音楽大学の学生生活はどんな世界? 「のだめ」で注目、体験を基に紹介【榎政則の音楽のドアをノックしよう♪】

新年度が始まり、気持ちを新たにしている方も多いのではないでしょうか。今回は、音大生活とはどんな感じなのかを書いてみたいと思います。

2001年に連載が開始されてから、徐々に人気が出始めて、日本にクラシック音楽ブームを巻き起こした二ノ宮知子さんの漫画「のだめカンタービレ」は、大雑把にいうと、前半は日本の音大編、後半はパリの音楽院編となっています。どちらも音大の生活が中心になっており、変わったキャラクターがたくさん登場し、奇想天外な事件がたくさん起きますが、実際の音大生活はどうなのでしょうか。

私は東京で4年、パリで8年、計12年音楽学生生活を送り、音大生生活を存分に謳歌してきました。特にパリの音楽院は「のだめカンタービレ」の舞台になった場所でもあるので、比較して楽しんでいました。私の目からみた音大生活を紹介しましょう。

熾烈な練習室の奪い合い

練習室の奪い合いは、世界中のどの音楽大学でも起きているであろうと思われる、音大の風物詩ですね。練習室とは、多くの場合3帖くらい防音室にアップライトピアノが置いてあるだけの部屋です。ピアノが置いていない部屋もあります。逆に広いところだと小ホールほどの大きさがあって、フルサイズのコンサート用グランドピアノが2台置いてあるところもあります。環境には差がありますが、練習室を手に入れられるか手に入れられないかでは天国と地獄です。特にピアノ科の学生にとっては、学生の数よりはるかに少ない数の練習室しかありませんから、常に争奪戦が起きています。

各学校によって練習室の取り方は違いますが、主に以下のようなものがあるでしょう。 ・早い者勝ち ・予約制 ・時間制

早い者勝ちの場合は本当に熾烈です。朝、学校の門が開く前から学生が集まっていて、門が開いた瞬間、良い練習室から埋まっていきます。私はこれに参加したことはあまりありませんでしたが、午前6時に門が開き、6時10分に行って全ての部屋が埋まっていたときには愕然としました。

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荷物を持ってトイレに行こうものなら、すぐに別の学生に部屋を奪われてしまうことでしょう。防犯と、練習室の確保のジレンマと戦うヒリヒリした音大生活が待っています。

予約制の場合も、大して早い者勝ちと変わりません。予約可能な時間になった瞬間、みんなが予約シートに殺到するからです。オンライン予約システムですら殺到します。予約が出来ている場合は、すでに部屋に入っている人を追い出すことができます。大抵の場合、空いている練習室は自由に使ってよいので、予約したはずの部屋には誰かがいるのが普通なので、追い出さなくてはいけないのです。

一回部屋に入ったら、1時間半や2時間など決められた時間だけ練習できる、というパターンもあります。これは少なくとも一日一回は練習室を取ることができるという意味では平等で、時間も限られているので集中力が発揮できます。ただし、本番やコンクール直前だと、1時間半の練習では到底足りず、緊急の時は有料で外部の練習室を使う場合もあるようです。

なんにせよみんな1分でも長く練習していたいという思いがあり、毎日熾烈な練習室の争奪戦を行っています。荷物だけ置いて部屋を留守にしたり、部屋の中でずっとスマホをいじっている、等すると冷たい視線を向けられることもしばしばです。それだけ、ほとんどの音大生が音楽と真剣に向き合っていることがわかります。

専攻科目(実技レッスン)と一般科目の熱意の差

練習に関してこれほど熱意があるので、専攻科目、つまり専攻している楽器のレッスンにも気合いが入ります。もちろんそれだけ要求される準備の量も膨大なので、毎週の専攻科目を憂鬱に感じる人や、憂鬱を通り越して強迫観念に取りつかれてしまい、半ば発狂しているような人もよく見かけます。話しかけても無視され、つねにイライラして物や人に当たっている人は、1時間後に専攻科目のレッスンがあるのかもしれません。

それだけ全力で専攻科目に打ち込みますが、一般科目(音楽史や英語や著作権法などの座学を指します)は、適当にやりすごす人が多い印象です。一刻も早く出席票を提出して練習室に戻りたい人や、授業中ずっと楽譜を読み込んでいる人、楽譜を書き続けている人などが多く、あまり真面目に授業を受けている人はいません。大講義室で200人を相手に授業をしているのに、やる気のある数人に向けて話しているような教授もいるくらいです。

個人差もありますが、やはりほとんどの学生は専攻科目が頭の8割を占めていて、わずかな隙間に、音楽史や音楽理論といった音楽関係の座学が入り、その他の教養科目などは単位のために出席している、ということが多いように思います。

変人が多いイメージは本当?

