ロシアで復活した「告発文化」、戦争批判に厳罰の法制定 子供が描いた「反戦画」で父が逮捕された

娘が描いた反戦画で逮捕され裁判所に出廷したアレクセイ・モスカリョフさん=3月27日、ロシア西部トゥーラ州(AP=共同)

 旧ソ連・スターリン時代には、体制に反する言動を示した者を職場の同僚や友人らが秘密警察に告発、告発された者は逮捕され、多くの人が銃殺や強制収容所への収監などの弾圧に遭った。家族や親に対する密告すら奨励され、親を告発した子供が「社会の模範」として称賛された。そうした「文化」が現在のロシアによみがえりつつある。
 プーチン政権はウクライナ侵攻後、すぐに軍や侵攻を批判する市民を厳罰に処する法律を制定したが、ウクライナでの戦争に反対する発言をしたりネットに書き込んだりした人を、職場の同僚や友人、家族らが、この法律に違反したと告発。告発された者が厳しい処罰の対象となるケースが相次いでいる。(共同通信=太田清)

 ▽子どもの絵、教師が警察に告発

 ロシア西部トゥーラ州の女児マーシャ・モスカリョワさんが学校で反戦の絵を描き、父親が禁錮2年の実刑判決を受けたケースは、ロシア社会に波紋を広げた。
 ロシアの人権監視団体OVD―infoや主要メディアによると、昨年4月、当時12歳だったマーシャさんは学校の美術の授業で、教師からロシアの「特別軍事作戦」を支援する絵を描くよう課題を与えられたところ、女性と子供に向かってミサイルが飛来する場面を描き「戦争反対」「ウクライナに栄光あれ」と書き添えた。

反戦の絵を掲げるマーシャ・モスカリョワさん。OVD―info提供(共同)

 教師は他の教師とも相談し、マーシャさんの行為を警察に告発。マーシャさんは児童保護施設に収容され、保護者である父親のアレクセイさん(54)は取り調べの中で、過去にSNSで戦争を批判する書き込みをしていたことが判明。さらに娘の絵についても「何の問題もない」と主張したことから訴追され自宅軟禁となり3月27日の公判には出席したものの、その後逃走。28日の判決公判で被告人不在のまま禁錮2年の実刑判決が言い渡された。
 昨年3月、ロシア政府系テレビの生放送中にウクライナ侵攻に反対するメッセージを掲げ解職された元編集者マリーナ・オフシャンニコワさんは自宅軟禁から逃走し、フランスに亡命したが、オフシャンニコワさんは自身の亡命を助けた組織が、アレクセイさん逃走も手助けしたことを明らかにした。
 アレクセイさんはその後、隣国ベラルーシの首都ミンスクにいるところをロシアの要請を受けたベラルーシ当局に逮捕された。オフシャンニコワさんによると、逃走中に携帯電話を使用したため、当局に位置情報を確認されたという。
 事件は12歳の子供でも、戦争批判の言動が問題視され施設に収容されたこと、妻と離別し一人で娘を育てていた父親も取り調べを受け有罪判決を受けたことなどから、戦争批判に対する当局の極めて厳しい姿勢を印象づけるものとなった。

2月10日、パリでフランスへの亡命について会見するオフシャンニコワさん(ゲッティ=共同)

 ▽教師の発言を生徒が録音して警察に通報

 密告するのは隣人で、愛国心を理由に行動に移す人も多い。独立系メディア「メディアゾーナ」によると、ロシア中部ウファで侵攻直後、レギナ・イブラモギワさん(30)が自宅の窓に「戦争反対」と書いた小さな紙を2枚貼り付けた。
 それを見た隣人の女性が警察に通報、自宅は捜索を受け、イブラモギワさんは初犯ということから2022年5月、1万5000ルーブル(約2万4000円)の罰金刑を言い渡された。イブラモギワさんには2歳の息子がいたが、隣人女性の告発の理由は「このような母親の元では、息子は立派な愛国者になれない」というものだった。
 生徒が教師を告発したケースは大きな話題を呼んだ。ロシア中部ペンザで昨年3月、英語の女性教師イリナ・ゲンさん(55)が8年生の生徒2人に「ウクライナは主権国家で、独裁国家ロシアは、これを打倒しようとしている」と発言したところ、生徒の一人が発言の録音を持って警察に通報。ゲンさんは「軍への中傷」の罪で起訴され、執行猶予付きながら禁錮5年の判決を受けた。

