
今年デビュー15周年を迎え、1月にデビュー15周年記念オールタイムべスト盤『URBANGARDE CLASICK ~アーバンギャルド15周年オールタイムベスト~』を発売したばかりのアーバンギャルドが3月29日、『URBANGARDE VIDEOSICK ~アーバンギャルド15周年オールタイムベスト・映像篇~』をリリース。アーバンギャルドは、浜崎容子(Vo)、松永天馬(Vo)、おおくぼけい(Key)からなる3人組で、女性・男性ツインボーカルで、様々なジャンルをクロスオーヴァーする「トラウマテクノポップ」バンドだ。今年1月のベスト盤に続いてリリースされた『映像篇』は、この15年の軌跡を映像で振り返る約3時間という大ボリュームの作品に仕上がっている。インタビューでは3人に15年を振り返ってもらいながら、「素直なひねくれもの」だと話すアーバンギャルドの本質に迫る、約1万字のロングインタビュー。【取材・撮影=村上順一】
そろそろ女優としては引退したい
――私、初期の頃のアーバンギャルドのライブを観たことがありまして、その時はインディーズだったと思うんですけど、すごく斬新なことをやられていて、メジャーに行くバンドというのはこういう方達なんだろうな、と当時思いました。 松永天馬
2000年代の後半はバンドが音楽だけで成立するというのではなくて、映像もネットプロモーションの仕方などコンセプトとしてうまく融合されて出来上がるみたいに、だんだん移行していった時期でした。それまではTシャツでジーパン、グランジロック風の見た目のバンドというのが、おそらく15年くらい続いていたと思います。J-POPはそこでまた潮目が変わってきました。僕らも同年代にデビューしたバンドで言うと、相対性理論や神聖かまってちゃんとかいますけど、 ネットカルチャーがロックの文脈に入り込んできて、例えばニコニコ動画であったり、萌え文化であったり、アニメとか2.5次元の要素というものが、 だんだんと侵食してきたのがその時期でした。「メジャーに行くバンド」といま仰っていただいて嬉しいのですが、ちょうどその時代の流れにたまたま上手く乗ったというところもあるのかなと思うんです。
――MVも自分たちで撮っていた時期もあって。 松永天馬
今回映像集として『URBANGARDE VIDEOSICK ~アーバンギャルド15周年オールタイムベスト・映像篇~』を出させていただきます。初期から自分たちで撮影場所に行って、映像に出てないメンバーがカメラを回すみたいな方法でMVを作り始めてというところから始めました。そういうのは当時インディーズでは結構珍しかったのかもしれないです。
――アーバンギャルドはMVも相当力が入ってます。浜崎さんは、“私が頑張った記録”だと映像集のコメンタリーで仰ってましたよね。 浜崎容子
血を流したり、何回もジャンプさせられたりしながら頑張りました(笑)。 松永天馬
撮影の前後に浜崎さんが過労で入院して、退院した翌日に血まみれになる撮影をさせるとかやってましたね。 浜崎容子
「傷だらけのマリア」ね。退院直後の人間にさせることじゃないだろうと思いながらやってました(笑)。
――おおくぼさんって、途中から加入したわけじゃないですか。過去の映像を見ていかがでした? おおくぼけい
本当に浜崎さんが頑張った歴史で間違いないと思います。もちろん天馬くんもそうなんですけど、 アーバンギャルドの世界観を体現するというのは、すごいなと思いました。 松永天馬
昔ピチカート・ファイヴの小西康陽さんが、 僕が映画監督だとしたら、野宮真貴さんが主演女優だという言い方をされてましたけど、アーバンギャルドは浜崎さんが主演女優で、MVにおいてはそういう世界観を体現するようなことをやってもらってたから。よくあるMVみたいに歌って、演奏してというだけではなくて、本当に様々なことをやってもらいました。 浜崎容子
うん、だからそろそろ女優としては引退したいよ。 松永天馬
