粒子加速器由来の高エネルギーニュートリノを初検出 天文学への応用の道も

宇宙を構成する最も基本的な構成要素である「素粒子」の中でも、身近にありながらその存在を意識しないものに「ニュートリノ」があります。

例えば今この瞬間も、1秒間に数百兆個ものニュートリノが私たちの身体を貫通していますが、その存在に気付くことはありません。これは、ニュートリノが他の物質と極めて弱い相互作用しかせず、大半は原子に衝突することなく通過してしまうからです。そのため、ニュートリノは通称”幽霊粒子”とも呼ばれます。

この幽霊のようなニュートリノの性質は、最新科学の研究の場でも同じです。粒子加速器や原子炉など、人工的にニュートリノが発生する場はたくさんありますが、発生したニュートリノの大半は検出器を素通りしてしまいます。それでもいくらかのニュートリノは捉えられ、その検出データからニュートリノの性質を探ることができます。

しかし、検出器の性質から、これまでに検出できたニュートリノは低いエネルギーのものに限られていました。一方で、宇宙線と大気の相互作用で発生するニュートリノや、粒子加速器などで生成されるニュートリノは高いエネルギーを持ちます。これら高エネルギーニュートリノを検出する方法は、今まで存在していませんでした。

【▲ 図1: FASER検出器の写真。粒子加速器に設置される検出器としては非常に小型である(Credit: CERN)】

カリフォルニア大学アーバイン校やベルン大学などの研究者からなる国際研究チームは、これまで不可能だった高エネルギーニュートリノの検出に焦点を当てて研究を行ってきました。

ヨーロッパに設置された世界最大の円形粒子加速器「LHC (大型ハドロン衝突型加速器)」では素粒子の衝突実験が日々行われており、実験の度に大量の高エネルギーニュートリノが生じているはずです。

そこで研究チームは「FASER(Forward Search Experiment)」と呼ばれる検出器を設置して、陽子同士の衝突で生じた高エネルギーのπ中間子の崩壊物の中から、高エネルギーニュートリノであることを示す信号の検出を試みました。全体で約1トンのFASERは粒子加速器に設置される検出器としては非常に小型であり、また、他の実験装置のスペアパーツを用いて数年で開発されたなど、全体的なコストが低いことを特徴としています (※1) 。

※1…例えば、2027年に稼働が予定されているハイパーカミオカンデは約26万トンの水槽を使用しています。ハイパーカミオカンデやその他のニュートリノ検出器はニュートリノ検出以外の用途もあるので単純には比較できないものの、大抵は大型の装置となります。

【▲ 図2: 検出された信号の一例。ニュートリノは画像左側の1点で他の粒子と衝突し、多数の荷電粒子 (電気を帯びた粒子) を発生させている。それら荷電粒子が移動した軌跡が多数の直線で示されている(Credit: FASER Collaboration)】

6400万回以上の信号を分析した結果、研究チームは高エネルギーな電子ニュートリノに由来する可能性がとても高い153回の信号を検出することに成功しました。粒子加速器由来の高エネルギーニュートリノを検出器で直接観測したのはこれが初めてです。

先述の通り、粒子加速器で生成される高エネルギーニュートリノは、宇宙からやってくるニュートリノとも特徴が一致します。このことは、FASERのような検出器が、天文学におけるニュートリノの観測や研究にも役立つ可能性を示しています。

ニュートリノは質量を持つ素粒子であることから、謎の多い「暗黒物質」 (※2) の正体か、あるいはその一部であるとする説が根強くあります。また、今回の探索では見つからなかったものの、同じく暗黒物質の候補である「暗黒光子」 (※3) も、この検出器で検出できる可能性があります。今回の検出結果は、未だに謎の多いニュートリノや暗黒物質について、さらなるデータを提供してくれるかもしれません。

※2…“通常の物質”の4倍以上も存在するが、重力以外の方法では検出することができない物質。その正体は現代宇宙論の大きな謎の1つである。

※3…暗黒物質同士の相互作用を媒介すると予測されている粒子。光子は質量ゼロであるが、暗黒光子はわずかながら質量を持つと推定されているため、暗黒光子自身も暗黒物質の候補である。

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文/彩恵りり

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