兵力劣るウクライナ軍を支えるテック企業、AI・ドローンで戦線把握、情報共有 戦時経済を歩く【IT企業編】

 ウクライナで軍人らへの訓練を担う民間団体ビクトリー・ドローンズの教官ドミトリーさん=1月28日、首都キーウ郊外(共同)

 ロシアの侵攻が続くウクライナの主要産業で最も気を吐いているのは、ソフト開発などのIT業界だ。2022年のITサービスの輸出額は前年比5・8%増だった。欧米やアジアの企業の開発を請け負い、場所を選ばず事業を継続できる強みが発揮された。農業や製造業といった他産業が施設の破壊や物流の寸断による影響を受け軒並み落ち込んだのとは対照的だ。戦場では無人機(ドローン)や人工知能(AI)など技術革新の利用が続く。火力や兵員数で勝るロシアへの反攻でも、テック企業で働く人々が重要な役割を果たしている。(共同通信=角田隆一)

 ▽有事対応のシェアオフィス
 2014年に当時の親ロシア派大統領を追い落とすデモの舞台となった首都キーウ(キエフ)のマイダン広場。周辺にはいくつもの洗練されたシェアオフィスがあり、人々で混み合う。ロシアの攻撃で電力供給や通信が不安定になる中、米宇宙開発企業スペースXの人工衛星を使ったインターネット接続サービス「スターリンク」のアンテナや発電機を備えたシェアオフィスが最近増えているという。こうした場所で働く多くの人がIT関係者だ。

 今年2月初旬の薄暮の中、キーウ郊外にある学校のような外観の建物を訪れた。IT企業ソフトエレガンスのアンドリー・ストロボフ社長が出迎えてくれた。「社員のほとんどは在宅勤務ですが、会社では非常食、発電機、安定した通信を常時維持しています。地下にはシェルターもあり、困ったときはこちらに来るように社員に言っています」。昨年2月のロシア侵攻前から有事に備えた準備を進めていたという。

 ソフトエレガンスの2022年の売上高は前年に比べ伸長した。AIやブロックチェーン技術に強みを持ち、欧米企業からの開発委託を受ける。「最近は日本やアジアの企業との取引もあります。シンガポール企業のために(AIの)機械学習を使ってエレベーターの故障を発見する異常音検知ソフトを開発しています」

 ウクライナの首都キーウのIT企業ソフトエレガンスのストロボフ社長(右)=2月2日

 ▽「ITの父」が活躍、理工系に強い伝統
 理工系を学んだウクライナ人が誇っていることがある。ソ連時代のウクライナで共産圏初のコンピューターが開発されたことだ。コンピューター開発の父、チューリングと比べられ「ソ連ITの父」と呼ばれるグルシュコフがキーウの研究所で活躍した。

 米IT大手メタ(旧フェイスブック)傘下の通信アプリ企業ワッツアップや米決済サービス大手ペイパルは、ウクライナ出身の技術者が創業に関わったことで有名だ。「ユニコーン」と呼ばれる有望なスタートアップ企業にもウクライナ出身者が創業した企業が数多くある。英語校正ソフトのグラマリーや、ITと金融を融合させたサービスを手がけるフィンテック企業レボリュートなどが代表例だ。

 もともとウクライナで現地企業と日本企業の橋渡しをしていたアゴラITコンサルティングの柴田裕史最高経営責任者(CEO)は「ウクライナは伝統的に理工系教育に強い。日本企業がソフト開発をアウトソーシングするベトナムなどに比べ、かなり技術力が高い」と話す。

 ▽侵攻予想し事業継続計画を策定
 従業員2400人を抱えるウクライナのIT大手インフォパルスは2021年から委員会を設立し、将来のロシア侵攻を予想して事業継続計画(BCP)を策定した。完成したのは侵攻直前の2022年1月だった。インフォパルスの企業安全保障の責任者オレク・ディアチュク氏は「戦時下に事業をどう継続するか。手掛かりはイスラエル企業が公開していた文書しかありませんでした」と語る。

 新型コロナウイルス禍の影響もあり、全国各地に在宅勤務の社員が散らばっていた。侵攻当初、社員の80%が一時退避に追い込まれた。ロシア軍や交戦の情勢分析を担うチームをつくり、社員の不安を解消するためのコミュニケーションチームを40人態勢で設置するなどして危機に対応した。

 刻々と戦線の状況が変化する中、社員向けに避難経路の助言や危険情報を発信する専用アプリもつくったディアチュク氏は「全国の社員を安全な場所に避難させ、避難先でも安定的に事業を継続するのが課題でした」と話す。技術者が円滑に作業できるよう、スターリンクのアンテナを貸し出した。2022年の売上高は前年から横ばいの水準を確保した。

 オンライン取材に応じるウクライナIT大手インフォパルスの企業安全保障の責任者オレク・ディアチュク氏=2月7日(共同)

 ▽IT軍に志願、ボランティアでソフト開発
 「さすがに営業活動はしません。でも、休憩時には戦略会議にオンラインで出ることがあります」。東部ドネツク州の激戦地バフムトの砲兵部隊に所属するユーリー・ガトゥポフ氏がオンライン取材に応じた。新興の情報セキュリティー会社ラビリンスの営業責任者だ。

 ラビリンスはサイバー攻撃に「わな」を仕掛けるソフトを開発し、標的にされた西部リビウ州政府などへの攻撃を撃退してきた。創業者2人は著名な技術者で、国の「IT軍」に参画している。ガトゥポフ氏は「私にはこの体しかないから」と軍に志願したという。

 ウクライナ東部バフムトからオンライン取材に応じるラビリンスの営業責任者ユーリー・ガトゥポフ氏=2月9日(共同)