引退させませんよ! おおくぼけい
でも、女優としての立ち位置はこれまでとちょっと変わったよね。前は、セーラー服の少女だったけど、今は違うじゃないですか。 浜崎容子
そうそう。後半になるにつれセーラー服を着た女の子たちが出てきたりとか、私がやらなくて良くなったから、ちょっと楽させてもらって(笑)。
――あのさんや新しい学校のリーダーズとかコラボされた方が売れていくという、いいジンクスもあるんですよね。 松永天馬
そうなんですよ。あのちゃんもまだそんなに出てきてなかった時期でしたし、新しい学校のリーダーズは2017年くらいに初めて見た時に、こんな面白いの絶対来る、と思ってました。アーバンギャルドとの相性もいいだろうと思ってMVに出ていただいたんです。国会議事堂を前にして、セーラー服の女の子が踊るなんて最高じゃないですか。
――個性的なお2人ですが、おおくぼさんはすぐに馴染めたんですか。 おおくぼけい
実はバックボーンになっているのは、僕も似たようなことをやっていたので、すぐ馴染めました。 浜崎容子
サポートで13〜14年やってもらってるというのもあって。 おおくぼけい
前任のキーボーディストがいる時も、もう1人のキーボーディストとして参加していたので。 松永天馬
おおくぼさんは元々日大の芸術学部出身で、音楽以外にもミニシアター的な映画やアングラ演劇とか、僕とバックボーンが近いんです。
――もうお2人の人間性も把握していて。 おおくぼけい
人としてはいまだに苦労してます(笑)。
――お2人の接し方の取説みたいなものは? おおくぼけい
ちょっと変わったタイプのミュージシャンっていっぱいいるじゃないですか。ですので、僕なりの取説としては近づきすぎないことですね。 松永天馬
距離置くことだよね。深夜のLINEには返信をしないとか。深夜の長文LINEに返信すると面倒なことになる(笑)。 浜崎容子
私はもう物理的に距離をとりましたから。
――浜崎さん、兵庫に帰られたんですよね。お2人にそれを相談はしたけど、本当に帰ると思わなかったと過去のインタビューで読みました。 浜崎容子
最初に話したとき、2人は私が今そういう気分なんだろうなぐらいにしか思っていたのが、本当に私が兵庫に帰ってしまったものだから、「そんな重大なこと、ちゃんと相談してほしかった」と後から言われました。 松永天馬
そんなこと言ったっけ(笑)。まあでも今の時代、何でもデータでやり取りできますから。アーバンギャルドはコロナ禍になって、2020年に春のツアーが中止になった時に、ニューアルバムはデータのやり取りだけでほぼ完成させたりしていたので。 浜崎容子
だから、エンジニアさんにも会えないままアルバム制作が終わっちゃって。
――浜崎さん、たまにしか東京には来てないんですね。 浜崎容子
それがそうでもなくて。なんだかんだで月1は東京に来てるから結構しんどい(笑)。上京すると予定を詰め込んでしまうのでさらに。私1日1つしか予定入れたくないタイプなんです。 松永天馬
今はどんな形でも続けられると思っています。自分たちの肉体が滅びても、AIがライブをしてくれるかもしれないし、自分たちの魂、概念みたいなものがあり続けるということが、すごく大事だと思ってます。
――AI、いま話題ですよね。 松永天馬
そうですね。あっ、今度AIに歌詞を書かせてみようかな。僕の歌詞を全部学習させて、「歌詞を書いて」と命令したらうまく書くと思うんですよね。僕はアレンジはできないので、アレンジをおおくぼさんとかにお願いする時、例えば後期ビートルズの◯◯みたいな感じでとか伝えるんですけど、そういうのもAIが作れるようになってしまうと、すごい世の中になっちゃいますよね。 浜崎容子
でも、人間には勝てないと思う。AIのスイッチを切ればいいんだから。 松永天馬
突然、物理的な話に(笑)。 おおくぼけい
