ジャズ界のニュー・ヒロイン、石川紅奈が語るこれまでの音楽体験とメジャーデビュー作

(c) Meredith Truax

次世代ジャズ・ミュージシャンの才能を世に問う小曽根真のプロジェクト「From OZONE till Dawn」で脚光を浴び、丸の内コットンクラブに出演した際の「Off The Wall」(マイケル・ジャクソンのカヴァー)のベース弾き語り映像は、ジャズとしては異例の169万回超再生(2023年3月28日時点)を記録した石川紅奈。しなやかなベース・プレイと透明感溢れる歌声で注目を集めるこのジャズ界のニュー・ヒロインが2023年3月22日にメジャー・デビュー作『Kurena』を発表した。

ジャズの歴史を体現する名門レーベル、ヴァーヴからのリリース。小曽根真がプロデュースとピアノの双方で腕を振るい、作品からはベーシストやヴォーカリストとしての一面はもちろん、石川の作編曲家としての才能にも触れることができる。イントロデューシング石川紅奈――これまでの音楽体験、『Kurena』制作エピソード、今後の展望について話を聞いた。音楽評論家の原田和典さんによるインタビュー。

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10代の頃に聴いていたもの

「両親が音楽好きで、いろんな音楽を聴いて育ちました。小学校高学年の頃から、スティーヴィー・ワンダーやジャクソン5などモータウン系のサウンドが大好きでしたね。そのうち父が“弾いてみたら?”とスティングレイのエレクトリック・ベースを貸してくれて、スティーヴィーのCDに合わせて耳コピで演奏していくうちに、ベースの面白さに目覚めていきました。日本のバンドで特に好きだったのは東京事変。東京事変の亀田誠治さんのベース・プレイはかっこよくて憧れていました」

高校ではジャズバンド部に入った。ロックやポップスに夢中だったエレクトリック・ベース少女は、ここでジャズやアコースティック・ベースの洗礼を受ける。

「最初は軽音楽部に入ろうと見学に行ったのですが、部室に入りきれないぐらいの人がいて、ベーシストの数アンプが無くて、“これは多すぎるな”と。そこでジャズバンド部を見に行ったら、一人一台アンプが使えたし、好みの音楽の話をできる先輩がいました。新入生に向けた部活紹介のステージでジェフ・ベックの“Head For Backstage Pass”を演奏していて、そのレベルがすごく高くて。1年生の途中からは、部活の先生の勧めでアコースティック・べ―スを始めました。最初は大きいし弦も太くてしんどかったけど、演奏しているうちに音色や質感が自分とフィットするな、と思えてきました」

「当時聴いて特に印象に残ったジャズの曲は、顧問の先生が貸してくれたケニー・ドリュー・トリオのCDに入っていた“You’d be nice to come home to”。先生がニールス・ペデルセンのファンだったということもありますが、私もペデルセンのようにベースでこの曲のテーマを弾きたいと練習しました」

「小曽根真さんと出会ったのは高校3年のときです。国立音大のジャズ科のオープンキャンパスに、ジャズバンド部やブラスバンド部がある学校が集まって、小曽根さんたちのクリニックを受けました。私は部活の選抜メンバーと演奏をみていただいて、小曽根さんにサインをもらって帰宅したのですが、その日の夜に小曽根さんからメッセージが私のSNSに送られてきたんです。疑ってしまって、“本当にあの小曽根真さんですか?”とお返事をしました。ですが本当にご本人からいただいたそのメッセージをきっかけに、音楽への道がはじまりました」

大学時代に学んだこと

そして、国立音楽大学のジャズ専修に入学。アコースティック・ベース三昧、ジャズ三昧の日々を送る。

「ジャズ・ベースを追求したいという気持ちに加えて、部活の先生がおっしゃっていた“その時々に出会う人に導かれながら生きるのは素敵なこと”という言葉が私の背中を押してくれました」

「入学の前から井上陽介先生に見ていただき、入学してからは金子健先生にも師事しました。金子先生からは指番号などを含む基礎、井上先生からはライヴなどでの実践などを主に学びました。楽器を教わるのはもちろんですが、お2人には人としての大切なこともたくさん教えていただきました」

「1年生の時、授業で1年間クラシックのレッスンをしていただいた志賀信雄先生は、N響の奏者として活動しながら美大に通われていた画家でもいらして、私も美術が好きなので、音楽も美術も同じ芸術ということを再認識できましたし、学び続ける姿に希望をもらいました」

