亡くなった坂本龍一さん「音楽制作が難しい」体調の中で反対した神宮外苑再開発 「深呼吸し、スマホのカメラを向けることも多々あった」

 周辺の再開発計画に揺れる明治神宮外苑のイチョウ並木(手前)。上左は秩父宮ラグビー場、同右は神宮球場=2022年12月3日(共同通信社ヘリから)

 世界的音楽家の坂本龍一さん(71)が3月28日に亡くなった。がん闘病中だった坂本さんは今年2月、東京都の小池百合子知事らに手紙を送っていた。その内容は、明治神宮外苑地区の再開発の見直しを求めるものだった。駆り立てた思いを聞きたいと考え、生前の坂本さんを取材すると、書面でインタビューに応じてくれた。「今は音楽制作を続けるのも難しいほど気力・体力が減衰している」と明かす坂本さんは、「市民ひとりひとりが、この問題を知ってほしい」と訴えた。(共同通信=瀬野木作、大倉たから)

 ▽貴重な樹木、伐採しない開発の検討を
 国立競技場などのスポーツ施設が集まる明治神宮外苑は、美しいイチョウ並木でも知られる。再開発の事業者は宗教法人明治神宮のほか、三井不動産と伊藤忠商事、日本スポーツ振興センター(JSC)。老朽化したスポーツ施設を解体して場所を入れ替え、高層ビル2棟を建てる。樹木の大量伐採が懸念される中、東京都が施工を認可し、3月22日に本格的に工事が始まった。完成は2036年の予定だ。

 坂本さんとのやりとりは以下の通り。

 音楽家の坂本龍一さん=2018年3月撮影

 ―手紙は東京都が施行を認可した後の2月24日付でした。都知事や永岡桂子文部科学相らに送った理由は。
 「オリンピック招致の頃から、それがこの地域の再開発に関係していることは知っていました。オリンピックへの反対は表明していましたし、開催が決まって以降の参加要請は全て断ってきました。しかし、その後はがん罹患、さらには転移の発覚と、それまでに関わってきた活動以外に新たなコミットメントを担う力はありませんでした。

 治療のため東京に滞在する時間が増える中で、時に自然が広がる懐かしい神宮外苑を訪れては深呼吸し、スマホのカメラを向けることも多々ありました」

 「樹木伐採への認可が下りる直前に、再開発に異議を唱える活動をされている人からアプローチがあり『一市民として黙っていてはいけない』とその声に後押しされました。ただ、厳しい闘病で、いまは仕事もできないほどエネルギーが減衰していますので、対面での懇談を求めたり、再開発反対の運動に加わったりする体力がなかったことから、せめて開発の許認可権限を持つ方々に意見書を提出しようと考えたのです」

 ―手紙には「再開発計画を中断し、計画を見直すべきです」とあります。
 「現存する貴重な自然である樹木を伐採することなく開発する方策を検討していただきたいと思っています。そのために、いったん現在の計画を中断し、再開発計画全体を持続可能で、地域でこれまで育まれた生物多様性を生かすよう見直してほしいと思っています」

 「もちろん施設の老朽化、耐震、エネルギー供給の整備など更新すべき点は多々あるのだろうと思います。しかし、それらのアップデートを、現存する樹木を伐採することなく進める方法は本当にないのでしょうか?古いものを壊すのではなく、古いものを生かしながら更新する開発や都市計画が、いまの時代に必要とされているのではないでしょうか?」

 ▽「都市のビジョン」広く知られるべき
 ―施政者の姿勢こそが大切とお考えですか。
 「都知事は『事業主に手紙を出せばいいのでは』とおっしゃったと聞きました。たしかに、このたびの再開発事業は三井不動産、宗教法人明治神宮、独立行政法人日本スポーツ振興センター、伊藤忠商事によるプロジェクトであり、地権者は宗教法人明治神宮であると聞いています。その各法人の皆さま、特に地権者である宗教法人明治神宮にはぜひとも計画をご再考いただきたいと思います。が、それ以前に都市計画のビジョンのもとに各地の開発の是非が判断される必要があるのではないでしょうか?」

 東京・明治神宮外苑のいちょう並木=2019年11月

 「住民ひとりひとりが自分の住みたい場所へのビジョンを持ち、そのビジョンが共有されて都市の姿を形づくる。その先に政治家やリーダーを選ぶということがあるのだと思います」

 「現都知事が神宮外苑をどのような場所にしたいと考えるのか。東京の都市計画についてのどのようなビジョンを持つのか、そのことは都民に広く知られるべきではないでしょうか」

 「文科大臣や文化庁長官にも書簡を宛てたのは、あの地域を『名勝』として指定いただきたいとの思いからです」

 ―小池知事は会見で「事業者からは、次の100年に向けて献木による植樹なども行い、緑の量を増やすと聞いている」などと発言しています。
 「いかにもというお答えで特に思うことはありません。彼らは、そのようにして粛々と再開発計画を進めてきたのだと思います」

 ―手紙以外の手段で再開発への思いを発信したり、行動を起こしたりする予定はありますか。
 「先にもお伝えしましたが、わたしは現在がんの闘病中で、今は音楽制作を続けるのも難しいほど気力・体力ともに減衰しています。残念ながら手紙を送る以上の発信や行動は難しい状況です。しかし、私のように多少名前が世に知られた者の声ではなく、市民ひとりひとりがこの問題を知り、直視し、将来はどのような姿であってほしいのか、それぞれが声を上げるべきだと思います。日々の生活でたった今・この時に声を上げることが難しい場合でも、次の選挙で意向を投影することは可能です。選挙も消費行動も等しい力を持って1票になると思います」

 九州の自治体や企業と森林づくりの基本協定を結んだ音楽家の坂本龍一さん(中央)=2010年4月、福岡市

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