「復讐が怖い」DV被害者の安全が保証されない“保護命令”は機能不全 相談は増加しているのに命令件数は減少、精神的DVはまだ対象外

DV相談を受ける民間支援団体

 ドメスティックバイオレンス(DV)の加害者に対し、裁判所が被害者への接近などを禁じる「保護命令」という制度がある。DVに関する相談は、新型コロナウイルス禍以降、在宅時間が長くなったことなどから増加している。しかし、命令の件数は減少し続けている。さらに、命令の件数は地域によって差が大きいことも分かった。約20年前に始まったこの制度、実は被害者にとっては使いづらい。専門家も機能不全を指摘し、「必要な人が救済されない」と警鐘を鳴らしている。制度を強化する法改正案は国会に提出されているが、それでも支援現場の懸念は強い。実際に運用される際に限定的に使われる可能性が残るためだ。使いやすい仕組みへ、改善を求める声が広がっている。(共同通信=金子美保、川南有希)

 ▽相談は増加、命令はピーク時から半減
 内閣府によると、全国の「配偶者暴力相談支援センター」などに寄せられたDVの相談は、2020年度に前年度比1・5倍の約18万2千件で過去最多となった。21年度も約17万7千件と高止まりしている。
 メールや電話で24時間相談を受け付ける「DV相談プラス」が2020年4月から始まった。コロナ禍のストレスや在宅時間の増加、生活不安や経済的な困窮により、DV内容が深刻化している現状も顕在化した。
 一方、2021年に出された保護命令は1335件だった。DV防止法が施行された2001年~08年は増加傾向だったが、その後は停滞。14年の2528件をピークに右肩下がりで、21年は半減に近い。

 ▽相手を刺激するのが怖い…実効性に疑問

 保護命令の仕組みは、被害者が裁判所に申し立て、裁判所が加害者に接近禁止などを命じる。加害者が命令に違反すれば罰則もある。自治体の配偶者暴力相談支援センターや警察は、被害者から相談を受けると、この制度を活用するよう助言することも多い。これまでもDV防止法は改正が重ねられており、接近禁止の対象に子どもを加えるなど、制度は強化されてきた。
 問題は、命令が出ても身の安全が保証されるわけではない点だ。相談員を15年以上務めてきた民間支援団体の責任者が明かすのは、実効性のなさだ。
 「刺激して復讐されるのが怖い、と使いたがらない人が多いんです」
 住居退去を加害者に命じるケースが少ないため、被害者がどこかに逃れることになり、元の生活を続けられなくなるのが大半だ。海外には加害者に更生プログラムを受けさせる仕組みがあるが、日本の制度では命令に含まれない。

 ▽3年間で1件以下、大きな地域差

 地域差も著しい。都道府県によっては、人口10万人当たりの発令数が3年間で1件以下となるケースもある。最高裁によると、2019~21年に全国の裁判所が出した保護命令は計4391件。都道府県の人口当たりで発令数を計算すると、10万人当たりの3年間の発令数は、宮崎(10・9件)が最多で、沖縄(10・6件)、和歌山(10・0件)と続く。最少は愛知(0・7件)で神奈川(1・0件)、東京(1・2件)の順だった。
 人口当たりの発令数が最多の宮崎では、県の相談員が申立書の作成を手伝い、裁判所の書記官と日程を調整する。申し立て当日に裁判所が被害者の話を口頭や書面で確認し、早めに命令が出る場合が多いという。2番目に多い沖縄県は独自の被害者自立支援事業を展開。転居やカウンセリングなどに加え、保護命令申し立ての費用も助成している。

 ▽別の手段を模索する動きも、運用改善を
 一方、東京など大都市圏は発令数が低調だ。NPO法人全国女性シェルターネット共同代表の北仲千里さんは、若年層の多さに比例してDVの訴えも多く、相談機関につながりにくいほか、窓口の対応が細やかさを欠くのではと推測し、懸念を示す。「当事者が求める支援ができていない」
 ただ、発令数が少ないからと言って一概に悪いとは言えなさそうだ。例えば、最少の愛知県では別の手段が定着している。名古屋市では全区役所に相談を受ける職員を配置し、弁護士とも連携している。この問題に詳しい弁護士によると「受任通知を加害者に送るなどの対応で、保護命令を申し立てずとも解決するケースが多くなった」。
 現在の保護命令で使い勝手が悪いのは、対象範囲が「身体的暴力」と「生命・身体などに対する脅迫」に限定されている点もある。このため政府は2月、対象範囲に言葉や態度で相手を追い詰める「精神的DV」を加える改正案を国会に提出、今国会での成立を目指している。

