トヨタの技術を世界に知らしめた、美しさと速さを兼ね備えたメモリアルカー「トヨタ 2000GT」【スーパーカークロニクル/024】

1970年代の後半に大ブームが起き、今もなお人々を魅了してやまないスーパーカーたち。そんな懐かしいモデルから現代のハイパースポーツまでを紹介していく、スーパーカークロニクル。今回は、トヨタ 2000GTだ。

トヨタ 2000GT(TOYOTA 2000GT:1967-1970)

1960年代のスポーツカーらしい、ロングノーズ/ファストバックのスタイルは流麗な曲線で構成され、その美しさは今もなお評判が高い。

日本の自動車史に燦然と輝く、トヨタの高性能スポーツカー、トヨタ 2000GTは日本を代表するスーパーカーといえるだろう。

トヨタが本格的な高性能スポーツカーの開発を決めたのは、1963年5月に鈴鹿サーキットで開催された日本初の本格的な国際自動車レース、第1回 日本グランプリの直後であったといわれている。

パブリカやコロナといったツーリングカー部門では優勝できたものの、スポーツカー部門には参戦できる車両すらなかった。また、この部門で優勝したジャガーやメルセデス・ベンツなどに「世界との差」を見せつけられたのだった。

実際の開発に着手したのは、翌1964年のことだった。だが当時、トヨタはカローラ、センチュリー、コロナマークⅡなどの新車開発の計画を進めており、スポーツカーを生産するような余力はなかった。そこで、エンジンのチューニングや試作・生産に関しては、ヤマハ発動機に委託することになった。

5ナンバー規格に収まるサイズは、現代のクルマから見るとかなり小さい。だが、1960年代のスポーツカーらしい、ロングノーズ/ファストバックのスタイルは流麗な曲線で構成され、その美しさは今もなお評判が高い。ヘッドランプは、日本車としては初めてリトラクタブル式を採用した。

インテリアも、楽器メーカーをルーツとするヤマハらしく高級家具に用いられる本物のローズウッドを用いたインパネ、そこに埋め込まれた多眼式のメーターなど、高級スポーツカーと呼ぶにふさわしいクオリティだった。

搭載されるエンジンは、クラウン用のM型 2Lの直6 SOHCをベースにDOHCヘッドを架装した3M型。燃料供給装置はソレックス製キャブレターを3基装着して、最高出力150ps/最大トルク18.0kgmというパワースペックを発生した。サスペンションは前後ともダブルウイッシュボーンという、当時としては凝った方式を採用。また、ブレーキは国産車としては初めて4輪ディクが採用されていた。

発売前から日本GPやスピードトライアルに挑戦

クラウン用のM型 2L SOHCをヤマハがDOHC化した3M型エンジン。2バルブながら、ソレックスを3連装して150psを発生。

トヨタ 2000GTは1967年5月に発売されたが、発売前の1966年5月に富士スピードウェイで開催された第3回 日本グランプリに参戦。純レーシングカーのプリンス R380に次いで、予選2位、決勝では3位に入賞した。さらに同年10月には高速耐久スピードトライアルにも挑戦し、78時間連続走行で3つの世界新記録と13のクラス別国際新記録を樹立し、勇躍市販となった。発表当時の価格は、238万円という高額なものだった。

また、発売当時の日本を舞台に撮影された映画「007は二度死ぬ」では、ボンドカーとしてオープンモデルのトヨタ 2000GTが登場している。1969年にはマイナーチェンジされ、細部が変更されて3速ATも設定された。また、米国輸出を検討して2.3L SOHCを搭載したモデルが数台試作されている。

トヨタ 2000GTは、コスト度外視で製作されたため赤字生産が続き、生産累計は337台で終わっている。しかし、それを補って余りあるトヨタの技術を世界に知らしめるという役割は大きかった。

2020年7月にトヨタ GAZOOレーシングが、「GR ヘリテージパーツプロジェクト」の第2弾としてトヨタ 2000GTの補給部品を復刻し、国内外での販売を再開したが、誕生から半世紀以上を経た今日でも、その魅力に心を奪われる人たちが世界中にいるということなのだろう。

メーターパネルは本物のローズウッド。後期型はウオールナットに変更されている。レーシーというだけでなく豪華さもあった。

●全長×全幅×全高:4175×1600×1160mm
●ホイールベース:2330mm
●車両重量:1120kg
●エンジン種類:直6 DOHC
●総排気量:1988cc
●最高出力:150ps/6000rpm
●最大トルク:18.0kgm/5000rpm
●燃料・タンク容量:有鉛ハイオク・60L
●トランスミッション:5速MT
●駆動方式:FR
●タイヤサイズ:165HR15

© 株式会社モーターマガジン社