AIも検索テクニックと一緒でいいものを作るためには、いいワードを入れないとダメなんですよね。例えば歌詞だったらどういうものを要求するのか、こちら側が提示しないと出てこないから、結果人間は必要なんじゃないかなと思います。
おおくぼさんがいなかったら、アーバンギャルドはダメだった
――ところで、この15年で1番変化を感じてるところはどこですか。 浜崎容子
私はおおくぼさんの加入が1番大きいなと思ってます。天馬は人間的にはちょっと苦手な部分はあるんですけど、自分がこれほど音楽面に置いて、信頼できる人といま一緒にメンバーとしてやれるというのが嬉しかったんです。 松永天馬
よく続けてこれたね(笑)。 浜崎容子
うん、人としては大っ嫌い(笑)。でも、天馬が作るものは好きです。 松永天馬
嫌いを相殺してしまうほど、僕が傑作を作ってしまうんだね。 浜崎容子
うるさい(笑)。これまでだったら「もっとよくできるはずなのに...」というもどかしさみたいなものがずっとあったけど、 それをおおくぼさんが上手く引き出してくれます。それが1番自分の中のターニングポイントです。すごくフラットな見方をしてくれる人だから、あまり頑固なところがない。頑固の固がリーダーなので。 松永天馬
え、僕ってそんなに頑固かな? おおくぼけい
いやいや頑固だよ(笑)。 松永天馬
あなたたちの方が頑固だよ。 浜崎容子
いや、あなたが曲げないから、私たちが頑固に見えてるだけなの。
――心当たりあるんじゃないですか。 松永天馬
う〜ん、よくメンバーで多数決を取るんですけど、僕は2対1になっても絶対意見を曲げないんですよ。そういうところかな? 浜崎容子
その度に私は「じゃあなんで聞いたの!」って怒るという。そういう感じなのでおおくぼさんがいい緩衝材になってくれてます。
――おおくぼさんがいることで15年という活動を実現させている秘訣でもあるんですね。 浜崎容子
本当におおくぼさんがいなかったら、アーバンギャルドはダメだったと思います。
――おおくぼさんはバンドを俯瞰して見たとき、ここからどんなことをやってみたいと思います? おおくぼけい
15周年記念ベストアルバムの1枚目はサポートで入ってからの作品なんですけど、2枚目はすごくポップで聴きやすい作品です。音楽ディレクターが入ったりとか思考的にももっと売れたいという気持ちがアーバンギャルドにあって、 根底にある詞の世界観を変えずに、もっと たくさんの人に聴いてもらうためにはどうしたらいいだろうという試行錯誤がベストアルバムの2枚目だと思っています。でも、1枚目の『少女は二度死ぬ』はすごく濃いというか、初期衝動を感じるのでところが面白いなと思っていて。俯瞰して聞いた時に、もう15年もこんなにいろんなことやったんだから、そろそろ好き放題やってもいいんじゃないかと最近思います。
――具体的にどんな感じでやってみたいですか。 おおくぼけい
それこそ初期みたいな、ちょっとぐちゃっとしたものをやってみたいです。当時はぐちゃっとしてこれってなんだろう?というのがあったんですけど、時代も変わって、そういうものも1つのジャンルとして確立してきたと感じています。みんな聴いてくれるようになってきているので、そういうのも今また楽しくできるんじゃないかなと思っています。 松永天馬
アーバンギャルド15年間の流れを見てると、すごく素直なひねくれものだなと思いました。時代の変化や事象というものを必ず歌にしてきています。でも、絶対他の人とは逆の切り口からそれらをやってるんです。例えば2012年にアイドルブームが起きた時に病めるアイドルという切り口で作ったり。今は病んだアイドルは割と普通にいますが、当時リストカットしてるアイドルのMVなんて誰も作らなかった。 おおくぼけい
基本アイドルは元気にしてくれる存在でしたから。 松永天馬
