「ジェンダー平等」全国1位は、2年連続でまさかの鳥取県庁 秘密は元知事が30年前に始めた“種まき”にあった

鳥取県の鳥取砂丘=2013年5月

 政府統計などを用いて47都道府県それぞれの男女のジェンダー平等ぶりを可視化する「都道府県版ジェンダーギャップ指数」。上智大の三浦まり教授(政治学)らが2022年から算出し、行政分野の1位は、2年連続で鳥取県だった。意外に思う人もいるかもしれない。大都市ではなく、なぜ鳥取なのか。実は、鳥取県庁のジェンダー平等の取り組みは、約30年もの歴史がある。その立役者は、改革派として知られた元知事の片山善博さんだ。
 知事になる以前の1990年代に旧自治省(現総務省)から出向し、県の総務部長を務めた。当時から「女性にお茶くみだけをさせない」と、庶務に偏っていた女性職員の配置を全面的に見直していた。さらに、ペーパーレス化などを通じて業務負担を減らし、結果的に、男女ともに働きやすい職場作りが進んだ。デジタル化の先駆けとも言える。当時の経緯を振り返った昨年12月のシンポジウムでの発言をひもとくと、示唆に富む内容に驚かされる。(共同通信=山口恵)

 

元鳥取県知事の片山善博さん=2022年12月、東京都千代田区

▽「何か変」。人事で感じた違和感と「作られた能力差」
 片山さんが鳥取県の総務部長になったのは1992年。総務部長は、人事や財政など県庁の中核的な役割を担う。人事に取りかかって、すぐに気付いた。「なんか変だ」。違和感の正体はすぐに分かった。管理職が、ほぼ男性だけだったのだ。
 鳥取県に出向する直前は、国で国際交流の仕事をしていたため、ギャップは大きかった。海外の政府や自治体では、男女分け隔てなく議論しながら仕事を進めているところも多い。
 「振り返って日本の組織は、おじさんばっかり。男女共同参画が進んでいる組織の方が多様な意見が出て、活気がある」
 当時、女性職員は全体の3割を占めていたが、どの部署に配属されても、担当は庶務ばかり。一方、男性はさまざまな部署で、多様な担務を経験し、約20年掛けて、オールラウンダーになっていく。多くが課長になる40歳ごろになると、男女の経験値の差は歴然で、結果、男性ばかりが管理職を担っていた。
 「これは明らかに作られた能力差だ」。まず手を付けたのは、秘書課や財政課といった中枢部署の態勢見直しだ。特に、財政課の予算編成は、年末の寒い時期が業務のピークで、徹夜で作業することもあった。「男がやる、きつい仕事」との固定観念があった。

鳥取県庁=2020年撮影

 そこで打ち出したのは、「徹夜や長時間労働のない財政課にする」との方針だ。冬に集中する仕事を夏にも振り分け、業務を平準化した。人手を増やし、業務のデジタル化にも努めた。その上で、職員の3割を女性にすることにした。
 例えば、河川工事や土石流対策などの公共工事の現地視察。以前は冬の予算編成のさなかに、タイトスケジュールで視察も行い、負担感が大きかった。「予算を付ける際、現地を見ておかないと、どうしても机上の空論になる」。だが、予算要求されそうなものは、夏ごろにはすでに固まっている。担当課に早めに情報共有してもらい、視察を前倒しすることにした。
 公報のペーパーレス化をきっかけに、予算編成のペーパーレス化、エクセルなどを活用した効率化も進めた。結果的に職員の残業は大きく減った。
 こうした取り組みが、どんな変化につながったのだろうか。「予算の出来栄えが良くなった。それまでは、商店の顧客の半数が女性なのに、店員が男性だけだったようなものだった。男女共同参画の視点で、県民への行政サービスを考えると良い施策ができると実感した」
 女性がお茶くみなどをしていた秘書課は、職員数を男女半々にすることから始めた。ただ、それだけではうまくいかない。知事の日程確保などで部屋を訪れる他部署の職員が、男性職員にしか物を頼まないためだ。部屋に女性しかいない時には、「また来ます」と引き返すことすらあった。
 「これではいけない」と、課員を全員女性にし、課長職をやめてフラットな組織に変更。いやがおうにも、女性職員に頼まなければいけない環境を作った。「男性の中には、『女性に頭を下げたくない』『ちゃんと仕事をしてくれるのか』などと考える人も多くいた」