ベースを弾きながら歌うコンセプトも、大学時代に芽生えた。

「池田篤先生の授業を受けたときに“曲が覚えられないんです”という話をしたら、“メロディを歌いながらベースラインを弾いてごらん”と教えていただいて、そこから歌とベースを同じように意識するようになりました。そのうちライヴのアンコールだけ弾き語りさせてもらったりしていましたが、人前で歌うためにはレッスンを受けたいと思いまして、大学卒業後、金子先生が経営されるbf Jazz Schoolで紹介していただいた高島みほさんのレッスンを受けました。英語がナチュラルだったことや、ソウルフルな歌い方に惹かれて、いろいろ教えていただきました」

メジャーデビュー作について

デビュー・アルバム『Kurena』にはオリジナル曲とカヴァー曲が半々で収められている。アルバム制作の際、特に心がけたことについて尋ねてみた。

「等身大の自分を忠実に出したいと思いました。小曽根さんと話し合ったのは、soraya (壷阪健登とのポップ・ユニット)との棲み分けをきっちり打ち出したほうがいいということ。よりジャズ的な部分やベーシストとしての部分を強く出せるように心がけました」

「“Sea Wasp”は、レコーディング当日にメンバーに楽譜を渡したんです。どんな音が出るのか想像できない状態から始まったのですが、小曽根さんやレコーディング・メンバーの面白いアイデアも混ざって変化していくうちに“この曲がアルバムの1曲目だな”と確信しました」

「“Olea”は、オリーブの別の言い方です。オリーブの花言葉には“平和”というものもあるので、繰り返す日常の中で平和を祈るというニュアンスも込めています」

「“No One Knows”は、藤元明緒監督の映画『海辺の彼女たち』がモチーフになっています。ベトナムから技能実習生として日本に渡ってきた私と同世代くらいの3人の女性が過酷な状況を体験して、自分自身のアイデンティティを隠さないといけない状況になったり…それを見た後に、自分なりに何か形にしておきたいなと思って書いた曲です」

チック・コリアの「500 Miles High」、スティーヴィー・ワンダーの「Bird Of Beauty(美の鳥)」、マイケル・ジャクソンの「Off The Wall」といったカヴァー曲では、石川のアレンジャーとしての一面がより強力に打ち出されていく。決して奇をてらうことはないが、“こんな解釈はなかったな”という要素が、快適なサウンドの中から浮かび上がってくる。

「“Bird Of Beauty”は英語とポルトガル語で歌っています。途中のピアノとローズの掛け合いは自分のアイデアで、その部分は大林武司さんがひとりでプレイしています」

「チック・コリアの“500 Miles High”は、“そういえばワルツでのアレンジを知らないな”と思い、聴いてみたくてこのようなアレンジにしましたが、この曲もレコーディングでは想定していたものよりどんどん変わっていって、その時の勢いや全員のエネルギーが反映されていると思います」

「“Off The Wall”は『From OZONE till Dawn』で発表した音源を今回のアルバム用に再ミックスしました。この曲で石川紅奈を知ってくれた方も多くいらっしゃるので、改めて収録しました」

印象的なジャケット写真は、パリと東京を行き来するカメラマンのYuji Watanabeが撮影。雑誌やSNSでその作品に魅せられ依頼したところ、快諾を得た。ポラロイドフィルム独特の色合いも、強く目をひきつける。

「Watanabeさんは、憧れていた有名なファッション雑誌などで撮影をなさっている方で、まさか仕事をご一緒できるとは思っていませんでした。『写真は“瞬間を切り取る”というイメージを持たれると思うけれど、僕は“瞬間を閉じ込める”というイメージで撮影しています』というWatanabeさんの言葉が印象に残りました。一枚一枚を丁寧に、ポラロイドカメラと会話をしながら物語をつくるように撮っていらして、そこがとても魅力的でした。本当に飾らない等身大の、その瞬間の私を閉じ込めたような写真がジャケットに使われています」

なお、アルバムには名門レーベル、ヴァーヴのロゴを採用。ジェイミー・クレンツ(Jamie Krents)の社長就任以来、アメリカ国外でリリースされる新規アーティストの作品に同レーベルの商標が使用される確率は限りなくゼロに近くなった。だが今回は、音源を聴いたジェイミー自らが特例としてOKを出した。アマチュアのジャズ・ベーシストでもある彼が、石川紅奈の音楽に魅了された結果である。

「認めてもらうことができて、すごく嬉しいです。ヴァーヴからリリースしているミュージシャンは、私にとって本当に雲の上のような人たち。その顔ぶれにレーベルメイトとして加わることがいまだに信じられません。これからも作品を作り続けて、自分の音楽を追求していきたいと思います」

Written By 原田和典

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石川紅奈『Kurena』
2023年3月22日発売

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