公共トイレ「女性専用」排除で物議…利用者目線で感じた“意外な印象”と防犯対策

東京都渋谷区内にある17か所の公共トイレを、著名な建築家やクリエーターとともに生まれ変わらせるプロジェクト「THE TOKYO TOILET」が、3月24日に供用開始された「西参道公衆トイレ」(渋谷区代々木3-27-1)をもって完結した。

このプロジェクトは、従来の公共トイレが持つ「暗い」「汚い」「臭い」「怖い」「危険」といったイメージを払拭させ、誰もが使いやすいトイレにすることを目指して進められた。しかし、女性専用トイレを排除するなどの動きもあったことから、性犯罪や盗撮の発生リスクを不安視する声もSNSなどで広がっていた。

男女トイレの出入り口が近いと「危険」

犯罪学のひとつに、犯罪者にその機会を与えないことで事件を未然に防ぐ「犯罪機会論」という考え方がある。日本におけるこの分野の第一人者である小宮信夫教授(立正大学)は、犯罪が起きやすい場所の共通点について「入りやすく、見えにくい場所」と指摘する。

「渋谷のトイレに限らず、日本ではほとんどのトイレで男女の出入り口が非常に近いところに配置されています。これでは男性が犯罪目的で女性用トイレのそばにいても、周りの人が違和感を覚えにくいのです。

もっとも危険なのは『男女共用の多目的トイレ』で、男性が女性の後を追って近づくのはもちろん、個室内に盗撮カメラを仕掛けるためにある程度の時間滞在していたとしても、周りはほとんど不審に思わないでしょう。

そもそも犯罪機会論上は、多目的トイレも男女別にするべきですが、そのような『ゾーニング』に異論を唱える声もあります。しかし、そうした風潮を優先した結果、実際に犯罪が起きてしまった実例もあるのです」(小宮教授)

小宮教授が指摘するのは、2021年10月に大井町駅前の公衆トイレ(東京都品川区)で発生した事件だ。このトイレには区の設計コンペを勝ち抜いたデザインが採用され、2020年9月、個室型の男女共用トイレが6棟並ぶ設計に生まれ変わっていた。当然、安全面に配慮する意図もあったと思われるが、供用開始から約1年後に、20代の女性が面識のない男からわいせつ被害に遭う事件が発生した(詳細:https://www.ben54.jp/news/230)。

「多様性の本当の意味は、利用者ごとに区別するゾーニングの徹底です。多様な利用者を一か所のトイレに集めるのは、画一性の徹底です」(小宮教授)

渋谷区「誰もが快適にご利用いただける環境」

「THE TOKYO TOILET」でもっとも大きな議論が巻き起こったのは、2月22日に供用開始された「幡ヶ谷公衆トイレ」(渋谷区幡ヶ谷3-37-8)だろう。女性用トイレを廃し、男性用小便器だけを設置した「男子トイレ」と、男女共用の多目的トイレが2室あるという設計だが、SNSでは「女性用トイレは残すべきだったのでは」「怖くて入れない」といった声が多く見受けられた。

このトイレに対して渋谷区は「性別に関わらず誰もが快適にご利用いただける環境が整ったものと考えております。また、男性用の小便器トイレを別途用意することで、より多くの方々が共用トイレをさらに快適にご利用いただけるものと考えております」とコメントしている。

“炎上”したトイレの防犯対策は?

実際に現地を訪れてみると、「幡ヶ谷公衆トイレ」は交通量の多い交差点に面して出入り口が大きく広がっていることから、快晴の日中に訪れた限りでは“危険”な印象は受けなかった。地元の人たちと思われる親子連れやお年寄りも安心して利用しているように見えた。

しかし小宮教授は「車の往来があっても、ドライバーはトイレの入り口など見ていません。犯罪者も、そのことが分かっているので、交通量など気にしません。むしろ、停めた車から女性がトイレに近づくのを見張っているかもしれません」と指摘する。

交差点の反対側から見た「幡ヶ谷公衆トイレ」

左に男女共用の多目的トイレが2室、右に男子トイレが配置されている

何らかの防犯対策はされているのだろうかと、利用者が途切れたタイミングを見計らって確認してみると、防犯カメラのようなものは特に見当たらなかった。

利用者目線で、万が一何かあったときに唯一使えそうだったのは「非常用押しボタン」。多目的トイレの個室内に設置されたボタンを押すと、個室ドアの外と、道路に面したところに立つ看板の2か所に設置されたランプが作動して、“非常事態”を外部に知らせてくれるとのこと。

多目的トイレ内に設置された非常用押しボタン

多目的トイレのドア外に設置されたランプ

道路に面した看板に設置されたランプ

ただし、この「非常用押しボタン」は一方の多目的トイレでしか確認することができなかった。小宮教授は、以下の見解を示す。

「非常用押しボタンはもちろんあった方がいいですが、それを使うときは、すでに被害が発生しています。そのトラウマは被害者に一生残るでしょう。

日本では、事件が起きた後のクライシス・マネジメントばかり考えて、事件自体を起こさないリスク・マネジメントという発想がありません。犯罪を想定しないデザインは、無責任ではないでしょうか。事件が起きたら、想定外だったと言い訳をするつもりなのでしょうか」(小宮教授)

従来の公共トイレが持つイメージを覆す構造は、安全な状況で利用する分には快適そのものだと感じた。一方、誰にでも開かれた公共の場である以上、“良からぬこと”を考える人にとっても近づきやすい場であることは事実だ。

人通りの少ない時間帯に個室へ押し込まれて性的暴行を受けたり、盗撮カメラを仕掛けられたりするといった犯罪リスクを考えると、一利用者としては怖さを感じざるを得ないように思えた。

非常用押しボタンが設置されていない方の多目的トイレ

前出の小宮教授は「本来は国や自治体が主導して『犯罪機会論』に基づいたガイドラインを作るべきですが、ほとんど導入されていないのが現状です」と、安全性よりも“おしゃれな”デザインが先行しがちな状況にため息を漏らす。

「今回、渋谷のトイレが話題になったことで私にも多くの問い合わせがきて、犯罪機会論への関心の高まりを実感しました。そもそも犯罪機会論は、公園、学校、道路など、あらゆる公共スペースにおいて必要な考え方です。まずはトイレがきっかけでもいいので、犯罪機会論を広く知っていただきたいと思います」(小宮教授)

※記事中の写真はすべて弁護士JP編集部撮影

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