<書評>『来年の今ごろは』 宝物は足元にあるかもね

 読み終えると、もう居ても立ってもいられずまち歩きしたくなる、そんな一冊だ。「ごく私的な沖縄暮らしのユーモア・スケッチ」と帯に記された本書を一気に読んで、外へ飛び出した私がまずしたことは…、本当に鳥たちの中に「シャッキン サセテクリヨ、クリヨー」(借金させてくりよー)と鳴く鳥がいるのか、耳を澄ました。そして、近所のバス停にお年寄りのための中古の椅子が置かれ、そこに人間ドラマが繰り広げられていないか、目を凝らした。う~ん、心奪われる瞬間に出会うのは、そう簡単ではない。でも、身近な場所でステキな一瞬に出会えそうな期待で、どんどんテンションが上がっていく。気づけば近所の公園の丘を一気に駆け上がり、「フォー」と叫んでいた。一体なぜ…思い出すと恥ずかしいが、そんな気持ちにさせてくれる快著なのだ。

 まえがきで著者は記す。「あの夏も、この秋も、忘れたくはなかった」。続けて、「疾走する石焼きイモ。タコライスの夜に、旧盆オードブルから始まる袋小路の文化論。やがて太平通りの食堂で『煮付け』の似合うお年頃になる」と。そのユーモアあふれるスケッチにおなかがよじれるほど笑ったかと思えば、人間への深い愛に涙が頬を伝う名文も。

 ベストセラーとなった著者の『ぼくの沖縄〈復帰後〉史』は増補版が2021年に出されているが、本書でつづられるのは去年の年の瀬まで。未知のウイルスによって街の風景が一変したあの日のことも記録されている。街に増えていく休業の張り紙を見て著者は「切ない通りの風景だけど、ぼくは覚えておこうと思った。休業を伝える張り紙一枚いちまいに、そこでがんばっている人の姿を思い浮かべたかった」と書き留める。珠玉の文章から滋養が心に染み込んでいく。どんな過去もいつか宝物になる、そう思えた。

 私のベストは「彼女たちのダウン・バイ・ザ・シー」。一体、何のこと? と思ったあなたは直訳してみてほしい。潮干狩り好きの私は来月22日に、口笛吹きながらダウン・バイ・ザ・シーするのだ。さあ、足元にある宝物を探しに、りっかりっか!

(平良いずみ・沖縄テレビキャスター)
 しんじょう・かずひろ 1963年那覇市生まれ。出版社勤務を経て90年ボーダーインクの立ち上げに参加、現在、同社編集者。著書に「うちあたいの日々」「ぼくの〈那覇まち〉放浪記」など多数。

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