「真の難民が送還され、命を失いかねない」廃案になったはずの入管難民法改正案 強い反発の中、国会で審議

 入管難民法の改正案が国会で審議されている。非正規滞在者の強制送還を徹底する内容で、世論の反対で廃案になった2021年の改正案と骨格は変わらない。在日外国人や支援者は「母国に帰れない人もいる」と強く反発する。どんな法案で、何が論議を呼んでいるのか。(共同通信編集委員=原真)

記者会見で入管難民法改正案を説明する斎藤健法相=2023年3月7日、国会内

 ▽難民申請を繰り返すと…
 政府が3月に国会提出した改正案について、斎藤健法相は「保護すべき者を確実に保護しつつ、ルールに違反した者には厳正に対処できる制度にして、現行法下の課題を一体的に解決する」と自賛する。
 改正案の中心は、在留期間を過ぎるなどした外国人の送還の徹底だ。法務省・出入国在留管理庁は「送還を忌避する人が多く、入管施設での収容が長期化している。前科がある人もいる」と強調する。
 入管庁は、難民認定申請中は送還しないとの現行法の規定が乱用されているとして、改正案では、申請を3回以上繰り返した場合は送還できるようにする。国外退去処分を受けても帰国しない人には、1年以下の懲役などの罰則を新設する。
 しかし、入管庁の統計によると、非正規滞在者は2022年現在、約6万7千人。前年より19%減り、長期的にも大きく減少してきた。退去処分を受けた人は、ほとんどが自主的に帰国している。入管庁はチャーター便による一斉送還なども実施している。送還忌避者は22年末で約4200人にとどまり、そもそも法改正は不要だとの指摘もある。

 ▽命に関わる
 外国人支援者らは「送還を拒んでいるのは、母国で迫害される恐れのある難民や、日本に家族がいる人たちだ」と反論する。
 日本の難民認定率は先進国で極端に低く、過去最多の認定者数を記録した2022年でも2・0%に過ぎない。他国なら認定される人も認められないから、難民申請を重ねざるを得ないというわけだ。実際、3回以上申請を重ねて、裁判で争った末に、ようやく認定された人もいる。
 支援者らは「改正法が可決されれば、真の難民が帰国させられて、命を失いかねない。難民認定手続きを改善する方が先決だ」と批判する。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)も2021年の改正案に対し、異例の見解を発表、「非常に重大な懸念」を表明した。
 また難民でなくても、日本人と結婚して子どもがいたり、在日が長年に及び生活基盤ができていたりする人は「罰則を適用されても、帰国できない」と訴える。こうした人には、日本滞在を認める「在留特別許可」を出すべきだとの声が強い。少子高齢化で人手不足が続く中、外国人技能実習生らを新たに受け入れるより、既に日本に定着している人々を正規化する方が、メリットが大きいともいわれる。
 仮に前科があったとしても、既に刑に服しているのだから、犯罪歴がある日本人と同様、社会に受け入れて更生を支援するべきだとの意見もある。

 

入管難民法改正案に反対し、デモ行進する人々=2023年2月23日、東京・上野

 ▽収容に代わる「監理措置」
 現状では、非正規滞在者は送還まで、原則として入管施設に収容される。この無期限の収容中に死者が相次いでおり、改正案は収容に代わる「監理措置」を打ち出した。
 監理措置では、家族や支援者が「監理人」となって本人を指導・監督することを条件に、収容せず社会生活を認める。入管庁は「『原則収容』の現行法の規定を改め、個別事案ごとに収容か監理措置かを選択することとなり、『全件収容主義』は抜本的に改められる」と強調する。
 だが、そもそも現行法は、非正規滞在者を「収容することができる」と定めているだけで、入管庁が原則として収容しなければならないわけではない。外国人支援者らは、全件収容主義は条文を踏み越えた同庁の恣意的な運用であり、法改正しなくても是正は可能だと主張する。

 

