論議呼ぶ放送法、なし崩し的に解釈変更は進んでいた 表現の自由を重視し、番組内容は放送局に任せるはずだが…

 参院予算委員会で答弁のため手を挙げる高市早苗経済安保相。奥は松本剛明総務相=3月24日

 テレビ・ラジオ番組の政治的公平を定めた放送法の条文について、安倍晋三政権が解釈を見直した経緯が総務省の文書で明らかになり、論議を呼んでいる。歴史を振り返ると、放送法の解釈は1980年代以降、放送局の不祥事に乗じる形で、なし崩し的に大きく変わってきた。放送法違反を理由に、電波停止などの行政処分に至った例はないが、放送現場に萎縮効果をもたらしている。(共同通信編集委員=原真)

 ▽安倍首相補佐官が主導
 そもそも放送法とは、どんな法律なのか。1950年に制定され、番組の規律やNHKの在り方などを定めている。同じ年にできた電波法が放送免許や放送設備などハードについて規定する法律なのに対し、放送法は番組を中心とするソフトに関わる法律だ。

 なお1950年には、放送を所管する独立行政機関「電波監理委員会」の設置法も制定されたが、この法律は日本が主権を回復した52年に廃止され、放送免許などの権限は郵政省(現総務省)に移された。

 今回、問題となっている放送法4条(番組準則)は、放送局が番組を編集する際に①公序良俗を害しない②政治的に公平である③報道は事実をまげない④意見が対立する問題は多くの角度から論点を明らかにする―ことを求めている。

 政府は、②の政治的公平に関して、原則として一つの番組ではなく、その放送局の番組全体を見て判断するとの解釈を示してきた。例えば、1964年には「一つの番組が、極端な場合を除いて、政治的に不公平なんであると判断することは、相当慎重にやらなければいけないし、客観的に正しいという結論を与えることは難しい」と述べている(郵政省電波監理局長の国会答弁)。

 だが、総務省の文書によると、安保法制が議論されていた2014年11月以降、当時の礒崎陽輔首相補佐官が、TBSの情報番組「サンデーモーニング」は「コメンテーターが全員同じ主張をしており、おかしい」などと主張し、番組準則の解釈見直しを総務省幹部に迫った。

 総務省は、選挙期間中に特定の候補者のみを取り上げたり、国論を二分する政治的課題の一方の見解だけを繰り返したりした極端な場合は、一つの番組でも政治的公平に反する、との追加的な解釈案を策定。2015年5月、当時の高市早苗総務相が参院総務委員会での答弁で公表した。

 現在、経済安全保障担当相を務める高市氏は、文書の自身に関する部分は「捏造」と主張しているが、当時は解釈案の通りに答弁した。解釈見直しを追認していたことは、否定しようがない。

 総務省の文書。政治的公平を巡る放送法の解釈見直しの経緯が記されている

 ▽「行政処分は不可能」と政府答弁
 電波は勝手に使うと混信が起きてしまうため、総務省が各放送局に放送免許を与え、電波を割り当てている。電波法には、放送局が電波法や放送法に違反したとき、総務相は電波停止や放送免許取り消しなどの行政処分を下せる、との規定がある。制定時に政府が提出した電波法案には「放送法」の文字はなかったが、国会での修正で付け加えられた。

 しかし、政治的公平をはじめ、番組準則の規定はあいまいだ。一つ一つの番組の評価は、人によってさまざまだし、仮にある放送局の番組を一定期間、全て見たとしても、同じことだろう。番組準則に違反するからといって、行政処分を発動すれば、表現の自由を保障した憲法に違反する、というのが法学界の通説になっている。

 放送法は、戦前に放送局が政府と一体化し、軍国主義の宣伝に使われた反省から、1条の目的に「放送の不偏不党、真実および自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること」をうたう。3条でも「放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない」と、放送番組編集の自由を明記している。

