足立紳(監督) - 映画『雑魚どもよ、大志を抱け!』この様子を撮っていれば大丈夫だと感じた

描かないと作り物感が出てしまう

――作品舞台が私の田舎と似ていましたし、カメラも子供たちの目線に合わせて低い位置だったので、子供時代に戻ったような気持ちになりました。

足立紳:

それは良かったです。

――癖のある人・意地悪なおばさん・説教してくるおじさんといった人間臭い人が出ていて、子供時代に感じていた怖い大人に対しての恐怖・不気味さがリアルに出ているなと感じました。

足立:

今はそういったキャラクターを出しづらい空気もありますね。

――誰しもが聖人君主ではないです。良い面・悪い面をともに持っているのが人間ですから。永瀬(正敏)さん演じる村瀬真樹夫がタバコを投げ捨てるシーンも、もちろん当時もゴミのポイ捨てはダメなことなんですけど、今より厳しくはなかったので普通の人もしてましたから。

足立:

今だと「永瀬(正敏)さんが捨てたタバコは後でちゃんと拾ったんですか。」という質問まで出てきますから。昔は新幹線の車内でも映画館でもタバコが吸えていましたし、80年代を描くとなると今ではマナー違反でも当時は許容されていたことを描かないと作り物感が出てしまうんです。

――当時のヤクザがポケット灰皿持っているのも可笑しいし。

足立:

気持ち悪いですよね(笑)。

――私たちもエアガンで遊んでいましたし、子供時代に悪さに憧れるというのもわかります。

足立:

みんなそうでしたよね。

――出演しているのは今の子供たちですが、当時の感覚というのはどのように伝えたのですか。みなさん自然な姿で出演されていましたが、すんなり受け入れられていたのでしょうか。

足立:

台本を読んで面食らう部分もあったみたいです。彼らには2か月間リハーサル期間を取ってもらいました。リハーサルで特別なことをしたわけではなく、1週間に1・2回集まってもらってその時に「作中の子たちが生きていた年代の映画を良かったら観てみて」と伝えていました。

――例えば『グーニーズ』など作品名を指定したのでしょうか。

足立:

特にその指定はしませんでした。彼らにとっては80年代の映画は相当古い映画ですから、そういう作品を観ることで当時の時代感・空気感を少し感じてもらえたかもしれないですね。

――足立監督から当時はこうだったというお話は特にされなかったんですね。

足立:

はい。言葉の発音が変わっていたりする部分はあるのでイントネーションの部分は伝えましたが、無理にこの時代はこうだったと話はしなかったです。

――すると、みなさんに持ってきてもらったものが自然と嵌ったんですね。

足立:

そうです。

この子たちしかいない

――みなさんはオーディションで決められたということですが。

足立:

はい、みなさんオーディションで選ばせていただきました。

――7人全員の印象を伺いたいところですがそれだけで時間が終わってしまうので、今回はメインの高崎瞬役の池川侑希弥さんと村瀬隆造役の田代輝さんのオーディションの時の印象を伺えますか。

足立:

池川くんは演技経験が全然ないんです。

――そうなんですか。そんな印象は全くなかったです。

足立:

オーディションの時は全く自信がなさそうでオドオドしていました。

――そこが瞬のキャラクターとも合っていたんですね。

足立:

まさにおっしゃる通りです。

――田代さんはいかがでしたか。

足立:

田代くんは小さなころから子役をやっていて、どうしてもっと売れていないんだろうと思うくらい演技の上手い俳優でした。作中の村瀬隆造オーディションの時の演技をそのままやってもらっているくらいです。

――田代さんはオーディションの時から隆造だったと。

足立:

本人も「隆造ねらいで受けに来ました」と言ってました。隆造が瞬に自分の気持ちを吐露するシーンがありますが、あの長いセリフをオーディションの時は全部覚えていて、演技も本番と同じクオリティだったんです。

――凄い、オーディションの時から完成されていたんですね。

足立:

池川くんや田代くんもそうですが、オーディションの時からこの子たちしかいないと思いました。

――だからこの子たちがこの町で生活していて、そこを撮ったような雰囲気がでていたんですね。

足立:

そう感じていただけたのであれば嬉しい限りです。

――今作を撮影していて、発見したことはありましたか。

足立:

一番大きな発見は撮影した時というより、クランクイン前の数日前に現地に入ったときにありました。東京でリハーサルをしている時はどうなるんだろうと思っていたましたが、現地に来ると急に生き生きとしてきてどういうスイッチが入ったんだろうと驚かされました。その時にこの様子を撮っていれば大丈夫だと感じたんです。

――みなさんが演じられた役と普段のパーソナルな部分が上手くミックスされたんですね。

足立:

それはオーディションの時に感じていたことでもあります。僕は俳優さんの持っているパーソナルな部分が役に合うということはとても大事だと思っています。ほかの作品でも彼ら自身と役が近いと感じた方を選んでいます。