元気にしてくれるのが一般的だった時代にネガティブ満載なものを作ったりとか。僕らがサブカルバンドだからこそ、「さよならサブカルチャー」という曲を作ったり、その時代のトピックに対して逆の立場から切り込むことを素直に繰り返してきたバンドだと思います。常にあらゆる時代を見定めながらも、その時代に対して何か爪跡を残そうという感じでやってきたんだなと。語られなかった歴史みたいなものを映像集を観ていると感じました。 おおくぼけい
そういえば昔、CDショップのポップに裏Perfumeって書いてあった。 松永天馬
そうそう、デビューアルバムをリリースした時に、裏Perfume、裏相対性理論とポップに書いてあったんです。僕自身は裏だとは思っていませんけど、ある意味裏のポップスであり続けた15年で、そのポップも言い得て妙だったなと思います。 浜崎容子
それを見て爆笑しましたから。
――変化といえば浜崎さんは、この15年間でだんだん女性として完成していくんですよね。 浜崎容子
2018年にリリースした「あたしフィクション」のときに、自分のなりたい自分になれたと思いました。ちょうど10周年の時で、やっぱり10年続けないと、自分のカラーというのは出せないんだなということを感じました。 松永天馬
初期はメイクはほぼしていなくて、「水玉病」あたりからメイクができるようになったんだよね。 浜崎容子
そこからメイクとかちゃんとやれる人になろうと思って。自分の中で結構研究して。今はもう使い切れないほどの化粧品が家にあります。 松永天馬
田舎から取ってきた鮮度のいい大根を洗って、ちゃんと調理して、すごく美味しくなるまでの過程と言いますか…すみません!。松本隆さん風に言うと、“都会の絵の具”に染まったよねみたいな。 おおくぼけい
都会の絵の具は、あんまりいい意味ではない可能性もあるから(笑)。
――松永さん、映像集のコメンタリーでも、面白い例えや良いことをお話しされているんですけど、あまり皆さんに刺さってないんですよね。 浜崎容子
え、なんか良いこと言ってました?
――MVで闘いのシーンが多いのは、常に自分と戦っているからとか。 浜崎容子
そういうの口から出まかせなんですよ(笑)。 松永天馬
いやいや、結局あらゆるバトルは自分との戦いだと思うんです。 僕が好きな映画監督に塚本晋也さんがいるんですけど、毎回よくわからないものと戦っていて、主演が田口トモロヲさんで、その敵が監督自身だったりするんです。主演がCoccoでも本木雅弘でも、毎回分身との戦いがあって… この人は自分と毎回戦い続けてるんだなと思いました。MVで浜崎さんがキューピーと闘っているように見せて、浜崎さんの自意識、あるいは、松永の自意識と戦っているんですよ。 浜崎容子
そうなの? 松永天馬
そうか、そうじゃないかで言えば、作り手がはっきり言います。そうです! 浜崎容子
私は書いてあった通りにやっていただけなんですけど。
――シナリオに疑問とかあったのでしょうか。 浜崎容子
嫌とかそういうのないんです。「セーラー服を脱がないで」のMV撮影の時に、女の子が経血をスカートから流すところを撮りたいと天馬は話していて、私は声をかけられた4人目なんですけど、それまでの女の子たちが「それは嫌だ」と言って逃げていったんです(笑)。 松永天馬
うん。断られてましたね。 浜崎容子
経血を流しているところを撮りたいと言われた時に、私は「いいよ」と言ったら、「えっ!撮らせてくれるの」となり、天馬がカメラ回しながら、もうニコニコの笑顔で撮っていて。 松永天馬
僕はこれが撮りたかったんだって! 浜崎容子
「夢が今日叶う」と撮ってたのがすごい印象的で、そのときに誰かと一緒に物を作る楽しさというのを感じました。たぶん空からダイブしてくださいとか言われてもやると思います。とにかく私は良いものを作りたくて。とはいえ、やりたくないこともありました。特に路上ロケは苦手ですね。通行人の方にすごい見られたりとか嫌だけど、これは作品作りに必要なんだと自分に言い聞かせてやってます。 おおくぼけい