 ▽家族や支援者にも罰則
 改正案は、逃亡や不法就労の恐れ、収容で本人が受ける不利益の程度、その他の事情を考慮した上で、入管庁が「相当と認めるとき」に限り、収容ではなく監理措置にすると定めている。結局、監理措置にするかどうかは、入管庁の広範な裁量に任される。その意味で、一時的に身柄の拘束を解く既存の「仮放免」制度と変わらず、全件収容主義からの脱却にはならないと支援者らは指摘する。
 しかも、監理人は本人を見張ることを義務付けられる。本人の不法就労などを監理人が入管庁に通報しなかった場合、最高10万円の過料を科される。入管庁は、2021年改正案よりも監理人の義務を限定したとアピールするが、従来、仮放免の保証人になっていた支援者らは「密告を強いられるので、監理人にはなれない」と言う。監理人が見つからなければ、収容が続くことになる。
 改正案は、監理措置にせず収容する場合、3カ月ごとに必要性を見直すと規定した。これも2021年改正案にはなかった修正点ではある。とはいえ、収容をやめて監理措置にするか否かは、入管庁の裁量に委ねられたままだ。

ロシアによるウクライナ侵攻から1年を迎え、教会で祈りを捧げるウクライナ避難民ら=2023年2月24日、東京都内

 ▽難民に準じる「補完的保護」
 一方、改正案は難民に準じる人を「補完的保護対象者」として救済することも盛り込んだ。難民条約が掲げる人種、宗教、政治的意見などの理由以外で、迫害される恐れがある人を想定している。
 入管庁は「ウクライナ避難民は補完的保護対象者に当たる」と明言する。しかし、難民を巡っては従来、迫害の理由が該当しないからではなく、迫害の恐れがないとして不認定とされたケースが多い。紛争から逃れてきた人が補完的保護対象者と認定されるかは、予断を許さない。
 現行法の下でも、政府は「緊急措置」として、ウクライナ避難民を手厚く保護してきた。支援者らは「法改正しなくても、ウクライナ同様の保護策をミャンマーやアフガニスタンなどの出身者に広げることはできる」と話す。

ウィシュマ・サンダマリさんの遺影を手に記者団の取材に応じる妹のワヨミさん(手前中央)とポールニマさん(同右)=4月13日、東京・永田町

 ▽幻の修正案から後退 
 2021年の入管難民法改正案を巡っては、名古屋出入国在留管理局でスリランカ人のウィシュマ・サンダマリさん=当時(33)=が死亡したのを機に、急速に反対が広がり、政府・与党が成立を断念した経緯がある。
 その直前、与野党はいったん法案の修正に合意していた。今回提出の法案は、この〝幻の修正案〟を出発点としておらず、人権擁護の面では後退している。
 修正案は「逃亡し証拠を隠滅する恐れがないときは、監理措置に付する」と、原則を収容から監理措置に転換。監理人に経済的な支援を検討する規定も加えた。さらに、現行法では無期限の収容に6カ月の上限を設け、その後は監理措置に移行すると明記した。
 今回の法案は、監理措置は原則ではなく、あくまで入管の選択に任されており、収容も事実上、期限がない。
 修正協議に携わった与党議員の1人は、合意後に当時の上川陽子法相から「なぜこんな案をのんだのか」と強く抗議されたという。今回の法案で法務省・入管庁は、与党が2年前に見せた譲歩を白紙に戻した形だ。

入管難民法改正案に反対する人たち=4月13日、国会前

 ▽野党は対案検討
 これに対し、立憲民主党など野党は対案の国会再提出を検討している。
 野党が2021年にまとめた法案では、難民認定を担当する独立行政委員会を設立して、入管庁から業務を移管。在留特別許可を拡大し、法の施行時点で日本滞在が10年を超えた非正規滞在者を正規化する。収容は逃亡の恐れがある場合に限定した上で、逮捕と同様、裁判所による審査を導入し、最長6カ月の上限を設ける。
 日本の難民認定の少なさや長期収容は国連機関からも度々、非難されてきた。外国人支援者らは「野党案は日本の入管難民行政を国際水準に引き上げる」と評価している。

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