 不偏不党などを保障し、表現の自由を確保する主体は、放送局ではなく、政府である。それは、法制定時の国会論議などから明らかだ。電気通信省・電波庁(現総務省)の電波監理長官は1950年、「政府は放送番組に対する検閲、監督等は一切行わない」と明言していた(衆院電気通信委員会での説明)。

 このため政府は長年にわたり、番組準則違反による行政処分について、〝法律の条文はあっても、適用は難しい〟との見解を維持してきた。1977年には、郵政省電波監理局長が「番組の内部に立ち至るということはできませんから、番組が放送法違反という理由で行政処分するということは事実上不可能でございます」と言い切った(衆院逓信委員会での答弁)。同じ委員会では郵政省放送部長も「番組に関しまして、その違反を郵政省が判断する権限がない」「放送法違反は、放送事業者自身が自主的に判断する、あるいは番組審議会、世論がその是非を判断していただく」と述べている。

 NHKのテレビ開局式。ことし放送70年を迎えた日本のテレビは、しばしば政治的公平が問われてきた=1953年2月1日、東京・内幸町

 ▽やらせを機に転換
 ところが、中曽根康弘政権は1985年、テレビ朝日のワイドショー「アフタヌーンショー」のやらせ事件を機に、放送法の解釈を180度転換する。郵政相はテレビ朝日に対し、番組準則違反を理由に、行政処分の前段階として、「厳重注意」という行政指導に踏み切った。郵政省放送行政局長は「(番組準則に)明らかに抵触する」と断言し、放送局や視聴者が判断するはずだった違反を、自ら判断している(85年の衆院逓信委員会)。

 これ以降、政府は〝法律の条文があるから、適用できる〟との見解を重ねていく。1993年、テレビ朝日報道局長が民放連の会合で、反自民の連立政権樹立を支援するかのような発言をして、政治問題化すると、郵政省放送行政局長は「政治的公正を誰が判断するのか、最終的には郵政省において判断する」と言明した(衆院逓信委員会)。

 その後、行政指導が連発されても、不祥事を起こした放送局は抵抗できず、受け入れてきた。

 さらに小泉純一郎政権は2004年、衆院選期間中に民主党代表が出演した「ニュースステーション」について、テレビ朝日に厳重注意した。自らの解釈の原則からも逸脱して、一番組で政治的に公平か否かを判断したのである。

 総務省は、自民党県連だけが登場する番組を放送した山形テレビなどにも、行政指導したことがある。いま論議を呼んでいる解釈見直しの前から、実務では一番組での政治的公平を問題にしていたのだ。

 そして2016年2月、高市総務相は衆院予算委員会で、放送局が政治的に公平でない番組などを繰り返した場合、行政処分を発動できると答弁した。前年、番組準則違反か否かの判断対象を番組全体から一番組へ、自身がハードルを下げた後だっただけに、放送局などから強い反発を招いた。

 ▽原点に立ち返る時
 放送局が、番組準則にある政治的公平や論点の多角的提示を徹底するよりも、論争になりそうな話題を取り上げないようになれば、視聴者にとっても、ゆゆしき事態だ。放送法は1条の目的に「放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること」も掲げている。

 長く放送を取材してきた立場から、是正策を提言するなら、極端なケースにせよ、一番組で政治的公平を判断するという解釈を、まず撤回するべきだろう。その上で、番組全体を見たとしても、番組準則違反を理由に行政処分することはできない、と解釈を再転換する必要がある。番組内容は放送局の自律と視聴者の評価に委ねるという、原点に立ち返る時だ。

 さらに、放送への政治的圧力を減らすためには、独立性の高い電波監理委員会を復活させて、総務省から放送免許などの権限を移さなければならない。

 もちろん、放送局は圧力があっても、毅然としてはね返すべきだ。万一、番組準則違反で行政処分を受けたら、裁判で違憲だと争えばよい。

© 一般社団法人共同通信社