原子核の衝突現場はブラックホールとよく似ている?

【▲ 図: 100億kmの大きさを持つブラックホールと、1000兆分の1mしかないカラーガラス凝集体に共通点があることが判明した(Credit: Event Horizon Telescope Collaboration (左) / Brookhaven National Laboratory (右側).)】

私たちの身近に存在する物質は原子でできていて、原子は電子と原子核で構成されています。原子核は陽子と中性子の組み合わせでできており、陽子や中性子は「クォーク」という6種類の素粒子が3個ずつ組み合わさってできています。3個のクォークが陽子や中性子を構成したり、陽子と中性子が原子核を構成したりできるのは、「グルーオン」という粒子が媒介する「強い相互作用」と呼ばれる力で結合しているからです。

しかし、「3つのクォークがグルーオンで結びついている」という説明は、私たちの身近な環境でのみ通用する近似的な描写です。原子核どうしを光速に近い速度で衝突させて、瞬間的な高温高密度状態になると、クォーク数個にグルーオンという組み合わせではなく、多数のグルーオンが凝集した状態になっていると言われています。

この状態では多数のグルーオンがお互い複雑に絡み合っているため、一見すると “固体” であるかのように見えますが、時間の経過とともにゆっくりと変化する “液体” のような振る舞いもするため、いわばグルーオンによる “ガラス状態” であると見なされます。このような状態になった物質を「CGC(カラーガラス凝集体)」と呼びます。

CGCは、強い相互作用の性質を調べる上で適していると推定されています。クォークやグルーオンは、普段は陽子や中性子といった狭い範囲の “殻” に閉じ込められていて、強い相互作用も限定的な性質しか現れていないと推定されています。一方、”殻”が破られたCGCでは、グルーオンの真の性質に近い状態が現れていると推定されています。このため、CGCの研究は身近な物質の最も根源的な性質を明らかにするとともに、宇宙誕生時にどのように物質が生成されたのかを理解する上でも役に立ちます。

しかし、CGCは超高密度なグルーオンの塊であり、お互いに強い相互作用で結びついた状態であると考えられています。特に、グルーオンは強い相互作用を媒介する粒子であると同時に、グルーオン同士も強い相互作用でお互いに引き合うと考えられています。このため、CGCの内部では多数のグルーオンが多数のグルーオンと結びつく、力学的に非常に複雑な場であると考えられています。

このような状態を手計算で解析することは不可能であるため、CGCをコンピューターで解析するための数学的な手法がよく研究されてきました。CGCを限りなく正確に表現できるというわけではありませんが、現実的な計算時間内でCGCのおおよその状態を知ることには適しています。

ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘンのGia Dvali氏と、ブルックヘブン国立研究所のRaju Venugopalan氏は、CGCの数学的な解析手法が宇宙のもう1つの謎にも適用できることを発見しました。それは「ブラックホール」です。もちろん、ブラックホールは外見的にはCGCとは全く似ていません。ブラックホールは強い相互作用ではなく重力をもたらす天体であり、大きさも原子核よりずっと大きく、特に巨大なものは100億kmにも達します。

しかし、研究が進むにつれて、ブラックホールはかつて考えられていたほど単純ではなく、そのために性質を知るのが難しい天体であることが徐々にわかってきました。例えば、ブラックホールは「ホーキング放射」と呼ばれるプロセスで、わずかながら熱を発します。ホーキング放射は小さなブラックホールであるほど激しくなり、最終的にブラックホールは放射をしつくして蒸発してしまうと考えられています。ホーキング放射はブラックホール表面における複雑な相互作用の結果として現れていると考えられていますが、その詳細はよくわかっていません。

Dvali氏とVenugopalan氏は、ブラックホールを「重力子」 (※) の塊であると仮定して解析したところ、CGCと非常によく似た状態になっていることを発見しました。つまり、グルーオン同士がお互いに相互作用するCGCのように、ブラックホールはお互いに相互作用する重力子の塊であるとみなすことができます。

※…重力を媒介すると言われている素粒子。未発見であり、理論的にも存在するかどうかは不確定であるが、重力を解析する際に媒介する粒子の存在を仮定する上では便利であるため、実在するかどうかに関わらず計算上では利用される。

特に興味深い点は、粒子の配列です。CGCはガラス状態なのでグルーオンの配列は無秩序になりますが、それでも可能な限り組織化された形態 (より正確には、エントロピーが小さい状態) になろうとします。ブラックホールにおける重力子もまた、似たような振る舞いをすると考えられています。この場合、ブラックホールでは重力子の配列がどの程度秩序立っているか、という情報に上限が存在することになります。ブラックホール周辺での情報の振る舞いは、ブラックホールの研究の中でも特に謎が多く、同時に研究の難しい分野です。特に量子力学が絡むミクロスケールでは、その解析は困難となります。

今回のDvali氏とVenugopalan氏の研究では、CGCの解析手法がブラックホールにも適用できることを示しています。その場合、ブラックホールの取り扱いにくい性質面が、よく洗練されているCGCの数学的解析手法によって研究できることを意味しており、理論物理学の面で大きな影響を与えることになりそうです。

Source

  • Gia Dvali & Raju Venugopalan. “Classicalization and unitarization of wee partons in QCD and gravity: The CGC-black hole correspondence”. (Physical Review D)
  • Raju Venugopalan. “Scientists Find a Common Thread Linking Subatomic Color Glass Condensate and Massive Black Holes”. (Department of Energy)

文/彩恵りり

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