鳥取県のジェンダー・ギャップ指数

 ▽男性部長が育休経験を県議会で報告
 他にも、さまざまな取り組みを進めた。「男性も庶務に配属する」「人事担当が配置の偏りがないかをしっかりチェックする」。態勢を整えた上で、女性にもキャリアの門戸を開き、男女の固定的役割観念を払拭させようと努めた。「男性管理職に『女性に頼んだら、ちゃんとやってくれる』という当たり前のことを、実体験させる必要があった」
 こうした取り組みを重ねるにつれ、意欲の有無や仕事の出来は、性別ではなく個人差なのだということが徐々に浸透してきたという。
 「細かいことを、総務部長の権限でこつこつやってきた。地味すぎて、当時の知事は関心がなかったと思う。こうした取り組みのおかげで、男女ともに豊富な経験を積んだ職員が育ち、後に知事になってから、女性を管理職に登用しやすくなった」
 その後、片山さんは1999年4月に鳥取県知事に初当選。行政改革でその名を知られたが、ジェンダー平等も引き続き進めた。その一つに、鳥取県男女共同参画推進条例の制定がある。条例に基づき、審議会の委員を選ぶ際は、男女をそれぞれ最低4割入れることにした。
 当初は事務方から「女性の候補者がいません」と言われることも多かった。それでも片山さんが「じゃあ自分のつてで探してくるから良いよ」と返すと「事務方があっという間に探し出してきた」

 忘れられないことがある。定例議会の開催中、ある男性部長の第三子が生まれそうだと分かった。部長ら県庁の幹部にとって、県議会議員の質問に答える議会答弁は、大事な仕事。しかし、片山さんは部長にこう伝えた。「休んだら?議会答弁は、知事や部の次長が代わりにできるが、上の子2人の面倒はあなたしか見られない」
 その上で、議長や副議長には事前に報告しておいた。当時は、まだまだ男性が育児に積極的に関わることが一般的ではない時代だったため、否定的なことを言われるかもしれないからだ。「議会であれこれ言われて、部長を傷つけることも避けたかった」
 ただ、話を聞いた議長から返ってきたのは、こんな答えだった。「分かりました。次の議会の時に、その経験を報告して下さい」
 次の県議会。この部長が議会で体験を報告すると、地元紙の朝刊1面にカラーで大きく取り上げられた。片山さんは「県全体で、男性の育休取得への意識を前進させる大きなきっかけになったのではないか」と振り返る。

統一地方選に向け2022年12月に開かれた、政治や行政分野のジェンダー平等実現を考えるシンポジウム=東京都千代田区

 ▽繰り返し伝えた「想像力を持って」
 片山さんが30年も前からジェンダー問題に取り組んだモチベーションは何だったのだろう。「大きく分けて2つ。ひとつは、同じような能力を持っているのに、女性というだけで力を発揮できないのは不平等との思い。公的機関である役所の中で、不平等や、不公正が起きているのは、やっぱりおかしい」「ふたつ目は、職員数に限りがある中で、重要な仕事を男性だけに任せるのは、人材活用面でもったいないということ」
 片山さんは40代で鳥取県知事に就任した。自分より年上の男性幹部も多く、中には「古いタイプ」と感じる人もいたが、彼らにはこんな風に話した。
 「皆さんの中には娘さんがいる方もいるかもしれない。娘さんが一生懸命勉強して、社会の中で役割を果たしたいと思っている。大学までは男女同権なのに、社会に出たらいきなりお茶くみなど、補助的な仕事ばかり。男性中心社会でどんな無念さを感じるだろうか。どうか想像してみて下さい。私は自分の娘をそんな目に遭わせたくない」
 それは、当時、娘が大学生だった片山さん自身の率直な思いでもあった。
 昨年12月のシンポジウムではこんな質問も投げかけられた。「どうしたら鳥取県のように状況を改善できるのか」
 片山さんは「こうした課題は、一人の力や短期間で全面解決するのはなかなか難しく、特効薬はない。鳥取の場合も、私の取り組みを後任の知事や幹部が引き継いでくれたからこそ、今がある」と話す。その上で、地道な取り組み努力の大切さを強調した。
 「大切なのは準備。男女共同参画を訴えて当選した首長が、女性を抜擢することがあるが、三段跳びのような形で昇進させるのはやめた方が良い。男性と同じようにトレーニングの機会を作るなど、地道なところから始めないといけない」
 また、本当の男女共同参画を目指すには、働き方の改善による、長時間労働の解消に加え、男性の「家庭進出」も欠かせないという。共働きの場合でも、家事や育児、地域との交流は、主に女性が担うことが多いためだ。
 「長時間労働から解放され、成果にもつながる。何より、男女で力を合わせた方が楽しく働けませんか」。組織のあり方は、トップのマインドで大きく変わった。小さな改善を長年、コツコツと積み重ねた鳥取県の取り組みから学ぶことは多い。

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※  「都道府県版ジェンダー・ギャップ指数」の今年の結果については、音声でも記者が解説しています。https://omny.fm/shows/news-2/09

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