なぜ松山英樹は“DI”を使い続けるのか/駐在レップの米ツアー東奔西走 Vol.1

もはや松山英樹の代名詞となっている「ツアーAD DI」

プロゴルフツアーの現場で働くメーカーの用具担当者(通称:ツアーレップ)をご存じだろうか? 住友ゴム工業(ダンロップ)の宮野敏一(みやの・としかず)氏は松山英樹や畑岡奈紗ら契約選手をサポートするべく、2020年より駐在先の米国で試合会場に足を運んでは、クラブの調整を図る。米国を奔走するゴルフギアのプロが現地からとっておきの情報をお届けする。

◇ ◇ ◇

クラブにおける「シャフト」とはコーヒーでいうところの「水」

いきなりですが、ゴルフと関係のない話をしてもいいですか?

僕は昔からコーヒーが好きで、「おいしいコーヒーを淹れるにはどうすればいいか」を探るのを趣味にしています。豆はもちろん、挽き方や、お湯の温度ひとつとっても味は変わります。その中でも「水」がとても大切。豆や挽き方を変えて味を比べるときは、同じ水を使うようにしています。

シャフトについて話をしようと思った今回、僕は「コーヒーと水の関係」を連想しました。ゴルフクラブにおけるシャフトはコーヒーの水であり、「クラブの基準」だということ。シャフトが変わると、根本が変わるほどクラブ全体への影響が大きく、体が反応したゴルファーのスイングも変えてしまう。スイングの基準を失わないためにも、“拠りどころのシャフトがあること”がすごく重要だと思うんです。

僕が担当している松山プロはクラブへのこだわりが特に強く、重心の位置やライ角、フェースアングルといった、かなり細かい部分への調整を毎回行います。ところが、“シャフトがいつも同じ状態”でないと、クラブに加えた変化を感じづらい。ゴルフクラブを考える上では、どうしてもヘッドの方に目がいきがちですが、結局はヘッドの性能を生かすも殺すもシャフト次第だと、最近よく感じています。

DIを使い続ける理由。松山英樹本人の答えは「信頼」

このDIで何度修羅場をくぐってきたことか…(撮影/田辺安啓(JJ))

松山プロが好む“水”が、皆さんもご存じグラファイトデザインの「ツアーAD DI」です。DIを初めて使ったのは高校生の頃くらいだったと聞きます。現在も様々なシャフトを試してはいますが、基本的にこの“オレンジ色シャフト”とキャリアを重ねてきました。大学時代に国内ツアーで初優勝したときも、海外に渡りPGAツアー「ザ・メモリアルトーナメント」で初優勝したときも、そして「マスターズ」でメジャー優勝したときも、1Wに装着していたのはDIでした。緊張した場面で何度も使って、何度もスイングしていますから、やはりイメージはいいですよね。

普段、松山プロが戦っている舞台はシビアな状況で最高の球を打つことが要求されるシーンばかり。例えば、「ザ・プレーヤーズ選手権」が行われるTPCソーグラスの18番や、「アーノルド・パーマー招待」のベイヒルクラブ&ロッジの6番(パー5)などは、左サイドに池が広がる状況でキャリー300ydのドローボールを打つ必要があります。安心して振り切れるシャフトでないと怖くて使えません。

高校生のころから慣れ親しんだオレンジ色のシャフト

今回、改めて松山プロに「なぜDIを好んで使うのか」を聞いてみました。この手の質問をしたのは初めてだったので、正直どんな答えが返ってくるのか気になりました。彼、なんて言ったと思います?

ひとこと、「信頼」。

それ以上、説明はいらないのでしょう。アマチュアの頃から何回も優勝争いし、プレッシャーがかかる場面でともに戦ってきた経験が積み重なってシャフトの信頼につながっている。2年前のマスターズ最終日、優勝争いの中で17、18番のティショットが成功したのも、「絶対に曲がらない」という信頼があったからこそ。もはやDIは、コーヒーで言う「水」以上のものになっているのではないでしょうか。

松山プロだけでなく、強い選手ってやっぱりシャフトを変えません。ジョン・ラームのアルディラ、JT(ジャスティン・トーマス)のディアマナ(三菱レイヨン)も使用歴が長いですよね。ロリー・マキロイもタイガー・ウッズも長らくディアマナユーザーでしたが、今は藤倉コンポジットのVENTUSシリーズを使っています。「シャフトを変える=反応してスイングが変わる」というのを皆分かっているため、よっぽどシャフト変更は慎重だったはずです。

DIを選ぶ決め手はその「細さ」と「重さ」

松山プロがDIを好む理由をシャフトの性能面から説明させてもらうと、その「細さ」と「重さ」にあります。

DIには正直ハードなイメージを持つゴルファーも多いと思いますが、実際は“しなりを感じやすいシャフト”と言えます。「シャフト径の細さ」によるものが大きく、トップで止まる傾向のあった松山プロはその細さによるしなり感が合う。切り返しでシャフトが良い具合に“間”を取ってくれるわけです。今でこそトップで止まらないスイングですが、今でもそのしなり方が気持ち良く、タイミングが取りやすいのだと思います。

また、「細さ」と「硬さ」は連動していて、細いシャフトはXでも柔らかく感じやすく、彼は硬めのシャフトを好みます。一度試合で「トリプルX」を使ったこともあるほど。最終的には「TX(ダブルX)」が彼にとって“ほどよいしなり”。今はその硬さで落ち着いています。

軽い=速く振れるとは限らない

細さによりしなり感が間を取りやすくする(撮影/田辺安啓(JJ))

もう一つの決め手が「重さ」とのマッチング。特に彼のように間を作ってクラブを振れる選手は、重量のあるシャフトの方がヘッドスピードを出せる。松山プロが80g台と重いモデルを好んで選ぶのはそのためです。また、「重さ」は「細さ」とも関連していて、細いことでより重さを感じやすくもあります。同じ重量で、細いものと太いものを振ると分かると思いますが、前者の方が手元で重く感じます。遊びで重量の軽い「6S」を打つこともあるのですが、「8TX」の方がむしろスピードは速いから、驚きますよね(笑)。軽いからスピードが出るとは限りません。松山プロはある程度の重さがある方が、スピードを出せるタイプのようです。

テスト用のDIが並ぶ。おなじみの光景

と、ここまで話をしてきましたが、松山プロもDI以外の製品を全く試さないわけではありません。VENTUSやTENSEI、ツアーADの新しいシャフトも試していて、常に“ネクストDI”を探しています。

実際にVENTUSが流行ってからというもの、一気に良いモノが出そろってきていて、シャフトの進化をすごく感じています。もちろんDIが軸足ですが、松山プロが打って気持ち良く飛ばせるシャフトもいきなり出てくるかもしれません。本人も食わず嫌いならぬ“飲まず嫌い”にならないようにと自覚していて、常に良いものを探しているんですよ。

© 株式会社ゴルフダイジェスト・オンライン