米国の分断を一層深めることにならないか憂慮する。
不倫相手に口止め料を払い、もみ消しを図ったとしてトランプ前米大統領が起訴された。同氏は裁判所に出頭し、無罪を主張。「違法なことは何もしていない」などと支持者を集めて演説した。
大統領経験者が刑事被告人となるのは初めてである。業務記録改ざんの罪状は34件に上る。トランプ氏は2024年大統領選に出馬表明しており、影響は免れない。
政治家の資質が問われる容疑であり、説明責任が欠かせない。だが、同氏は捜査は不公平だと批判を強め、民主党の「魔女狩り」だと訴えている。岩盤支持層の結集をもくろむのだろう。
身勝手な論法で政敵を攻撃するだけでは、ますます分断に拍車をかけることになる。いくら陰謀論を振りかざしても、嫌疑が晴れることにはならない。
ニューヨーク州検察は、トランプ氏が16年大統領選で自身に都合の悪い情報を隠蔽(いんぺい)して選挙戦を優位に進めようと画策し、「大統領選をゆがめた」と指摘した。
同氏は口止め料の弁済を「弁護士費用」と偽って記録に残したとされる。
大統領経験者であっても「法の下の平等」の原則に従い、責任が問われるのは当然だ。
ただ捜査を指揮する地方検事は民主党系であり、起訴は共和党の予備選が本格化する時期と重なった。司法制度の中立公正さは担保されなくてはならない。
トランプ氏は在任中も多数の疑惑を抱えていた。支持者らを扇動したとされる21年の米連邦議会襲撃事件は、大統領選の当選手続きを暴力で破壊しようとした民主主義への攻撃である。
だが議会で弾劾裁判にかけられても有罪評決を免れ、自らの求心力向上につなげてきた。今回も司法との対立を選挙戦に利用する考えではないか。
昨年の中間選挙で共和党は下院で多数派を奪還したが、上院は予想に反してトランプ氏の応援候補が相次ぎ落選し、民主党が勝利した。
分断をあおる同氏と共和党に、有権者の厳しい目が注がれたといえる。「民主主義の危機」を感じた若者や女性、無党派層に支持が広がらなかったのが原因との見方もあった。
内向きの主張を繰り返し、一時的に注目を集めてもすぐに限界が来よう。民主主義国のリーダーを再び目指すなら、真摯(しんし)に自らの疑惑に向き合うべきだ。