いじめや虐待を乗り越え「子どもに笑顔と感動を」大阪の熱血ものまねマジシャンが社会貢献する理由

浪速の「ものまねマジシャン」として知られるミスターシンさん(65)は、いま全国の児童養護施設や保育機関、病院などを回り、子どもたちに笑顔と感動を届けている。人生の後半戦。大阪・心斎橋で人気のマジックバーを営む傍ら、なぜ、そんな心温まる活動をライフワークにしているのか。そこにはシンさんの幼い頃の体験があった。

きらびやかな東心斎橋のビルの一角では、今宵もお客さんのどよめきと歓声がこだましていた。中心にいるのは店のマスターでマジシャンのミスターシンさん。包み込むような低音ボイスを響かせ、しゃべり上手でものまね上手。その上、歌もプロ級と、まさに生粋のエンターテイナーだ。しかし、子どものことになると真剣な表情になった。

「社会貢献と言えばおこがましいですが、いまの僕があるのはマジックのおかげ。マジックは人の心を変えられる。実際にポジティブになり、コミュニケーション能力が上がったり、いじめがなくなったという声も届いています」

島根県出身。7歳のとき、父親が再起不能の事故に遭ったことから家庭が崩壊し、妹とともに地元の児童養護施設に預けられた。1年後、小学2年生から大阪で生計を立てていた母親に迎えられたというが、マジックとの出合いは施設で理不尽ないじめに遭っていたときだった。

「ある日、おじさんマジシャンがやって来て、手品を披露してくれたんです。そのとき、一番前で見ていた僕はみんなから質問攻めされ、ちょっとしたヒーローになったんですよ」

波乱万丈の65年間。負けん気と努力のかいあって一時は会社を経営していたが、倒産したことで本格的にマジックの道へ進んだ。そのとき、何と45歳。今と違って動画配信などなく、入門書を読んだり、テレビで観たりしながらトランプの持ち方や切り方を猛特訓し、独学で身につけた。

「周りからは”アホちゃうか”と言われましたが、僕はいたって真剣でした」

練習の成果は心斎橋の路上だった。時折、お巡りさんに注意されながらダンボール箱をテーブル代わりに実演し、話術もどんどん磨いた。おかげさまで店はオープンから17年。シンさんもいまでは数々のテレビ番組に呼ばれるようになった。

その一方でずっと気になっていたのは、子どもたちを取り巻く環境だ。経済的な事情から家族と一緒に暮らせないケースや親のネグレクト(育児放棄)、子ども同士のいじめなど問題は多様で複雑。児童虐待は年々増え続け、厚生労働省によると、虐待や貧困などの理由で保護され、児童養護施設や里親の元で暮らす子どもは、2021年時点で全国に約4万2000人もいる。

そんな中、シンさんが訪問しているのは児童養護施設のみならず、保育園や幼稚園。さらに小児がんのホスピスなど多岐にわたる。ある会場では女の子が「実際にはタネも仕掛けもあるんでしょ」と言ってきたことから実際に梅干しのタネをひょこっと出し、驚かせたこともある。

「子どもたちの歓声やうれしそうに笑っているところ、あるいは不思議そうにキョトンとした顔を見るのが楽しみなんですよ。マジックを通じて親と子、または友だち同士のコミュニケーションが広がればいい。自分自身も施設にお世話になった。笑いや驚きが少しでも子どもたちの未来につながれば、これ以上の喜びはありません」

折しも、こども家庭庁が発足したところ。シンさんは今後、賛同者を募り、活動を広げて行く構えだ。「大切なのは感謝の心や生き抜く力を身につけること」。いつまでも魔法がとけないでほしい。マジックがいいスパイスとなり、希望の持てる化学反応を起こしてくれることを願っている。

◇マジックバー「Mr.shinの店」
大阪市中央区東心斎橋1|17|27 ニューコロンブス7F

https://youtu.be/M6Ofmu6tip4

(よろず~ニュース特約・チコ山本)

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