば・のりゆき)氏が網膜剥離でプロボクサーを引退した際に、奥様から言われた言葉です。この時、馬場氏は28歳で主夫としてパートをしながら家族を支えることを決意します。4年後、子育ても少し落ち着いたタイミングで広告代理店を起業。最初は「資本は体」とチラシの投函をご自身で行うことから始めました。

しかし、子育てと事業の両立の難しさにも直面します。従業員を含めて、子どもが病気になるたびに仕事を休まなくてはいけないからです。これって本当の意味での「女性の社会進出」になっているのかな?と馬場氏は疑問を感じます。

子育て中でも「仕事に集中できる環境」や「やりたいことを我慢せずにできる環境」を作ることで「本当の女性進出」を実現したい。そのためにも、まずは「使いやすい」病児保育の設立を推進している馬場氏にお話を伺いました。

主夫になって言われた言葉「馬場君はもうダメだね」

選挙ドットコム編集部(以下、編集部):

政治家を目指したきっかけについて、教えてください。

馬場 紀幸氏(以下、馬場氏):

政治家を志すきっかけの一つは、主夫を経験したことです。

私は高校を卒業後、18歳から28歳までプロボクサーとして活動していました。引退を迎えたあと、自分の好きなことをさせてくれた妻に対して「本当にありがとう!もう悔いはない。これからしたいことはある?」と伝えました。

すると妻からは「私はまだ働きたい!」と。

ちょうど子どもが産まれたばかりだったので、私は主夫として、バリバリ働きたい妻を支える決意をしたんです。これまで支えてもらった妻の代わりに、自分が家族を支えたいと。

しかし当時(18年前、2005年)、主夫は珍しい存在でした。そのため、周りからは「馬場君はもうダメだね」「働かずに育児をするなんて」と言われることもあったんです。その時に、育児は重労働であるにもかかわらず「軽んじられている」と強く感じました

このような社会の声の下で、女性の社会進出ができるはずがない!世の中の声を変えないといけないんじゃないか?と思ったのが最初のきっかけです。

編集部:

女性の社会進出を掲げてらっしゃるのは、そういう経験があったからなんですね。

馬場氏:

そうなんです。

ただやっぱり、自分の意志で家庭を支えているのに、「馬場くんはもうダメだね」と言われたのは悔しかったです。

だからこそ、育児も落ち着いてきた4年後に広告代理店として起業しました。

とはいっても、資本は「名刺」のみ。広告代理店を始めたのも、資本がいらないからでした。チラシをポストに投函する作業をポスティングというのですが、「私なら無料でポスティングできますよ!」と言って仕事をいただいてました。

最初の2年間ぐらいは正直、なかなか上手くいかなかったです。試行錯誤しても全然売れない……という状態でした。

どうやったら営業が上手くなるのか?営業の学校に行ったらいいのかな?でもそんなお金もないし……、という時にすごく営業の上手な方に出会えました。

その方の営業がなぜ上手いのかを見て学んで、真似をして失敗して、また実践して、を繰り返して、2年後にようやく少し売上が安定するようになったんです。

そこから営業車を購入できるようになったり、正社員を雇えるようにもなりました。

「子どもが病気なので休みます」は言う方も辛い

編集部:

働く上で「もう少し政府のサポートがあれば」と感じたのはどういった点でしたか?

馬場氏:

事業を運営する上で感じたのは「政府は本当に子育て支援ができているのか?」ということだったんです。

実は私が起業した理由は2点あります。

1. 子どもが4歳になってあまり病気にならなくなったから
2. 最も自分の都合で働けるから

今現在、大阪市では保育園の数はある程度は増えています。しかし、病気になった時には保育園を休ませなければいけません。

「子どもが病気だから休みます」って1日だけならまだしも、数日間会社を休まなくてはいけない場合もあります。

「周りに迷惑がかかってしまう」、「子どもは心配だけど仕事は休みたくない」という場面に、私も何度も直面しました。

子どもが病気をするたびに会社を休むことは、病気をした子どもも辛いですが、会社を休みたくない親にとっても辛く、このような状態で働いていることが本当に「女性の社会進出」となっているのか?とも感じました。

例えば最近だと、家族がコロナになったために自宅待機をしなければならず、ストレスが溜まった方も少なくないと思います。育児中は子どもの体調不良によって、この自宅待機が不定期に発生すると思ってもらえれば分かりやすいかもしれません。

ですので私は、子どもの急な病気でも、会社を休む必要をなくすために「病児保育」を推進したいと考えています。

ただ、現在の病児保育の仕組みとして、「活用までのハードルが高い」と感じている人も少なくありません。

・利用までの手順が難し過ぎる(病気になって問診を受けて、事前予約して……)
・少ない(大阪24区のなかで17ヶ所しかない)
・遠い

現状では、病児保育を使うより休む方がマシといった状態の方も少なくないと思います。ですので、このような状態では、病児保育の数が増えても役に立ちません。

だからこそ、「使いやすい病児保育」を増やしたいと考えています。

政府は良い施策をたくさん行っている!のに……!

編集部:

広告代理店を運営されているからこそ「見えること」ってどんなことがありますか?

馬場氏:

今は広告代理店業を始めて約14年になります。

「広告」では「知ってもらう」ことが、ものすごく重要な要素です。

広告についてお客様に提供する上で、

・どうすれば伝わりやすいのか?
・どうすれば興味を持ってもらえるのか?

これらについて必死に考えてきました。

一方、育児と事業を両立させるために、政府のサービスを探していた時期もあります。すると、「こんなサービスがあったんだ!」という「素晴らしいサービス」もあったりします。でもそのサービスについて、周りの人に聞いてもほぼ全員の回答は「知らない」です。

せっかく素晴らしいサービスが存在していても、「周知」できていないために「サービスが使われないから、需要がないと思われてなくなる」という状態になっています。

一般の会社では商品を販売するときに、「広告費」を事前に計算します。

売上を最大化させるために、広告という手段にお金を使う必要性が分かっているからなんですね。

しかし、政府の目的は売上をあげることではありません。そのため、周知に対しては必要最低限の予算しか組まれません。ですので素晴らしいサービスを作っても、誰にも知られていないから使われないんです。

逆に言えば、政府がもっと周知にお金を使って、必要な人に必要な情報を届けることができれば、間違いなくもっと良い国になると感じています。

私はプロボクサー時代、パンの耳をかじるような生活をしていました。

お金がないから働かないといけない、と余裕がない生活を送っていると、とてもじゃないけど政府の発信を自分で調べる時間を作ることができません。

また、存在するかどうかも分からないサービスを調べるのも至難の業です。

だからこそ広告に詳しい私が、政府の宣伝部長となって、本当に政府のサービスが必要な方に情報を届けたいと考えています。

辰吉丈一郎選手に憧れて

編集部:

ありがとうございます!最後に、プライベートについても教えていただけますか?

馬場氏:

実は、私には趣味はありません。おそらく、一つのことに集中するタイプなんだと思います。

辰吉丈一郎選手に憧れて大阪にやって来て、ボクシングに集中し、プロボクサーとなりました。辰吉選手に可愛がってもらいながらもボクシングをやりきったあとは、家事・育児に集中。

その後は、広告代理店として仕事に集中してきました。

そして今は、

・どうしたら子どもが理由となって、生き方の選択肢が狭まらないようにできるか?(そのために病児保育を推進したい)
・どうすれば政府のサービスの周知を徹底できるか?

これらの課題に対して集中しています。

ぜひ大阪の皆様と協力して、これらの課題を解決していきたいですね!

【馬場紀幸氏のプロフィールページはこちら(外部リンク)】

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