音大には変人が多いとよく言われます。これに関しては、私は音大以外の大学を知らないので何とも答えることができません・・・。変人かどうかは置いておくとして、次のような人がたくさんいるのは確かです。

・口を開けば音楽のことしか語らず、常に音楽のことを考えている人 ・フットワークが軽く、常にどこにいるか、どの国にいるかすらわからない人 ・誰にでも声を掛けて、イベントやコンサートなどを次から次へと企画する人 ・奇声を発したり、奇行に走ったりしながら、音楽にも遊び心がある人 ・何カ国語も操り、言葉が通じない外国人とも親しくできてしまう人

良い意味でも悪い意味でも、「そんなことをする!?」とビックリしてしまうようなことをする人はいますが、周りの人たちの寛容度も高く「なんだか面白い人だな、見守っていよう」というくらいの付き合い方をしているようです。

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入学当時は環境が大きく変わってビックリすることがたくさんありつつも、すぐに慣れてしまうため、理解ができないほど変わった人だと思う人はそんなにいません。

変人とは違いますが、この人は凄過ぎる!と思うような人との出会いは特に印象に残っています。私が1カ月本気で向き合って練習してもなかなか弾きこなせなかった曲を、「初見」(楽譜を初めて見てその場で弾くこと)で完璧に弾きこなしてしまう人や、曲や演奏家に関して膨大な知識を持っている人など、この人の頭のなかはどうなっているんだろう?という人にもたくさん出会いました。

やはり、音楽に本気で取り組みたいという人たちの集まりなだけあって、とがった知識や技術を持っている人が多く、とても刺激になりました。

就職率の低さが誇り?

音楽大学は、一般の大学に比べて就職率が低い傾向にあります。これをもって音楽大学は就職に不利、と見なす向きもありますが、別の事情もあります。根っからの芸術家気質の音大生の目標は就職ではないことが多いのです。

まず、更なる技術の習得を目指して進学する人たちが大勢います。大学院に進むというパターンもあれば、海外留学というパターンもあります。私が大学卒業後に留学をしたので身近に感じているだけかもしれませんが、たくさんの友達が大学卒業後に海外へと飛んでいきました。

また、最も成功した人のパターンは、自営業です。時代を牽引するような有名な音楽家になることができた最も成功した人は、名目上は自営業となることが多く、就職率に寄与しません。その他の成功パターンとしてはオーケストラの団員に就任するということがあり、こちらは就職率に寄与しています。

他には、自分で団体や会社を立ち上げる人も多いです。特に楽団を結成して活動を継続しつつ、空いた時間でアルバイトをするという形を取る人は多いですが、これも就職率に寄与しません。

一方で、音楽にひたすら集中する他の学生に交わることができず、早々に音楽の道を諦めて就職活動に専念する人たちもいます。私の在籍していた学校の例にはなりますが、就職相談室はあるにはあったものの、ほとんど使われず閑散としていたイメージがあります。少なくとも私は一回も使っていませんし、友達でも使ったという人は稀でした。

このような事情があり、むしろ就職率は低いくらいのほうが芸術家を多く輩出できている証だということもできます。

とはいえ音大生は傾向として「コミュニケーション能力が高い」「外国語に強いことが多い」「一つのことに対する集中力が高い」といったことがあり、就職を目指した人が優遇されることはそれなりに多いようです。なんなら音楽家として成功した人よりも、就職した人のほうが収入が多いなんてことも普通なので、なんとなく複雑な気分になりますね。(作曲家、即興演奏家・榎政則)

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 榎政則(えのき・まさのり) 作曲家、即興演奏家。麻布高校を卒業後、東京藝大作曲科を経てフランスに留学。パリ国立高等音楽院音楽書法科修士課程を卒業後、鍵盤即興科修士課程を首席で卒業。2016年よりパリの主要文化施設であるシネマテーク・フランセーズなどで無声映画の伴奏員を務める。現在は日本でフォニム・ミュージックのピアノ講座の講師を務めるほか、作曲家・即興演奏家として幅広く活動。

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