坂本龍一さんと「ピラニア軍団」の時代 異色作で組んだ三上寛が明かす素顔「テクノの原点はキュウリ?」

世界的な音楽家の坂本龍一(享年71)が亡くなって以来、その足跡が改めて検証されている。「YMO」結成(1978年)以前、音楽業界の裏方として活躍した頃には異色作も手がけていた。その一つが、東映の大部屋俳優が歌う曲を収録したアルバム「ピラニア軍団」での編曲だ。同作をプロデュースしたフォーク歌手の三上寛(73)がよろず~ニューズの取材に対し、近年まで半世紀近く接点のあった坂本とのエピソードを明かした。(文中敬称略)

「ピラニア軍団」の発売は77年4月。三上が作詞作曲し、東映の巨匠・中島貞夫監督と共同プロデュース。発売当時25歳の坂本が全13曲中、7曲をアレンジした。

志賀勝の泥臭い節回しが都会的なサウンドとせめぎ合う「役者稼業」、重くうねるベースが印象的な川谷拓三「だよね」、同一フレーズが反復されるファンクの根岸一正「死んだがナ」、小林稔侍ら6人のメンバーが順に歌い、助っ人の渡瀬恒彦がツッコミを入れる「ソレカラドシタイブシ」の解放感あふれるアンサンブル…。〝演歌な顔ぶれ〟の歌が坂本の手腕によって不思議な化学変化を起こした。

坂本との出会いは「ピラニア軍団」製作以前だった。三上は「渋谷の(小劇場)『ジァン・ジァン』で、作家の富岡多恵子さんによる詩の朗読と私の歌で構成した公演があって、その時、坂本さんが富岡さんのバックで演奏した。それが初対面だったと思います。坂本さんのお父さんは三島由紀夫らを担当された有名な編集者(坂本一亀)ですが、奥さん(龍一の母)と富岡さんが友だちという話になって、坂本さんは富岡さんと2人で盛り上がっていました」と証言した。

その富岡が自作の詩を歌ったアルバム「物語のようにふるさとは遠い」(77年)で、坂本は作・編曲、演奏を担当。同作は2005年にCD化され、「ピラニア軍団」と並んで異彩を放つ〝坂本ワークス〟として注目された。CDのライナーノーツには、肩まで伸びた長髪でピアノを弾く坂本の写真が掲載されている。東京芸大の院生時代に新宿の酒場で知り合った友部正人を皮切りに、浅川マキ、りりィといったシンガー・ソングライターのバックを務め、あだ名は「教授」ではなく、その無骨な容姿から野球漫画に由来する「アブ」だった時代。なお、富岡は坂本の死が公表されてから4日後に87歳で死去している。

三上は「『ピラニア軍団』の製作では(関係者が)『面白いのがいる』と連れてきたのが坂本さん。現場に立ち会って音を聞き、この人は新しいことをやっている、素晴らしい才能を持っていると思いました」と振り返る。

その後も続いた関係には背景があった。「私は(坂本の前妻)矢野顕子さんのお父さんと友だちだった。青森でお医者さんをしておられた人です。坂本さんもそのことを意識してか、アッコちゃんの実家を訪ねた後で『寛さんの村(出身地の北津軽郡小泊村)まで車で行ってきましたよ』と話してくれたことも。電話でわざわざ話すことはなかったが、道でばったり会うと『おう』と声を掛ける間柄。私が『遊んでる?ハメ外してもいいんだよ』と言うと、『えっ、いいんですか』と驚いた表情が印象に残っています」と振り返る。

仕事での縁も続いた。坂本が主演し、音楽を担当した大島渚監督の映画「戦場のメリークリスマス」(83年公開)に三上も憲兵中尉役で出演。撮影は82年。「ピラニア軍団」リリースから5年後のことだ。

「坂本さんはラロトンガ島で撮影し、私はフィジー撮影だったので同じ画面で共演したシーンはないんです。ただ、帰りの飛行機が坂本さんと一緒だった。数年後、道ですれ違った時に、坂本さんに『戦メリの会を年に1回、みんなで集まってやってるんですよ。寛さんはなんで来ないの?』と怒られたこともありました(笑)。大島監督やビートたけしさん、役者さんたちが集まって飲んでいたようです」

時は流れ、19年12月、ジャズピアニスト・山下洋輔のトリオ結成50周年を記念したコンサートで、タモリらと参加した三上は坂本と再会。「寛さん、随分小さくなりましたね」と声を掛けられ、「俺、縮んだんだよ」とジョークで返した。これが最後の会話になった。

現在も全国でライブ活動を続け、生ギター演奏を貫く三上。音楽性は異なるが、通底するアヴァンギャルドな精神には通じるものがあったのかもしれない。

「オスカー(アカデミー賞)やグラミー賞を取って『世界のサカモト』になっていくわけですけど、今も覚えている坂本さんの言葉は『子どもの頃からテクノっぽい音が好きだった。キュウリを食べる時も必ず前歯でかじって、カカカカカ…という音を聞くんです』。もっと長生きできれば、ノーベル賞とまではいかないまでも、いい作品を残されたでしょう。でも、彼はやるだけやったと私は思います」。三上は2歳下だった同世代の死を悼んだ。

(デイリースポーツ/よろず~ニュース・北村 泰介)

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