リンスがホンダで挙げた“記録”ずくめの感銘的な初勝利/第3戦アメリカズGP

 表彰台のいちばん高いところに立ったアレックス・リンス(LCRホンダ・カストロール)が、トロフィーを掲げながら歓喜の叫びを上げる。スペイン国歌が流れ終わると、表彰台に色とりどりの紙テープが舞った。紙吹雪がはらはらと踊る中で、LCRのチームマネージャー、ルーチョ・チェッキネロがリンスの肩をぐっと抱く。リンスはMotoGP第3戦アメリカズGPで、ホンダでの最初の優勝を果たした。

 リンスにとって、サーキット・オブ・ジ・アメリカズは好成績を残してきたサーキットだ。2019年には優勝を飾り、2022年は2位表彰台を獲得している。2023年も、リンスは初日総合3番手でQ2へのダイレクト進出を決めて調子よく週末をスタートさせた。初日には午前中のプラクティス1で異なるふたつのシャシーを走らせ、午後のプラクティス2では少しフィーリングがいいと感じたスタンダードなものを選択したという。リンスは初日の時点で「(前戦)アルゼンチンGPで一歩前進して、トップグループと接近した」とも述べており、手応えのある状態でアメリカズGPを迎えていたようだ。

 Q2では残り1分になろうかというところでトップタイムを記録。最後のアタックでフランセスコ・バニャイア(ドゥカティ・レノボ・チーム)によってタイムを更新されたが、2番手を獲得した。

「チェッカーのあとにスクリーンを見るまでは、自分がポールポジションだと思っていたよ。ペコ(フランセスコ・バニャイア)は僕よりちょっと速かった。でも、自信は感じていて、ホンダでのスタイルをだんだん改善していった。今日はセクター4で気づいたことがあって、少し速くなったんだ」

 予選後のパルクフェルメでそう言って笑顔を浮かべたリンス。スズキマシンからホンダマシンへの順応が、段階的にうまく進んでいるのだろうと感じさせる。

 リンスはスプリントレースで2位を獲得。その上昇気流は、決勝レースでも衰えることがなかった。2番手からスタートすると、4周目にはファステストラップのレコードを更新する2分3秒126を記録してバニャイアの背後につけ、2番手をキープした。そして8周目にバニャイアが転倒を喫すると、単独トップに立ってそのままチェッカーを受けたのだった。

「優勝は本当にうれしい。この週末にも満足しているよ。すごくいい週末だった。金曜日はQ2へのダイレクト進出を決めて、予選では2番手。スプリントレースでは2位になって、そして、優勝したんだ」

 リンスは決勝レース後の会見で、笑みを浮かべた。ただ、8周目に前を走るバニャイアが転倒してトップに立った際には、少しの間、集中力を欠くところもあったと明かした。

「彼らふたり(ルカ・マリーニとファビオ・クアルタラロ)が僕との差を縮めてきたけど、そのあとはどうすべきかわかっていたから、ミスをしないように単独で走った。楽じゃなかったから、とてもうれしいよ」

 4年前の2019年に優勝したときは、バレンティーノ・ロッシとの優勝争いだった。トップを走っていたロッシにリンスが迫り、残り4周でロッシをオーバーテイクして優勝した。これがリンスにとってMotoGPクラスでの初優勝だった。アメリカズGPはリンスにとって、劇的という意味でも縁があるレースかもしれない。

 2位のルカ・マリーニ(ムーニーVR46レーシングチーム)が「(2019年の)家族のリベンジを考えましたか?」と水を向けられると、マリーニは「ある瞬間に1コーナー立ち上がりでそのときのイメージが浮かんだよ。今日、リベンジを果たせるかも、と思ったけど、アレックスはすごく強かった。だから、また次回挑戦するよ」と異父兄ロッシの“リベンジ”について語る。

 するとマリーニの隣に座るリンスが「じつは僕もそれを考えていたんだよ。ピットボードに“マリーニ”と出ていて『うわ……、攻め続けなきゃ!』と思ったんだから。彼は来るだろうってね」と笑い、「そう、トライしようとしたんだよ(笑)」とマリーニも応じる。だが今回は、リンスはマリーニの接近を許すことはなく、マリーニの“リベンジ”はお預けとなった、というわけだ。

 リンスの優勝は、リンス自身にとってホンダ移籍後初の優勝だっただけではなく、ホンダにとって2021年エミリア・ロマーニャGP以来のものでもあった。ホンダは2022年シーズン、未勝利に終わっており、約1年半ぶりの勝利となった。さらに、マルク・マルケス以外のホンダライダーが優勝するのは、2018年アルゼンチンGPのカル・クラッチロー以来。ここにLCRチームとして100度目の表彰台という記録も加わる。様々な意味で、リンスは記録的な優勝を飾ったことになる。

 他のホンダライダーに目を向ければ、ジョアン・ミル(レプソル・ホンダ・チーム)、ステファン・ブラドル(レプソル・ホンダ・チーム、マルク・マルケスの代役参戦)、中上貴晶(LCRホンダ・イデミツ)は転倒リタイアに終わっており、週末通しての結果を見ても、奮わない状況だった。中上は今大会でも、リヤのグリップ不足を指摘している。

 こうした状況を鑑みれば、アメリカズGPでホンダが劇的に状況改善をしたとは考えにくく、リンスが己のポテンシャルによって、表彰台の頂点に上がったと考えるほうが自然かもしれない。いずれにせよ、リンスがここ最近で挙げた2022年バレンシアGPでのスズキ最後の勝利と、2023年アメリカズGPでのホンダ移籍後初の優勝は、見る者の心に刻まれる印象深いものになった。

リンス(左)とチームマネージャーのルーチョ・チェッキネロ(右)

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