意味深タイトルの謎に迫る!悪女に続く中島みゆきのシングル「誘惑」の歌詞を深読み  モチーフは当時の流行語 “シンデレラ・コンプレックス”

オリコン最高2位40万枚のヒットを記録した誘惑

1977年リリースの「わかれうた」から4年。1981年10月発売の「悪女」で再びオリコンチャート1位を獲得した中島みゆき。その余韻が冷める間もなく、翌1982年3月にアルバム『寒水魚』、4月にシングル「誘惑」と、矢継ぎ早に作品をリリースしてゆく。

当時の私は「誘惑」を聴き、「中島みゆきはヒット攻勢をかけてきたな」と感じた。軽快なリズムと聴きやすくポップなメロディーは、80年代最初のシングル「ひとり上手」の路線を継承したもの。フォーク系で暗い印象を払拭し、一般リスナーへの訴求に本腰を入れたように思えたからだ。実際に「誘惑」はオリコンで最高2位、売上40万枚を超えるヒットを記録する。

ただし、曲と比べて歌詞は少々難解だ。また「誘惑」というタイトルも悩ましく、しっくりこない。そこで発売から41年目のいま、改めて歌詞を深読みしつつ、意味深なタイトルの謎に迫りたい。

もどかしい男女の恋愛模様を描く歌詞に注目

80年代前半の中島みゆきのシングルは、歌詞のキラーワードをタイトルに付けた曲が多い。「横恋慕」のような例外もあるが、歌詞を的確に表しているので違和感は感じない。しかし「誘惑」だけは別。歌詞を読む限り、一般的な恋愛における誘惑を歌っているとは思えないからだ。

この曲は彼女にしては珍しく、失恋ではなく恋愛模様が歌われている。しかし、登場するのは本心が言えない、もどかしい男女。そのことが一番の歌詞で示される。

 やさしそうな表情は 女たちの流行
 崩れそうな強がりは 男たちの流行
 本当のことは 言えない
 誰も 口に出せない
 黙り合って 黙り合って
 ふたり 心は冬の海

「やさしい」ではなく「やさしそうな表情」、「強がり」ではなく「崩れそうな強がり」というのがポイント。やさしさや強がりは装っているだけ。本心は口に出せずに黙り込んでいる。恋愛下手な男女が、何とか自意識を保っているようだ。

恋愛行為は夢の中の出来事?

しかしサビでは、このもどかしい男女が互いに「誘惑」を試みる。

 あなた 鍵を置いて
 私 髪を解いて
 さみしかった さみしかった
 夢のつづきを 始めましょう

男性の「鍵を置いて」は、出ていくのを踏み留まり、ガードを緩めた比喩に読める。一方、女性の「髪を解いて」もわかりやすい。髪を解いて普段見せない顔を見せ、自分の意志を示しているのは明白。恋愛のきっかけを作り、互いに「誘惑」しあっている。

しかし、誘惑に成功した先にあるのは「夢のつづき」ーー。

これは恋愛行為の比喩だと思うが、現実ではなく夢というのが引っ掛かる。現実世界では本心を言えないので、恋愛行為は夢の中の出来事にしようと、互いに決めているのだろうか? だとしたら、なんてさみしく、希望のない二人なのだろう。

ーー と、1番の歌詞を深読みしてみた。それにしても、なぜ男女は現実世界で何も言えず、何もしないのか?その答えは2番で明らかになる。

シンデレラ・コンプレックスがモチーフ

話はそれるが、1980年代初頭に「シンデレラ・コンプレックス」という言葉が流行した。これは米国の女性作家コレット・ダウリングが提唱した概念で、童話『シンデレラ』の主人公のように、素敵な王子様との出会いを待ち続ける女性の心理を指す。女性の社会的自立が叫ばれていた当時、この言葉はかなり流行した。

そして「誘惑」の2番では、この「シンデレラ・コンプレックス」がモチーフに使われている。

 ガラスの靴を女は 隠して持っています
 紙飛行機を男は 隠して持っています
 ロマンティックな 話が
 けれど 馴れてないから
 黙りあって 黙りあって
 寒い心は 夜の中

女性が隠し持つ「(シンデレラの)ガラスの靴」に対し、男性が隠し持つ「紙飛行機」は「ロマン」の比喩だろうか。いつか素敵な伴侶が現れるのを待ち続ける女性に対し、いつか夢や冒険を求めて飛んでいきたい男性。しかし現実には、白馬の王子様は一向に現れないし、ロマンを追求したくても何かに追われる日々。ロマンティックな話すらできないが、一抹の希望は持ち続けていたい…。

だからこの二人は、惰性で付き合っているような現実を受け入れられず、恋愛行為に踏み切れない。受け入れると、隠し持つ夢を一生諦めることになるからだ。Bメロの歌詞も、暗にそれを裏付けている。

 悲しみを ひとひら
 かじるごとに 子供は
 悲しいといえない 大人に育つ

「悲しいといえない大人」とは、何かに抑圧されている比喩に読める。辛い現実を受け入れて生きるしか選択肢はないが、希望を捨てれば心が死ぬ。だから現実世界では何も言えないし、何もできない。希望が持てない恋愛もしたくないし、恋愛行為に至っても、それは夢にしておきたい。

「誘惑」とは、そんな辛い現実から夢に一時逃避する儀式だったのだ。

1番は恋愛模様、2番は人生模様を凝縮した「誘惑」

このように、1番は恋愛模様、2番は人生模様と、まるで純文学に出てくるような人間の悲哀が凝縮された曲だと私は思うが、深読みしすぎだろうか。

そういえば中島みゆきの曲には、思い通りにいかない人生を装ったり、悲しみを分かち合う男女(特に女性)が、よく登場する。男と遊んでる芝居を続ける「悪女」の主人公のように。

人生に装いは付きものだが、装いすぎると本当の自分がわからなくなる怖さが、この曲にはある。そして、この重いテーマを軽快なリズムに載せて歌い、ヒットさせてしまう中島みゆきの装いにも、底しれぬ怖さを感じる。

カタリベ: 松林建

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