音楽的にもそうだよね。これ普通歌えないよみたいな曲でも歌うよね。もう人間技じゃない(笑)。 浜崎容子
だってブレスがないんだもん。天馬は自分が歌うパートはちょっと歌って休憩だけど、私はずっと歌ってるからね。 松永天馬
だって僕、浜崎さんを初音ミクだと思ってるから。 浜崎容子
最初にそれを言われた時に、私すごい怒ったよね。「僕は浜崎さんに初音ミクになってほしいんですよ」みたいなこと言ってきて、「人間扱いしろよ!私じゃなくていいじゃん!初音ミクで!」と思って。それでスタジオのお手洗いにこもって便器に八つ当たりしたり、お風呂場で大泣きして物をいっぱい壊して、荒れた時期もありました。そういう気分になるとやることなすこと、全て嫌でした。 松永天馬
それは別に初音ミクで代用できるとか、そういうことじゃなくて、そのテクニックでやってくださいという意味ですよ。 おおくぼけい
初音ミク並みのすごさがあると。
――よく解散しなかったですね。 浜崎容子
当時は解散したかったです(笑)。さっさと売れて、さっさと解散するつもりでしたが、なんか思ったように全然売れなかったよね。 松永天馬
実力と運とタイミングとかいろんなものがあるからね。
――客観的に見て、MVは流血する作品が多いので、血が人を選ぶんじゃないかなと思うんです。 松永天馬
血が人を選ぶ(笑)。逆に言うと血に引き寄せられる一定層の人たち、蜜に群がるアリのように血に群がってくるリスナーもいるけど。
――私の中でアーバンギャルドは血と戦いのイメージもあります。 浜崎容子
極道みたい(笑)。 松永天馬
血は生命を感じさせる表現ですからね。 おおくぼけい
じゃあ、もっと血を出していった方がいいのかな(笑)。 松永天馬
「いちご黒書」のMVを撮って編集段階で、どう味付けしようかと考えていた時に、ちょうどアニメの『チェンソーマン』を見ていたら、「あ、こんなに血って出していいんだ」と思って、もう血を増し増しにしようと編集段階で、血のCGとかもめちゃめちゃ入れて。
浜崎容子
CGとは別に血の涙を流す演出をしたんですけど、ヘアメイクさんが「私の思っている血の涙じゃなかった」と言っていて。私が「どういうことですか?」と聞いたら、「もっと繊細な血の涙かと思った」って(笑)。
破壊と創造を繰り返すアーバンギャルド
――そういえば、メジャーデビューしてから血の色をピンクにしていましたが、今は赤に戻ってますね。 松永天馬
それは当時すごく議論をした記憶があります。リストカットの描写はモザイク入れたりしてましたけど。あと、最近はもうあまり言われなくなりましたけど、15年前は言葉の表現に関しては結構大人に変な言葉は使っちゃダメだよって言われていて(笑)。
――コンプライアンスもありますし。 松永天馬
でも、今だったら少し緩くなってるというか、もう少し多様な見方になってるのかなという気はします。我々も色んなレコード会社、媒体を渡り歩いていくなかで表現の問題はずっとついて回りました。でも、近年はある意味表現は緩くなったとも言えるけど、ある意味きつくなったところもあって、時代によって変わっていくんだなと思っています。例えばコンプライアンス的に繊細になったものがある一方、メンヘラ的なものに関しては、正直出しやすくなりました。なぜなら、みんなメンヘラになっちゃったから。一般の若者が心を病んでお薬を飲んでるとか、病院に通ってるとか昔は隠されてたものが割とデフォルトになって。 浜崎容子
私、「メンヘラっぽいね」と言われたことがあって、「あ、メンヘラって言葉はもう一般化したんだ」と思って髪の毛を切って金髪にしちゃえと思って。世間にメンヘラが浸透しちゃったからやって、それが私じゃなくても、やってる子はいっぱいいるから、もういいやと思ってそういうイメージをやめたんです。今の黒髪ロングの写真はウィッグなんです。 松永天馬
でも僕は前髪パッツンのロングは続けてほしいんですよね。 浜崎容子
