4月から始まる中小企業の残業代割増率の引き上げ。知っておきたい労働時間のルールと、働く側が気をつけるべきことは?

2023年4月から、大企業だけでなく、中小企業も月60時間を超える時間外労働の割増賃金率が50%以上に引き上げられます。割増率が上がるということで、残業代が上がるという人もいるかもしれません。しかし、これは働き方改革の一環で行われるものです。改正によりすべての企業を対象として、長時間労働を是正する流れが加速することになります。
今回は、大前提として押さえておきたい残業代の知識と働く側が気をつけるべきことを確認していきましょう。


割増率がアップになる中小企業とは?

実はこれまで、中小企業については、「月の時間外労働が60時間を超えた場合の割増率50%」の導入が猶予されていました。大企業においては、長時間労働を防ぎ、労働者の健康を確保する目的で、すでに2010年4月から導入されていました。

残業代が増えると、人件費のコストが増大することになります。経営力が必ずしも強くない中小企業において、時間外労働をさせた場合に生じる負担が重荷になると考えられていたのが猶予としていた主な理由のようです。

特例猶予がされていた時間外労働の割増率は、2023年4月1日から中小企業にも大企業同様になります。時間外労働の割増率は25%以上ですが、これからは1か月60時間を超えた部分については、50%以上の割増率が適用されます。

残業代の割増率が引き上げになる中小企業の範囲は、業種ごとに異なります。資本の額または出資の総額か、常時使用する労働者の数のいずれかの基準を満たしていれば該当します。事業所単位ではなく、企業単位で判断がされます。

※中小企業に該当するかは、①または②を満たすかどうかで企業単位で判断されます。
※引用:厚生労働省資料

残業代引き上げと働き方改革

時間外労働の割増率を中小企業にも適用するのは、長時間労働を是正する「働き方改革法」の制定によります。働き方改革は、働く若い人たちが減少し、人口構造が変化していることに加え、生産性の低迷を解消するために、労働制度を改革することが不可欠になってきたことが根底にあります。日本は欧米にくらべて労働時間が長く、過労死や心身障害といった健康被害が深刻になってきました。これは結果的に、企業の生産性の低下につながっています。しかも、高齢化や核家族化が進む中では、労働時間を減らして仕事と育児や介護を両立させる必要性も出てきました。

まずは、労働時間のルール※1について確認しておきましょう。法定労働時間は、週40時間、1日8時間が大原則です。残業させるときは「三六協定」と呼ばれる労働基準法36条の労使協定を結んで労働基準監督署に届ける必要があります。法定労働時間を超えた場合、1時間あたりの賃金に割増率を掛けた割増賃金の支払いが必要になります。

割増賃金の種類は、時間外労働、休日労働、深夜労働の3つです。時間外労働では、割増率は25%以上です。月の時間外労働が60時間を超えた時点から50%以上になります。これには週1日の法定休日の労働時間は含みませんが、土曜日などの法定外休日に働いた時間分は含まれます。改正によって、月の労働時間が60時間を超えた場合の割増率の猶予が中小企業でなくなるというわけです。

●法定労働時間を超えたときの時間外手当
1時間あたりの賃金×時間外手当の割増率×残業時間

22時から5時までに行われる深夜労働に対しては、25%以上の割増率を加算します。1か月の残業が60時間を超えない場合でも、時間外手当の割増率25%以上と深夜労働の割増率25%以上を足した50%以上の割増率で計算することになります。

●法定労働時間を超え、かつ深夜の時間外手当
1時間あたりの賃金×(時間外手当の割増率+深夜手当の割増率)×残業時間

1か月に60時間を超える時間外労働を行った労働者に対しては、60時間を超える労働時間の割増賃金に代えて、代替の有給休暇を与えることもできます。代替休暇は、労働者の休息の機会を与えることが目的です。休暇の付与の単位は、1日または半日とされています。制度の利用には、労使協定を結ぶ必要があり、代替休暇を取得するかどうかの判断は、労働者側にあります。

図表:筆者作成

さらに、働き方改革法では長時間労働に、罰則付きの上限が設けられています。時間外労働時間の限度を原則月45時間、年360時間と設定しています。特例として年720時間まで認めるものの回数など細かい規制があります。これまでは抜け道もあったため、法律によって長時間労働を是正することになりました。

働く側が残業代引き上げに際して気をつけること

中小企業に勤めている方は、残業時間が減りワークライフバランスが充実すると期待する半面、今までと同じ働き方という方もいるかもしれません。改正において次のことに注意しておきましょう。

人手不足が深刻な中小企業によっては、法律のしばりがあっても労働時間が減らないという企業もあるでしょう。こうした企業は、残業代の引き上げが人件費の増加になります。労働時間の隠ぺいを行い、残業代が正しく支払われない会社もあるかもしれません。仕事の途中でもタイムカードを切るように指示したり、労働時間を申告させないよう圧力をかけたりすることも耳にします。

特に残業代が固定で支払われる「みなし残業制度」を導入している場合でも、想定する残業時間を超えたときは、時間外の割増賃金が生じます。自身でも労働時間の記録に努めましょう。労働時間を算定する証拠としてメモ書きやスマホのGPSの記録が証拠になる裁判例も出てきています。※2

時間外労働の割増率を上げるねらいは、残業時間を減らし、魅力的な職場づくりが業績向上につながり利益が増える好循環となることです。労働者自身も業務ややり方などを棚卸し、業務の効率化を考えることが必要です。残業時間が長いことは、生産性が低いととらえ、「残業はできるだけしない」という意識改革も必要になります。

また制度が変わったり、意識改革がされたりしても残業減少の効果はすぐに出てこないかもしれません。もし、ストレスがかかっていることを自覚した場合には、休職するなど心身を休める対応をしましょう。ケガのように目に見えるものではないので気づきにくいものですが、心身疾患は短時間で回復するものではありません。仕事も大事ですが、健康を守るのは自分自身だということを忘れないでくださいね。

※1:「知識ゼロからの働き方改革で変わる労働法入門」幻冬舎 萩谷雅和 菅原修 監修
※2:「図解で早わかり 最新 働き方改革法と労働法のしくみ」三修社 木島康雄 監修

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