映画を作るうえで大事にしている

――それぞれキャラクターが違いますが、子供時代を振り返るとどの子の気持ちも分かるなと思いました。いじめられていることを言えない、それを見かけても見て見ぬふりをしてしまう。

足立:

昔も今もいじめられていることを親にも言えないというのは同じだと思いますし、見て見ぬふりをしてしまうこともあると思うんです。それは勇気が出ない、怖いというだけではなく、波風を立てたくないという気持ちからそうしてしまうこともあって。それは子供たちだけでなく大人でもそういう気持ちになることもあります。

――行動に移すというのはそれだけで勇気がいることですから。特に子供時代は世界が狭いのでせざるを得ないと考えてしまうこともあるのかもしれませんね。

足立:

そうですね。

――そういった、子供の時の気持ちが残っているシナリオも素晴らしいなと感じました。

足立:

そこは僕のダメな部分でもあるんです(笑)。自分自身が成長していないわけですから。

――そんなことはないです。誰しもが子供時代を経験して大人になります。成長することは良いことですが、子供のころの気持ちをなくすことが良いことではないです。子供の純粋な気持ちと大人としての経験を合わせ持てるのが理想だと思っています。しかし、子供時代を振り返ると想像以上に狭い世界しか見る事が出来なかったんだなと思いますね。

足立:

学校と家、その周辺くらいですよね。

――瞬のように友達と仲違いし、お母さんがガンになって、どんどん世界が無くなっていく恐怖。小学生だと絶望しかない。

足立:

大人でもショックなことですが、子供時代だともう世界が終わるのと同じなんです。

――不良のマサは小学生をカツアゲしている時点で対した事ないんでしょうけど、小学生からすると中学生は大人というのも忘れていた感覚でした。

足立:

それくらいの年齢差は大人になると同世代ですから。

――確かに、2・3歳くらいだと大学では同級生になっている可能性もありますね。

足立:

高校生くらいまでだと1年差というのは大きいですが、大学以降はそんなことないんです。

――大人になって忘れていた感覚を思い出させていただけたので、子供たちが主役の本作の魅力がさらに際立っているように感じました。

足立:

そう感じていただけたのであれば良かったです。

――瞬や隆造は特に自分でないものへの憧れを持っていますが、そこは足立監督が子供時代に感じていたことだったのでしょうか。

足立:

そこはいまだに抱えている部分です。特に小学生の時は本当に瞬のように自分だけ普通で周りはいろいろなものを抱えても生き生きと強く生きていて凄いなと思っていました。いつか「お前は違うから。」と言われるんじゃないかという想いがあったんです。その感覚は今でもあって、映画を作るうえで大事にしている部分でもあります。

――いまはSNSでキラキラしたものが発信されているので、自分は特別じゃないと感じてしまう人も多いですね。

足立:

今は誰でも発信できるので、このころより強くそういったことを感じてしまうのかもしれないですね。

――足立監督作品は本作に限らずですが、人間のダメな所も愛おしいというのがいいなと感じています。

足立:

僕はどの年代のどの性別の人を描いても何故かそうなってしまうんです(笑)。

――人間関係で上手くいかないというのは大人に置き換えても成り立ちますが、子供たちを通してそれを描いたのは何故ですか。

足立:

昔から子供たちが活躍する作品が好きなんです。今回のように子供たちが主人公という作品でなくても、子供が画面の中にいると面白いと思ってしまうんです。

――分かります。

足立:

子供が生き生きとしていると画面も生き生きとすると昔から思っていて、それでいつか小学生くらいまでの子たちを主人公にした映画を作ってみたいと思っていました。

――実際に撮られていかがでしたか。池川さんは演技経験もないとのことでしたが、大人の俳優と相対するときとは違う部分もあったのでしょうか。

足立:

池川くんや西野聡役の岩田奏くんは演技経験がありませんでしたが、大人の俳優たちと対峙するときと違う部分はなかったです。大人と違う部分があるとすれば、慣れてくると緩くなってなれ合いになってしまう部分が出てきてしまうところはありました。

――仕事半分・遊び半分みたいになってしまうということですね。

足立:

その遊び半分の部分がいい感じに浮き上がって上手く収めることができれば、そうとう楽しい作品になるんじゃないかなと思っていました。

――物語としてはいじめられたり、お母さんがガンになったり、父親がヤクザだったりと重たい話なんですけど、この子たちがその重い世界に負けず明るいので楽しい映画でした。そこは足立監督が狙ったことが上手く作品に反映されていたからだと思います。最後には爽やかな終わり方で、幸せな気持ちで観終えることが出来ました。

足立:

ありがとうございます。いろいろな子たちがでているので、みなさんそれぞれの視点で楽しんでもらえると嬉しいです。

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