 多くの技術者がウクライナ軍に協力している。ソフトエレガンスのストロボフ社長は「多数の社員がボランティアでウクライナ軍のソフト開発に携わっています」と語った。

 軍はこの1年間、火力や兵員数で勝るロシア軍と効率的に戦ってきた。敵部隊の動きを瞬時に察知して迅速に攻撃するため、民生用小型ドローンなどで集めた大量のデータをAIで分析する。こうした技術革新には民間の知恵が生かされている。

 ▽トップダウンのロシア対ネットワークのウクライナ
 昨年5月から11月まで東部戦線で偵察隊を率いたウクライナ軍の50代の下士官はこう語った。「AIに画像認識をさせるため、8テラバイト分のロシア軍戦闘車両の動画をドローンで集めました」。冬と夏では背景の色味が違うため、機械学習に使う大量の画像が必要だった。AIがロシアの戦車を人よりも速く判別するシステムが完成したのは、昨年夏ごろだったという。

 かつて米軍はイラク戦争などで数千メートル上空に無人機を飛ばし、偵察情報を基に精密攻撃を実現した。今では制空権を確保せずとも、小型機で数百メートルの高さから、より高い精度で偵察ができる。費用も格段に安い。

 戦場の兵士らは、地図アプリ「クロポワ」にロシア軍の兵力や位置を記録する。ただ前線から集まる大量の情報を整理する必要がある。これを可能にするのが、軍の情報基盤「デルタ」だ。敵だけでなく、友軍の動きも即時に地図上で示す。

 前線で無人機を用いた偵察隊が使う地図アプリ「クロポワ」=1月(共同)

 デルタのひな型を作ったのは民間の軍支援団体アエロ・ロズビドゥカだ。今年2月初旬、キーウにあるアエロのオフィスを訪ねた。役員のルスラン・プリリプコ氏は「デルタは戦場の情勢を正確に把握し、敵の発見から攻撃までの時間を極限まで短くするのが目的です。プーチン(大統領)によるトップダウンのロシアと、ボトムアップでネットワーク中心のウクライナの戦いと言えます」と語る。

 彼もIT企業の幹部だ。アエロには深く組織に関与する技術者らが100人。さらにデータアナリストやソフトウエア、ハードウエアの技術者、金融専門家など1千人近くのボランティアが加わる。

 2015年にできた親ロシア派武装勢力との数百キロに及ぶ停戦ラインを監視する仕組み作りがデルタ着想の原点だ。北大西洋条約機構(NATO)の規格に沿い設計し、軍の開発部門に引き継がれた。プリリプコ氏は「蓄積したデータはNATOでも活用可能です。なぜ作戦が成功したのか、または失敗したのか。シミュレーションにも使えます」。デルタは自前サーバーではなくクラウドに移行した。米IT企業のサービスとみられる。「クラウド移行はNATOでも前例のないことです」

 ウクライナの首都キーウで取材に応じるアエロ・ロズビドゥカの役員プリリプコ氏=2月3日

 アエロのメンバーで民間出身のウクライナ軍のヤロスラフ・ゴンチャル中佐は現在、南部戦線で偵察や情報処理を担う部隊を率いる。「デルタによって100キロ以上に及ぶ前線に散る部隊が情報を共有し、協調して作戦行動ができます」と話す。デルタが南部ヘルソンや東部の攻勢にも貢献したと証言した。デルタは軍の階級や所属部隊によって見られる内容が異なる。侵攻後、チャット機能が加わるなど改良を続けている。

 軍事情報サイトORYXの推計では、ロシア軍は侵攻から今年3月27日までに戦車1895両を失った。ウクライナ軍の損失は4分の1程度にとどまり、効率性を証明した。デルタはNATO規格のため、各国がウクライナに提供するドイツ主力戦車レオパルト2とも連係可能だ。

 ウクライナ軍の情報基盤「デルタ」のログイン画面=2月(共同)

 ▽攻撃型ドローン開発、民間が運用訓練も
 アエロは攻撃型ドローンも開発・製造し、軍に提供する。その責任者で、元写真家のワディム・ユニク氏は「お尋ね者」だ。待ち合わせ場所に指定されたキーウ市内のカフェに行くと「ロシア当局から暗殺指令も出ているから、身辺に気を付けています」と話す。2014年の東部紛争からドローンの有用性にいち早く気づいた。

 「小国が大国に勝つには、先に敵の位置を発見するしかない」。一部のプロペラやバッテリーを攻撃で失っても帰還できるドローンを開発した。ロシアの攻撃により大手企業の軍需工場は壊滅状態だが、国内の秘密工場で生産を続けている。

 ドローンの運用訓練にも民間が関わる。今年1月下旬、キーウ中心部から車で1時間ほどの荒れ地を訪ねた。幹線道路を抜け舗装されていない砂利道を走ると、10以上の大型テントが設営されていた。

 民間団体ビクトリー・ドローンズが運営する訓練学校で、操縦士と一体となって活動するオペレーターの訓練を実施している。学校では50人ほどの民間人の教官が6千人以上の兵士の実地訓練を実施してきた。

 教官のドミトリーさんは「ドローンを扱う兵士は情勢分析など知的な能力が求められます」と語る。偵察用のドローンは中国大手DJIの「マビック」シリーズが主流だ。日本でも市販され20万~40万円ほどで買える。

 東部前線でドローンを運用していた領土防衛隊の兵士ナイクさん=コードネーム=は「部隊には中高年のITエンジニア、映像プロデューサーなど多様な職種の人がいます。無人機の運用改善では彼らのアイデアが取り込まれています」と明かした。

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