 ただ、改正案は保護命令の対象となるDV被害に「自由、名誉、財産に対する脅迫」を追加する形。北仲さんはこの点を懸念する。「広く使える可能性があると同時に、気をつけないとかなり限定的に運用される危険性がある」。改正自体には期待をにじませつつ、こう指摘して保護命令の活用を訴える。「被害者支援の仕組みに効果的に取り入れ、上手に使う必要がある」

DV防止法に関する集会で発言する弁護士

 ▽地域の支援態勢、加害者対策強化を
 DV問題に詳しいお茶の水女子大の戒能民江名誉教授に、保護命令について話を聞いた。

お茶の水女子大の戒能民江名誉教授=本人提供

 保護命令は被害者の安全を守るための制度です。現在のDV防止法は被害者が逃げることを前提としていますが、被害者は安全が守られなければ逃げられない。相談件数に比べ、保護命令の件数はあまりに少なすぎます。
 対象範囲が身体的暴力などに限られていることや、命令が出るまで平均12日ほどかかることなど「被害の実態に即していない」「使いにくい」といった理由で、使われなくなったのではないでしょうか。
 DV対策は地域によって取り組みに大きな違いがあります。大都市圏は民間団体や弁護士の数が多く、支援を受けやすい状況にあります。地方でも力のある民間団体が行政と連携できている地域がある一方、例えば女性運動に消極的な地域はDV対策も消極的です。
 ただ、住む場所によって保護命令の件数がこれほど違うのは公平ではありません。必要とする人に支援が届いていない恐れがあります。法改正をきっかけに、地域の支援態勢を強化していく必要があります。
 今回のDV防止法改正に向けたワーキンググループの一員として、最終報告書で「相手を畏怖させる言動」と広い範囲の精神的暴力を加えるよう提言しました。しかし提出された法案ではなお要件が厳しく、また保護命令のうち住居からの退去命令には適用されません。
 今後は、被害者が逃げなければいけないことを前提としない制度を目指すべきでしょう。退去命令の充実や更生プログラムといった加害者対策、メンタルケアなど中長期的な手厚い被害者支援が求められます。
                     ×   ×   ×
 かいのう・たみえ 1944年生まれ。専門はジェンダー法学。DVや性暴力、女性支援関連の政府有識者会議に関わる。

 ▽取材後記
 最高裁は3月中旬、取材に対し最新の保護命令件数を明らかにした。それによると2022年は全国で1111件。さらに減少が進んでいる。地域差も大きいままだ。DV防止法改正案が成立しても、施行は2024年4月の見通しだ。過去の法改正では、その後に保護命令の件数が増えている。今後の運用の在り方や件数の推移に注目したい。
 言うまでもなく、DVは暴力であり、重大な人権侵害だ。被害者は女性だけではないが、多くは女性となっている。背景には、ある程度であれば妻に対する夫の暴力を許容してしまう古い社会通念や、女性の収入が男性より低い場合が多い賃金格差などの構造的な問題があり、決して「家庭内」の問題にとどまらない。
 さらに地域の支援体制の違いには、議会に女性議員がどの程度いるかといったその土地の「男女共同参画」の状況も影響していると戒能さんは指摘する。誰もが対等なパートナーとして自分らしい人生を送るために、当然だがDVはあってはならず、同時にさまざまな男女格差(ジェンダー・ギャップ)の解消を目指す必要があると思う。

 ▽あなたの街の男女格差は?
 男女格差の状況を数値で示したジェンダー・ギャップ指数の都道府県版を、学識経験者らでつくる「地域からジェンダー平等研究会」が公表した。地域ごとに男女格差の特色を浮かび上がらせて、地域から日本のジェンダー平等を実現することが目的だ。
 2023年「都道府県版ジェンダー・ギャップ指数」のサイトは、
https://digital.kyodonews.jp/gender2023/

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