日本はインフレ、米国は利下げ…日本経済の先行きを左右する経済政策で求められていることとは?

日本では物価が上昇し、日常生活の中でもインフレを体感する方も増えていると思います。同時に大企業を中心に例年以上の賃上げのニュースも報じられるようになり、長期間にわたって低体温状態だった日本経済もいよいよ活性化するのかと期待感が湧いてくるのですが、一方で米国では複数の銀行が経営破綻するなど、不穏なニュースが報じられています。

4月からは10年にわたって日銀総裁を務めた黒田総裁が任期を終え、植田新体制での政策運営が始まります。日本経済の先行きを左右する経済政策について考えてみましょう。


日本のインフレ状況

総務省が3月24日に発表した2月の消費者物価指数は伸び率が鈍化しましたが、これは政府による「電気・ガス価格激変緩和対策事業」によって、電気ガス料金が抑制されたことによるものであり、政策効果の影響がない「生鮮食品及びエネルギーを除く総合」は前年同月比+3.5%となり、1982年1月以来、41年1か月ぶりの上昇率となりました。また、米国をはじめ海外でコアと呼ばれる「食料(酒類を除く)及びエネルギーを除く総合指数」も同+2.1%と2%を超えたため、いよいよ日本でも本格的なインフレ局面に突入したとする方も多いでしょう。

この結果を受けて、黒田総裁が長期にわたり実施していた金融緩和を解除して、植田新体制においては欧米のように金融を引き締めるようにすべきという声も聞こえてきますが、日銀は「物価目標の持続的・安定的実現」を目標としており、前述のように瞬間風速的に目標を達成したからといって、即座に金融緩和を解除するというのは拙速であると考えます。
3月28日に参院予算委員会で黒田総裁は「2%の物価安定目標を持続的・安定的な形で実現するまでになお時間を要する状況である」として、「出口戦略について具体的に論じるのは時期尚早」と述べています。

米国における二分された見通し

日本以上に高いインフレ率に苦しむのが米国です。昨年の6月には前年同月比+9.1%と40年超ぶりのインフレを記録した後はFRBが過去に例がないほどのペースで利上げをしたことで、徐々にインフレ率は鈍化しているものの、足元でも同+6.0%と依然として高い水準を維持しています。FRBは金融政策については「データ次第」という言葉を使って運営方針を表現しており、少なくともその言葉を額面通りに捉えるのであれば、まだ利上げは続けていくということになるでしょう。

しかし、3月に入って銀行破綻が相次いだこともあり、市場では利上げはもう行われず、秋からは利下げサイクルに突入するというコンセンサスが形成されています。つまり、米国では金融政策に対する見通しが2つに割れており、市場関係者や当局の要人の発言もタカ派なものからハト派なものまで、多種多様となっています。

足元では相次いだ銀行破綻はリーマンショックの再来とはならない、と考える人が多く市場環境も落ち着き始めましたが、仮に新たに破綻する銀行が再び現れたり、ウクライナ戦争で戦火が拡大したりするなど、外部環境が悪化すれば市場が織り込んでいるように利下げサイクルに突入する可能性もあります。逆に銀行破綻の影響が拡大せずに、ウクライナ戦争も終結に向かっていけば、インフレ退治が優先事項となり、利上げが今後も継続されるという展開になると考えます。

インフレ退治とオーバーキル懸念

FRBは当初はインフレを「一過性のもの」であると認識していたため、利上げのタイミングが遅れたという反省意識を持っているでしょう。そこで、インフレをしっかりと退治するために、「データを見ながら」と言いつつも、景気を減速させてしまうギリギリのタイミングまで利上げを続けようとすると考えます。

しかし、例の相次ぐ銀行破綻が銀行業界に及ぼす影響を十分に把握しないまま、利上げを続けるのはオーバーキルを引き起こす可能性が高いと考えます。オーバーキルというのは「やりすぎて景気を殺してしまう」ことを意味します。

今回の相次ぐ銀行破綻を受けて、銀行各社は自主的に融資基準を厳格化したり、貸しはがしを行ったりするはずです。これはまさに金融引き締めを意味します。銀行各社が自主的に引き締めを行う可能性が高いにもかかわらず、そこを考慮せずにFRBが利上げを続けてしまうと、イメージとしては一番上の蛇口を閉めながら、その下に並ぶ蛇口も同時に閉めることになりますから、その引き締め効果はこれまでの利上げ以上のものとなるでしょう。

また、今回のインフレは必ずしも供給が需要に追い付かずに物価が上昇しただけでなく、単純にエネルギーや食品価格が上昇したことも要因の1つであり、このタイプのインフレ要因は利上げをしても抑え込めないということにも注意が必要です。

求められる両睨みの経済政策

前述のように日本では歴史的なインフレ率を記録しています。一方、米国では利下げサイクルに突入する可能性が出てきました。仮に日銀が植田新体制の下で金融緩和を解除して、金融政策を引き締め方向に転換するタイミングで、米国が利下げサイクルに突入してしまうと、日米金利差が縮小し、ドル円相場は円高方向に動くでしょう。円高に振れると海外から輸入するエネルギーや食品価格は円建てで安くなります。また、米国が利下げサイクルに突入するということは、インフレ環境がある程度は落ち着いたことを意味します。

世界のインフレ率が上昇するタイミングに遅れる形で日本国内でもインフレ率が上昇しました。これは日本人の多くにデフレマインドが染み付いているため、企業の価格転嫁のタイミングが遅れたことが理由と考えます。ということは、世界のインフレ率の伸びが鈍化して、インフレが落ち着くと、日本は少し時間をおいて同様にインフレ圧力が下がることになります。

こうなると、拙速な金融引き締めは「物価目標の持続的・安定的実現」を達成させることなく、再びデフレ経済に突入させる決定打になりかねないのです。日銀は国内のインフレ状況、賃金動向など幅広いマクロ指標を確認しつつも、同時に米国をはじめとする海外のマクロ環境と金融政策を両睨みしながら政策決定をすることが求められています。

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