ロシア軍によるミサイル攻撃を受けたウクライナ東部ドネツク州スラビャンスクの集合住宅=4月14日(ゲッティ=共同)

 ▽同僚記者が密告

 告発の対象にはジャーナリストもいる。西シベリアのアルタイ地方の新聞「リストーク」のセルゲイ・ミハイロフ記者は昨年4月、出張先のモスクワ近郊にいるところを拘束された。
 容疑は同記者がウクライナのキーウ州ブチャやドネツク州マリウポリでのロシア軍の攻撃を戦争犯罪と批判する記事を同紙と通信アプリに書いたことだった。
 同記者を告発し容疑を裏付ける証言をしたのは、同僚の記者、同紙の読者、アルタイ地方の同業の編集者らだった。ロシアの通信アプリ・ニュースサイト「SOTA」によると、同記者の拘束は1年以上たった今も、続いている。
 列車内でたまたま居合わせた人への発言も告発対象となる。
 ロシアの通信アプリ・ニュースサイト「アスタロージナ・モスクワ」によると、今年2月、モスクワ在住の58歳男性が、ロシアが実効支配する南部クリミア半島からモスクワ行きの列車客室に居合わせたクリミア在住の50歳男性を警察に通報。理由はクリミア在住の男性が反戦的な言動をしたことだった。男性は現在トルコにいるものの、帰国後に取り調べを求められている。

昨年5月5日、ローマのロシア大使館近くで同国の言論弾圧に抗議する人権団体「アムネスティ・インターナショナル」のメンバー(ゲッティ=共同)

 ▽恐怖心

 ロシアのマスコミや情報分野を監督する通信・情報技術・マスコミ分野監督庁によると、2022年前半に市民から同庁に寄せられた通報は約14万4000件に上り、特にウクライナ侵攻後に急増。その大部分がウクライナ戦争に関するものだった。ロシア軍への「中傷」「フェイクニュース流布」などに対する告発も数多く含まれているとみられる。
 一方、ロシア捜査委員会によると、同委員会は今年2月までに同法違反の容疑で152件の事案を告発、136人が捜査対象となった。人権監視団体OVD―infoによると、今年1月時点で、35被告が「フェイクニュース流布」の罪により一審で公判中、「軍への中傷」では6被告だった。
 元々ロシアには、フェイクニュースや軍への中傷を取り締まる特定の法律はなかったが、ウクライナ侵攻直後の22年3月4日、下院は全会一致で刑法にこうした行為を取り締まる新たな条項を加えることを可決。プーチン大統領の署名を経て施行された。

モスクワの裁判所で4月18日、ガラスの囲いの中に立ち、審理に臨む米紙ウォールストリート・ジャーナルのエバン・ゲルシコビッチ記者。同記者はロシアで拘束されスパイ罪で起訴された。裁判所は拘束は不当とする弁護側の異議申し立てを却下(ゲッティ=共同)

 軍に関する誤った情報を流布したり中傷したりした者は最大3年、公務員など公職の立場を利用して行われた行為などであれば同10年、犯罪行為により社会に重大な結果を伴った場合は同15年の禁錮刑を科することが可能となった。
 心理学者のバレンチナ・リホシワ氏は独立系メディア「ノーバヤ・ガゼータ欧州」に対し、「密告は恐怖心から生まれる。メディアがスパイや破壊活動、テロについて連日報じる中で、市民は恐怖に駆られ、周りが皆敵であるという認識を持ちがちだ。日常の緊張から逃れようとするが、社会は国内の敵を探すことで答えを見いだす」と語った。

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