【福井県越前市】越前和紙の里で、職人の技と心に触れる

五箇地区伝統の妻入り卯立の古民家に、和紙を漉く音が響く。越前和紙に触れる施設が集約された「越前和紙の里」には、昔ながらの道具で紙を漉く工程を見られる「卯立の工芸館」がある。1748年(寛延元年)創業と伝わる建物で紙漉きに勤しんでいるのは、伝統工芸士の村田菜穂さんだ。

「ここは私が今立に移住した1997年(平成9年)に移築されたんです。ご縁を感じますね」

村田さんは京都府出身で服飾芸術を学んでいたが、越前和紙に出会って、多彩な技法と紙そのものの美しさに惹かれ、紙漉き職人の道に進んだという。

女性は漉き手を務めることが多いが、村田さんは原料を加熱処理する煮熟(しゃじゅく)から仕上げまで、全工程をひとりで行う。「無人島に行っても、ひとりで紙だけは漉けるように」と師匠が仕込んでくれたおかげだ。いい和紙を追求する研究熱心な師匠のもとで習得した「越前鳥の子紙」は、技術を遺すための保存会が設立され、村田さんが指導員を務めている。

「工芸館で紙漉きの仕事や和紙の魅力を伝える役割ができたことで、越前和紙の歴史のなかで点の存在から線の存在になりたいと思うようになったんです」

観光客や地元の子どもたち、職人を志す若者、特別な紙を求めるアーティスト……、さまざまな人に和紙の素晴らしさを伝えて、村田さん自身や越前和紙、今立のまちと人をつなぐ「線」をつくる。そして、「越前鳥の子紙」という産地の誇りを次世代に伝える「線」になる。工芸館で紙漉きをする日々は、産地の職人としての自分を深く考えるきっかけになった。

ひとりの紙漉き職人としては、今の時代に必要とされる紙を模索しながら、もっと身近で使いやすい和紙づくりに力を入れていきたいという。

「自然のものや人の手で作られるものって、本能的な心地よさを感じませんか? その豊かさに目を向けてもらえるような、日本の紙の素晴らしさが伝わる紙をつくれる紙屋になりたいですね」

植物の繊維が紙になるプロセスがたまらなく好きだという村田さん。師匠の志を受け継ぎながら、楽しんで使ってもらえる“いい紙”をつくることに励んでいく。

© 株式会社MATCHA