ヤニにまみれた北朝鮮医療「助かりたければタバコ2カートン」

北朝鮮で最も一般的な家庭用燃料は石炭だ。国内に数多くの炭鉱を擁し、輸入に頼ることなく使える安価な燃料だからだ。

ガスを使えるのは一部の幹部や富裕層に限られ、コロナ鎖国下にある現在、供給が円滑に行われなくなった。こういう事態に備え、あらかじめ七輪を買っておいたり、自宅にかまどを設置したりする人もいるほどだ。

しかし、石炭には致命的な欠点がある。一酸化炭素中毒だ。

具体的な数字は不明だが、北朝鮮では一酸化炭素中毒による死亡事故が毎年のように起きていると伝えられており、人民班(町内会)では、中毒事故を防ぐための見回りを行っている。それも、台帳に点検状況を記録し、洞事務所(末端の行政機関)で見回り確認の捺印を受けさせるほどの念の入れようだ。このようなパトロールは、「強制的な換気」という意味合いもあるものと思われる。

先日、江原道(カンウォンド)病院に、一酸化炭素中毒の患者が搬送されたが、治療を担当した医師が処分を受ける事態となった。一体何が起きたのか。詳細を現地のデイリーNK内部情報筋が伝えた。

事件が起きたのは今月13日の夜。患者が、家族に背負われて江原道病院に担ぎ込まれた。何らかの理由で、家族の中でこの人だけが一酸化炭素中毒となったようだ。

一酸化炭素中毒の治療には、酸素カプセルに入り、高圧酸素を吸わせる高圧酸素療法が使われるが、北朝鮮でも大病院にはこのような設備がある。過去にはある大物幹部が、1つしかない酸素カプセルに入っていた庶民を追い出し、自分の妻を入れたことでトラブルになったこともある。

江原道病院でも問題が発生した。救急科当直医が、患者の家族にこう要求したのだ。

「酸素代としてタバコ20箱を持ってこい」

要求を断れば治療を拒否されかねないと恐れた家族は、大急ぎで商店に走り、タバコを購入して医師に手渡した。手持ちの現金がなかったようで、ツケ払いで購入したとのことだ。

このように北朝鮮の病院では、医師や看護師から患者やその家族へのワイロの要求が当たり前のように行われている。給料だけでは食べていけないからだ。ワイロを支払うことを拒否したり、「暗黙の了解」に気づかずにワイロを支払わなかったりして、治療が後回しにされ、最悪の場合は手遅れになることすらある。これが、北朝鮮が誇る「医療は無償」の実態だ。

だが、事はこれで終わらなかった。怒った家族が、朝鮮労働党江原道委員会(道党)に信訴したのだ。信訴とは、公務員や幹部の不正行為を告発するもので、事実上、権利侵害の回復のための唯一の手段だ。

道党は、江原道人民委員会(道庁)の保健担当副委員長に命じて、病院の技術副院長、病院党書記、そして医師全員を呼びつけ、公開思想闘争会議を行うことを指示した。つまり、吊し上げ大会だ。

まず、「医師の本分を忘却し私腹を肥やした」として、当直の医師に対して、10人が代わる代わる批判討論を行った。「このような者どもは、党に任せられた医療戦士としての資格はなく、永遠に医師の隊列に立てないようにしなければならない」との強い批判もあった。そして「今回が初めてではなく、複数の患者からワイロを受け取っていた」との自白書も公開された。

当直医は裁判にかけられることもなく、医師免許を剥奪されることもなかった。その代わり「最後のチャンス」だとして、家族と共に道内の山奥の村に追放された。都会とは比べ物にならない劣悪な環境に耐えながら、「赤ひげ先生」になることを強いられたのだ。

情報筋は、今回の一件がワイロを受け取るほとんどの医師に対する警告となったとしつつも、苦しい生活を余儀なくされている彼らが、医薬品や食糧の配給もないまま、国家計画(ノルマ)通りに患者の診療に当たることになると説明した。

このような見せしめは一時的な効果があっても、「医師が食べていけない」という根本的な問題が解決しない限り、しばらくすると元の木阿弥になってしまうことは言うまでもない。

© デイリーNKジャパン