「ドキュメンタリーは最高級の表現手段」ライバル局同士で共著出版

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RKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』は、同時間帯に放送しているKBC(九州朝日放送)『アサデス。ラジオ』と日々激しいリスナー獲得競争を展開している。そのライバル番組でコメンテーターを勤めるKBC臼井賢一郎解説委員長と、RKB神戸金史解説委員が、ドキュメンタリーについての書籍を共同で執筆。4月18日、RKBラジオのスタジオで2人の共演が実現した。

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百道浜と長浜を間違えた!?

RKB神戸金史解説委員(以下、神戸):今日は、特別ゲストをお呼びしました。

RKB田畑竜介アナウンサー(以下、田畑): KBC(九州朝日放送)解説委員長の臼井賢一郎さんです。『アサデス。ラジオ』水曜日のコメンテーターであり、テレビ『アサデス。KBC』のコメンテーターでもあります。

KBC臼井賢一郎解説委員長(以下、臼井):おはようございます。本当に感激していまして、RKBさんのスタジオに初めて入ることができた今日は、記念すべき日だなと思っています。

田畑:百道浜(RKBの所在地)と長浜(KBCの所在地)を間違えたわけじゃないですね(笑)?

臼井:実は今回、神戸さんとNHKの吉崎健さんと、3人でドキュメンタリーに関しての本を出版しました。NHK・KBC・RKBの制作者で共同著作という形態は、なかなかないケースだと思います。

系列が違う放送局員で異例の共著 きっかけは?

RKB武田伊央アナウンサー(以下、武田):出版のきっかけは何だったんですか?

臼井:石風社は40年以上の伝統ある出版社で、福岡出身の(ペシャワール会)中村哲医師の本をたくさん出版しています。私が中村哲医師の取材を30年以上前に始めた時に、代表の福元満治さんと知り合いになったことがきっかけで、番組制作でもお世話になる中で出版の話が来ました。神戸さんとはドキュメンタリーを巡って現場でいろいろな話をしていたので、「神戸さん、どう?」と話をしたのがきっかけです。

神戸:そしてNHKの吉崎さんと3人で打ち合わせする中で、「それぞれタイプも違うし、面白いんじゃないかな」「書けることから書いてみようか」みたいな感じで始まりました。

臼井:一昨年の暮れぐらいだったと思うよね、最初に話した時は。

田畑:1年半ぐらいかけてこの日を迎えたということなんですよね?

臼井:(手間暇)かかってますもんねー。

神戸:もちろんみんなの番組は見ているんですけど、撮るためにどんなことが起きていたのかが書かれています。石風社の福元さんが「この本自体が、非常に体験的なルポルタージュのような形になっている」と言ってくれましたね。

臼井:執筆は、2020年春ぐらいから徐々に始めて、本格的に書いたのは夏以降ぐらい。日常的な業務をやりながら、休みの日を中心にまとめていきました。改めて「自分が何を取材してきたのか」を振り返る時間でした。その時に何を考えたのか。今どう思うのか。まとめてメモに書き出していくイメージです。自分に向き合う時間でもあり、時折神戸さんと吉崎さんにどういうことを考えているか確認するプロセスも踏まえながら、組み立てていくのはかけがえのない時間だったな、と思います。

RKBラジオのスタジオにKBC臼井賢一郎解説委員長が…

「系列」という垣根を越えて

田畑:日ごろからドキュメンタリーを通じて、局の垣根を越えて皆さんで意見を交わす場をずっと積み重ねてきたわけですね。

神戸:「福岡メディア批評フォーラム」という集まりを作ったのが、2006年でした。他局のものでもいいから優れた番組を見て、作り手に来てもらって、「どうやってこのカットを撮ったんですか」「どうしてこういう構成にしたんですか」と質問攻めにして、そのまま飲み屋に行ってその続きをやる。

臼井:(議論が)止まらなくなるんですよね。

神戸:中心メンバーが、NHK吉崎さんと私たち2人なんです。それもあって、局の垣根を越えてやること自体には全く抵抗感がなかったです。会社の中にはびっくりした人もいたかもしれませんけれども、より良いドキュメンタリーには、他局だからどうだとか全然関係ないので。それを見て学び合うことで、若い人たちが伸びてたらいいなと。その分、ライバルも増えるんですけど。

臼井:本当にそうですね。隠すことなく、正直に話します。「あの時こういう悩みがあった」とか、逆に「喜びがあった」とか、「ここでどうしようかと悩んだんだけど、皆さんどう考えられますか?」とか。そういうキャッチボールが、濃密な時間でできる感じがありました。RKBさんにおうかがいしたこともあって、神戸さんがご家族を描いた作品に出会ったんですけども、その時の衝撃はなかなか大きくて。

神戸:私が、自分の妻と子供を描いた『うちの子 自閉症という障害を持って』という番組ですね。

臼井:非常に忘れがたい記憶です。もう15年以上前。そこから脈々と続いています。

次の世代の制作者を見据えた一冊

田畑:臼井さんと神戸さんはともに、報道出身。NHK吉崎さんは?

