博物館で生きる132歳の蒸気機関車

 【汐留鉄道倶楽部】日本工業大学(埼玉県宮代町)のキャンパス内にある工業技術博物館は、歴史的に価値のある工作機械を約270台所蔵し、その7割を動態保存していることで知られる。明治時代からの重厚感あふれる機械がずらりと並ぶ様は圧巻だ。その本館に隣接した蒸気機関車(SL)館が、1891年に英国ダブス社で製造され今年132歳になる〝現役〟SL、2100形「2109号」のねぐらだ。

発車する2109号。少しでも迫力を出そうと、ローアングルで狙ってみた

 2109号の経歴を振り返ると、今〝生きている〟ことが奇跡に思えてくる。英国から日本に輸入され、東北本線や中央本線で活躍した。英国のほか米国、ドイツから総数500両以上が輸入され、「B6」と総称された同系統のSLは日露戦争(1904~05)に供出された仲間も多かったが、2109号が大陸に渡ったかどうかは定かではないという。28年には西濃鉄道(岐阜県)に移籍し、石灰石の輸送に従事。66年に廃車となって留置されていたところを大井川鉄道に引き取られ、70年からは日本のSLの動態保存の先駆けとして井川線の千頭~川根両国で運転された。今につながる同鉄道のSL保存運転が本格化した76年からは再び静態保存となり、千頭駅や金谷駅構内で展示されていた。

 そんな2109号が再び息を吹き返したきっかけは、生誕100年を超えた92年5月、産業考古学会(現産業遺産学会)から「産業遺産」に認定されたことだった。学会が開催されたのがこの工業技術博物館だったのが縁で、「動態保存」を条件に大井川鉄道からの寄贈が決まった。同鉄道で熟練の技術者による修復作業を受けた後、93年9月に特殊トレーラーに乗ってやってきた。

 それから30年。関係者によって大切に守られてきたSLに会いに行った。生まれ故郷・英国のレンガ造り車庫をイメージしたSL館から約120メートルの線路を往復する「試験運転」は、年に6、7回実施されているという。日程は博物館のホームページで公開され、誰でも無料で見学することができる。

 午前10時すぎに到着すると、2109号はすでに出庫して、午後1時30分からの運転に向けた準備が始まっていた。五月女浩樹さんが学生を指導しながら丹念に給油して回り、運転室では清水昭一さんがボイラーの作業中。この二人が動態保存の中心的な存在だ。

 

見学のため運転室に乗り込む家族連れら

 2109号は動輪3軸に従輪1軸、機関車本体に水と石炭を積む「タンク機関車」に分類される。全長は10メートル余りで、日本を代表するSLのD51形、C57形の約半分だが、かといって小さすぎる感じでもなく、ほどよい大きさ。黒光りする車体からは、勢いよく蒸気が噴き出している。周囲にはかすかに石炭の臭いが漂う。いろいろと写真を撮っていると、取材ということで清水さんから声がかかり、ステップを上って運転室へ。逆転機や加減弁の操作など、運転のあれこれを丁寧に教えていただき、40年来のSLファンとして至福の時を過ごした。

 いよいよ運転が始まる時間となった。家族連れなど30人ほどの見学者を前に、汽笛を鳴らしてゆっくりと動き出した。スピードを出さないため迫力には乏しいが、真岡鉄道の「SLキューロク館」(栃木県)の9600形やD51形、山北鉄道公園(神奈川県)のD52形のように「圧縮空気」で動くSLとは違い、石炭(黒煙防止のため豆炭)を焚いてつくった蒸気でピストンを動かす。紛れもない「本物」の走りだ。

 見学者は5人1組で運転室に入ることができる。ここまでは告知されているが、わずかな時間とはいえ、見学者を乗せたまま走ると知って驚いた。ハンズオン(体験学習)という、この博物館ならではの狙いがある。あくまでも「乗車」ではなく、運転の見学というスタンスだ。清水伸二館長は「どうやって動かしているのか、実際に乗って体感することはすごく人の心を動かすものがある。特に子どもには原理的に理解しやすいものを見せることがすごく大事。石炭をくべて蒸気を出してピストンを動かして、オン・マシンで動力をつくりだして動いている。機械を動かすためにはエネルギーが必要、ということを感じてもらえる素晴らしいツール」と力説した。

 

試験運転終了後は、撮影用に動輪と動輪をつなぐ「連結棒」を水平にして停車。いつまでも見ていられる美しい姿だ

 順番が来たので、再び運転室に乗り込んだ。同じグループには小さい子どももいた。運転を担当する五月女さんは「怖くないでしょ。お外よく見えるよ」と気さくに声をかけていた。45秒ほど前に進んで、すぐにバックして戻る。あっけなく終わってしまったが、それでも年季の入った計器類やレバーに囲まれた空間で「シュッ、シュッ」というSL独特の息遣いを感じることはできた。

 博物館の技術職員の五月女さんは、2109号に携わって20年以上になる。担当するにあたって大井川鉄道で1年近く一通りの研修を受けたそうだ。ボイラーの免許も取得。「今思うのは、大井川鉄道で教わって、その時が一番分かっているような気がするんですね。そしてだんだん、難しさが分かってくる。奥が深すぎるゆえに、どんどん考えることも多くなってくる。(製造から)130年たっているわけだから、教わった通り丸々そのままではいかない。やっぱり、ここに合う動かし方になってくるわけです」と実感を込めて話してくれた。

 試験運転では、準備段階からボイラーを傷めないように最大の注意を払ってはいるが、2007年には火や煙の熱を水に伝える「煙管」「ステー管」が腐食し、計188本を交換。12年には右側シリンダーの鋳鉄部分にクラックが見つかり、鋳物溶接の特殊技能を持つ業者を探して修理した。「鋳物のシリンダーを普通の材質でつくり直すと、遺産としてどうなの、となる。遺産としての価値を失わずに動態保存をするための研究をしなければいけないが、そこまで余裕がない。長生きさせる、大事に使って少しでも寿命を延ばすためには何ができるか、一生懸命考えている。(五月女さん、清水さんの)後継者のことや、持続可能性の見通しを今のうちからつけておけるかが私の課題」と清水館長は話す。

 来年3月には、営業運転(JR九州の観光列車「SL人吉」)中のSLでは国内最古となる8620形「58654号」(1922年製造)が、老朽化のため引退する。その一方で、動態保存SLでは国内最古の「12号」(1874年に英国より輸入)は、愛知県犬山市の明治村で健在(現在はオーバーホール後の試運転中)だ。数多くの試練を乗り越えてきた2109号が、ユニークな「博物館のSL」として1日でも長く〝生きる〟ことを願わずにはいられない。

 ☆共同通信・藤戸浩一 工業技術博物館は、東武スカイツリーラインの「東武動物公園駅」から徒歩15分。東武鉄道は現在、C11形SL3両を動態保存し、「SL大樹」として運行している。2109号の本線走行は望むべくもないが、東武のSL基地・下今市駅(栃木県)まで陸送し、機関庫前での「顔合わせ」が実現したら…なんて夢を描いてしまった。

© 一般社団法人共同通信社