続けてほしいと天馬が言ってるのを断固拒否してます。折衷案としてウィッグを被ってるんです。 松永天馬
ステージに立ってる時はキャラクターとしてあるじゃないですか。 浜崎容子
イメージがね。でもそろそろそこを壊したいんだけど。 松永天馬
そういうとこありますよね。浜崎さんは破壊と創造を繰り返すんですよね。 浜崎容子
占いによると私は破壊と創造の星の元に生まれているらしいんです。 松永天馬
色々作って、固まってくると、それを壊したくなると。 浜崎容子
もう飽きちゃうんだよね。特に周りに言われると嫌になっちゃう性格で。 松永天馬
僕はアーバンギャルドを15年やってきて、オールタイムベストアルバムと映像集を自分で観て感じたことは、「これアーバンギャルドっぽいよね」と知ってる人が感じるようなサウンドであったり、ビジュアルは固まってきたなと思っています。もうずっと同じ焼きコテで印を押した饅頭を作り続けてるような感じです。でも変わる部分もあって、たまにいちごクリームを入れたりするかもしれないけど、基本的には「この餡子でいきましょう」みたいなのがあります。 浜崎容子
アルバムでバラエティに富んだ曲が聴きたいのではなくて、その人が作ってるこの曲だよねというのが、きっとみんなは聴きたいはずから、私は極端な話、「全部同じ曲でいいんだよ」とよく言ってます。 松永天馬
サウンドに関しては、僕は結構ミーハーでこういう要素を入れたいとか、ああいう要素を入れたいとかけっこう言うんです。 浜崎容子
それでもう天馬とバチバチになって(笑)。 松永天馬
ビジュアルとサウンドで僕と浜崎さんの思考が逆になるんですよね。ビジュアルに関して僕は老舗の饅頭屋、サウンドに関しては竹下通りの流行のお店で浜崎さんは真逆。僕個人としてはビジュアルは15年間、黒スーツでマッシュカットに眼鏡というスタイルを守り続けてますから。
――昔、金髪にしてましたよね? 松永天馬
あれはスタイリストさんに勧められて…。 浜崎容子
それ、私は本当にずるいと思っていて、確かにスタイリストさんに言われたのかもしれないけど、やると決めたのは自分の意思だろと思うんです。 松永天馬
それは、「オーディションにお姉ちゃんが勝手に応募しました」みたいなことを言うような感じですか? 浜崎容子
そうだね。でも、参加したのは自分じゃんみたいな。
――(笑)。さて、1月にリリースされたベスト盤に収録された新曲「いちご黒書」のレコーディングはどんな感じだったのでしょうか。 浜崎容子
罵声が飛び交うレコーディングです。 松永天馬
レコーディングをしてたら、僕と浜崎さんですごい喧嘩が始まってしまい、途中エンジニアさんがすごい気まずそうにしちゃって。 おおくぼけい
その日はちょうど皆既月食の日で、もう作業が進まないから、皆既月食を見に行こうって(笑)。 松永天馬
喧嘩しながらみんなで同じ月を見てね。 浜崎容子
私が「もう帰る」と切れちゃって。そうしたら天馬が「じゃあ今日はもう終わろう!」と言いだして。私は「え、ちょっとは引き止めろよ」とか思ってた時に、事情を知らないスタッフさんが嬉しそうに「いま、月が欠けてます!」って(笑)。それでみんなで「じゃあ月を見に行こうか」となり、スタジオ近くの歩道橋から、月が欠けていく様を見て感動してスタジオに戻って、それで一旦喧嘩が収まって(笑)。 松永天馬
浜崎さんが「ごめん、月のせいで、私もちょっとメンタルが...。女性は月の満ち欠けでちょっと変わっちゃうから」って。まあ、その後にまた喧嘩しました(笑)。
――常に戦ってますね(笑)。こんな感じでも15年続いてるから、安泰ですよね。 浜崎容子
でも、おおくぼさんがいなくなったら私もいなくなるよ。 松永天馬
えっ!
1人でアーバンギャルドを続けるのはちょっと無理だ(笑)。 浜崎容子
ピチカート・ファイヴの小西さんのソロ・プロジェクトでピチカート・ワンってあったじゃない?
ああいう感じでやればいいじゃん! (おわり)