「おれおれ詐欺は俺らがはしり」 10億円奪った半グレ元メンバーの告白【仮面の罠  断て特殊詐欺】

スナックで取材に応じる汪。特殊詐欺の原型とも言える手口を始めた経緯を語った(千葉県市川市)

 特殊詐欺の深刻な被害が続いている。警察庁によると、2022年の認知件数は1万7520件、被害額は361億4千万円といずれも前年を上回り、被害額は8年ぶりに増加に転じた。関東地方を中心に相次いだ広域強盗事件との関連も浮かび上がり、政府は3月、実行犯を募る「闇バイト」などの緊急対策プランを公表した。息子や警察官の「仮面」をまとい、高齢者に忍び寄る詐欺グループ。その中枢には末端を巧妙に操り、多額の資金を吸い上げる主犯格がいる。実態を知る人物の告白を通じ、組織の内実やゆがんだ思考に迫る。(特殊詐欺取材班)

「おれおれ詐欺は俺らがはしりだと思いますね。まさか、ここまで広がるとは思わなかったね」

 千葉県市川市にあるスナック。経営者の男はメンソールのたばこをくゆらせながら、取材に答えた。その口調は丁寧で、穏やかだ。

 男の名は汪楠(ワンナン)(51)。東京近郊に根を張る不良グループ「怒羅権(ドラゴン)」の創設時から活動した元メンバーだ。窃盗や詐欺の罪による13年の服役を経て2014年5月に出所し、9年近くがたつ。

 特殊詐欺の初期の手口で、今も被害が後を絶たない「おれおれ詐欺」。数々の犯罪に手を染めてきた汪は、その始まりにも関わったと明かした。被害が急増し、社会問題化した03年の数年前の話だ。

■報復から犯罪集団に変質

 汪たちが「怒羅権」をつくったのは1980年代後半だった。

 汪は中国の吉林省で生まれ、86年に来日した。当時14歳。中国人の父親が中国残留孤児の日本人女性と再婚したのをきっかけに、移住した。東京都内の中学に入ると日本語がうまく話せず、いじめを受けた。同じような境遇の残留孤児2世たちと徒党を組み、88年ごろに「怒羅権」を名乗るようになった。

 報復のために暴力を振るった。やがてエスカレートし、犯罪で金を得る集団に変質した。「薬物に人身売買、売春…。やくざよりレパートリーは多かった」と汪は語る。

 中でも繰り返した犯罪は事務所荒らしだった。深夜に事務所に忍び込み、通帳を盗んでは持ち主になりすまして口座から金を引き出した。億単位の金を荒稼ぎした。

 特殊詐欺の起源とも言える犯罪との出合いは00年前後。暴力団傘下のヤミ金グループの元メンバーが怒羅権に加わったのがきっかけだった。超高金利での金貸しに対する警察の取り締まり強化の動きが合流の背景にあったという。

 このグループの取り立てには特徴があった。金が返せない若者に対し、借金があるのを隠して親に電話させる。そして「給料を落としてしまった」などとうそを言わせ、金を振り込ませる手法だ。

 ある時、元メンバーが債務者名簿にあった若者の親に電話をかけた。「俺だけど、お金送ってよ」。そんなふうに息子を装った。すると相手はわが子と信じ込み、指定した他人名義の口座に振り込んだ。

 口座の金をどう引き出すか。その手口は事務所荒らしの経験から怒羅権が得意にしていた。うまく組み合わせれば、労せずして金が手に入る―。「元ヤミ金業者は気付いたんですね。別に息子本人じゃなくても金を取れるじゃん、と」。汪は述懐する。

東京都内の電話ボックス。電話帳を名簿代わりに使ったという

■電話帳を名簿代わりに

 摘発リスクが少なく、一度に多額の現金を集められる新手の犯罪を汪たちも始めるようになった。

 犯行には電話とだます相手の番号が要る。目を付けたのが公衆電話だった。電話ボックスに電話帳が置いてあり「名簿代わりに使えた」と汪は振り返る。

 複数のメンバーで1台のバンに乗り込み、東京近隣の高級住宅街の電話ボックスを回った。用意した他人名義の口座に金を振り込ませ、名義人のふりをして引き出した。

 「犯罪は一種の仕事だと思い、罪悪感も疑問もなかった。他に生きる道を知らなかったから。常に他の人よりいい『しのぎ』(資金獲得手段)を求めていた」

 汪たちが実験的に始めた詐欺の手口は他の犯罪組織でも生まれ、広まっていく。03年、おれおれ詐欺と呼ばれて社会問題に。その後、だます口実は多様化し、「特殊詐欺」の一つとなった。

 近年、関わりが表面化しているのが「半グレ」と呼ばれる反社会的勢力だ。警察当局は摘発に力を入れる姿勢を打ち出すが、暴力団と違って命令系統や実態はつかみにくい。怒羅権は現在も活動し、半グレの一例とされる。

 「警察と法律が追いかけてくるから、犯罪は常に進化する。その中で特殊詐欺はローリスク・ハイリターンの犯罪として確立しているのだろう。半グレと特殊詐欺は切り離せない」。汪の見立てだ。

支援する元受刑者の男性(手前)と言葉を交わす汪(千葉県市川市のスナック)

■犯行の被害額は10億円

 汪は00年8月、全国で事務所荒らしを繰り返したとして逮捕された。おれおれ詐欺も立件されたが、当時は話題にならなかったという。

 02年に懲役13年の実刑判決を受け、岐阜刑務所で服役した。14年の出所後は飲食店経営に携わる傍ら、NPO法人を設立して受刑者の更生支援に尽力。全国の刑務所で過ごす受刑者に本を送る活動を続け、社会復帰を後押ししている。「犯罪には一切、関わっていない」。そう話す汪の元には、出所後の元受刑者が頼ってくる。

 かつて関与した犯行の被害額は10億円を下らない。刑期を全うしてはいるものの、被害弁償には至っていない。記者はその点への認識を尋ねた。

 汪は丁寧に言葉をつないだ。「道義的な責任は残り続けますよ。でも被害金額は大き過ぎて返すのは現実味がない。社会に迷惑をかけた分、違うことで埋め合わせをしたい。その考えが今の活動の根底にある」

 特殊詐欺は社会からなくなるのか―。この疑問には汪は淡々と答えた。

 「(半グレの)彼らがもっといい、しのぎを見つければ」

 反社会的勢力が犯罪組織を支配し、お年寄りをだます構図がある限り被害は続く。ただ、それを断ったとしても別の手口が生まれかねない。特殊詐欺の源流を知る男の言葉は重い課題を突き付けている。(敬称略)

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 怒羅権 1980年代後半に東京近郊の中国残留孤児2世たちが結成した不良グループ。暴走族として勢力を拡大し、暴力行為だけでなく窃盗や詐欺なども行う犯罪集団になった。現在も活動しており、「半グレ」と呼ばれる反社会的勢力の代表格とされる。警察庁は「チャイニーズドラゴン」と呼称し、準暴力団に位置付けている。

この記事は、中国新聞とYahoo!ニュースによる共同連携企画です。

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