マンチェスター・シティとリヴァプール、両方でプレーした最強の11人

プレミアリーグ第29節、マンチェスター・シティ対リヴァプールのビッグゲームがエティハド・スタジアムで行われる。

ここでは、両チームでプレーした経験を持つ選手たちをあらためて振り返ってみる。

ジェームズ・ミルナー

マンチェスター・シティ:2010~2015年

リヴァプール:2015年~

リーズで当時のプレミア最年少ゴール記録を更新したミルナーは、ニューカッスルとアストン・ヴィラを経てマンチェスター・シティへ加入。

中心的な選手として活躍を見せたが、より多い出場機会を求めてリヴァプールへフリー移籍した。

本職のMFだけでなく、サイドバックもこなすなどクロップ・クロップ監督のチームを献身的に支え続けてきた。

プレミアリーグ史上初となる16歳から36歳までプレーした選手になったほか、チャリティを含めたサッカー界への貢献から大英帝国勲章も授与。リヴァプール史上最高レベルの0円補強といえる。

マリオ・バロテッリ

マンチェスター・シティ:2010~2013年

リヴァプール:2014~2016年

恩師ロベルト・マンチーニ監督に呼ばれて2010年にインテルからマンチェスター・シティへ移籍したバロテッリ。若くしてプレミアで活躍し注目を集めた。

しかし、シティ退団後はミランで苦しみ、リヴァプールでプレミアに再挑戦。その期待値は最強レベルだったが、失望する結果に終わっている。

ダニエル・スターリッジ

マンチェスター・シティ:2003~2009年

リヴァプール:2013年~2019年

マンチェスター・シティの下部組織で育成されたスターリッジ。2007年にトップデビューを果たした。

一度チェルシーに移籍した後、2013年からはリヴァプールでプレーしており、怪我に苦しみながらも160試合68ゴールという結果を残している。

コロ・トゥレ

マンチェスター・シティ:2009~2013年

リヴァプール:2013~2016年

アーセナルの印象が強いトゥレ兄。2009年に退団した後はマンチェスター・シティに加入し、キャプテンも務めていた。

リヴァプールでは晩年だったこともありそれほど多く出場はなかったが、愛されキャラでカルト的な人気を博した。

スティーヴ・マクマナマン

リヴァプール:1988~1999年

マンチェスター・シティ:2003~2005年

リヴァプールの下部組織で育成され、、長くアンフィールドで活躍したマッカ。

レアル・マドリーに移籍して「銀河系」を黒子として支えた後、マンチェスター・シティで2シーズンをプレーして引退した。彼がプレーしたのは、この3チームだけである。

クレイグ・ベラミー

リヴァプール:2006~2007年

マンチェスター・シティ:2009~2011年

悪童として知られたウェールズ代表ストライカー。

2006年にリヴァプールに加入し、7ゴールを決めた。ただ、プレー以上に「ゴルフクラブ事件」のほうがはるかに有名。

チームでホテル滞在中だった際、酔っぱらったベラミーが同僚だったリーセにしつこくカラオケで歌うことを迫ったことでいさかいに発展。

その後、ベラミーはゴルフクラブを持ち、寝ていたリーセの枕元に現れた。リーセは「サッカー人生が終わっていたかもしれない」一撃で足を狙われるも、間一髪で回避…。

当時、ベラミーは「ムショ行きになっても構わねぇ!俺のガキには学校でもなんでも行ける金はある。やってやる!」と息巻いていたとか。

2009年1月にはシティと契約。2009-10シーズンには10得点と結果を残している。

ディートマー・ハマン

リヴァプール:1999~2006年

マンチェスター・シティ:2006~2009年

ドイツ代表の守備的MFは、バイエルンからニューカッスルに移籍してイングランドに挑戦し、1シーズンでリヴァプールに引き抜かれた。

長くアンフィールドで活躍し、191試合に出場。2005年にはクラブW杯のために来日したが、敗戦後に飲み屋で騒ぎを起こしたことで、日本の拘置所で一夜を明かしている。

シティには晩年に所属し、3年間で54試合1ゴールを記録した。

デイヴィッド・ジェームズ

リヴァプール:1992~1999年

マンチェスター・シティ:2004~2006年

「疫病神」とも言われたが、イングランド代表でも守護神を務めたショットストッパー。

リヴァプールでは214試合に出場したが、ミスをきっかけにポジションを失いチームを離れた。

アストン・ヴィラ、ウェストハムを経てシティに加入しているが、2年後にはロンドンに住む家族とともに過ごすために退団している。

選手時代に30億円以上を稼いだものの、離婚の慰謝料など債務が増加し、引退後に破産してしまったことも話題に。

ニコラ・アネルカ

リヴァプール:2001~2002年

マンチェスター・シティ:2002~2005年

あのアーセナル・ヴェンゲルが見出した天才FWだが、問題児としても有名だ。

PSGからリヴァプールに貸し出され、アンフィールドでは1年だけプレーした。

リヴァプールがアネルカの買い取りを断念して獲得したのが、同じく悪童のエル=ハジ・ディウフである。

ロビー・ファウラー

リヴァプール:1984~2001年、2006~2007年

マンチェスター・シティ:2003~2006年

リヴァプールで少年時代から育成されてきた「ゴッド」ことファウラー。

怪我や素行不良もあって調子を落とした時期もあるが、アンフィールドでは多くのゴールを決めてファンから愛される存在だった。

リーズを経てシティへ移籍し、そこそこの活躍を見せている。2006年には古巣に復帰し、1年だけプレーした。

ラヒーム・スターリング

リヴァプール:2010~2015年

マンチェスター・シティ:2015年~2022年

15歳でリヴァプールの下部組織に加入したスターリングは、2年後にトップデビューを果たし大きな期待を集めた。

しかし、2015年に契約延長を拒否し、マンチェスター・シティに移籍。移籍金は4400万ポンド(72億円)にもなり、20歳にして当時の英国史上最高額選手になった。

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ジョゼップ・グアルディオラ監督の下で大きく成長したが、昨夏にチェルシーへの移籍を決断している。

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