神戸:番組ディレクターで、日々のニュースではなくて、企画書を書いて番組を成立させていく立場の人です。

武田:いろいろな視点がありますね。

臼井:本を読んでいただければ、よくわかると思います。私も非常に新鮮でした。相当悩んで、いよいよ取材をするかどうかという判断。「取材者として」という部分と、「人間として」という部分が書かれていますので、「そうだよなあ」と共感します。

武田:本気で作ってきた人たち同士だからこそ、わかり合えるところがある……。

田畑:ある意味、手の内をさらすようなところもありますね。

神戸:それは構わないんです。対象はその時唯一のものなので、同じことはできないですし、若い人たちが「こんなことを書いたおじさんたちがいたな」「そういう姿勢でやってみようかな」と思ってもらえたらいいかな。

田畑:「どうやってドキュメンタリー作ってきたか」ももちろん大事なんだけど、「後世に託す」と言うか、次の世代も見据えた本に思えたんです。

臼井:冒頭に神戸さんがお書きになっています。「私達はもう若くない」(笑) 我々も、先輩から教えてもらったことは相当あり、最初は真似するところが少なからずあったと思います。

田畑:若手ディレクターとの座談会も収録されていますね。

神戸:ぜひ引き継いでいきたいし、一般の方に「こんなふうにして作っているんだ」と知ってもらえたらな、と。

【筆者】

臼井 賢一郎 1964年神奈川県生まれ。1988年九州朝日放送入社。テレビ朝日系列ベルリン支局長、報道部長、テレビ編成部長、報道局長などを経て現在、解説委員長。

吉崎 健1965年熊本県生まれ。1989年NHK入局。熊本、東京、長崎、福岡、熊本での勤務を経て、現在、福岡放送局エグゼクティブ・ディレクター。

神戸 金史 1967 年群馬県生まれ。1991 年毎日新聞入社。2005年にRKBに転職。報道部長などを経て、現在、報道局担当局長・解説委員副委員長・ドキュメンタリーエグゼクティブプロデューサー。

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KBC臼井さんが最初に作ったのは「猿の物語」

田畑:臼井さんが手がけた、初めてのドキュメンタリーは何だったんですか?

臼井:この本には書いていませんが、北九州市の到津遊園(現・到津の森公園)のサル山に、野生の猿が落っこちた。その猿が馴染んでいくまでの過程を描いた番組が、私の最初のテレビドキュメンタリーです。

武田:えー!

田畑:それをドキュメンタリーにしよう、と思ったのはなぜだったんですか?

臼井:野生の猿が、よそ者だからすさまじい攻撃を受けているんです。それがどんどん馴染んでいったんですけど、興味深いものを感じて、温かく見守る飼育担当の方を取材し、番組にしました。

田畑:予測は立てながらも、そうなるかどうかはわからないのが、ドキュメンタリーの難しさでもありますよね?

臼井:そうですね。私は記者なので、ニュースの現場で出会ったこと、出会った人に、自分が引っ張り込まれる、非常に惹かれていくところからスタートしていくものですから、その先どうなるのかは当然わからない。ただ「この人は取材したい」という思いが原点。必ず想定以上のことが起きていくのがニュースの現場なので、それに次々に対処していって、結果として番組にまとまっていく。そういうところを大切にしてきたのが私のスタンスではあるんです。

神戸:臼井さんは「私のドキュメンタリーの制作は、ニュースに向き合う過程の帰結である」(本書20ページ)と書かれていましたよね。取材をし、時々ニュースに出しておきながら、それをトータルとしてまとめていくのが番組の作り方なんですよね。

臼井:プロセスも含めて全て、ドキュメンタリーだと考えています。いつスイッチが入るかわからないんですけども。

(左から)田畑竜介アナ・武田伊央アナ・神戸金史RKB解説委員・臼井賢一郎KBC解説委員長

日本メディアで初めてアフガンで取材した中村哲医師

神戸:本で今回取り上げた番組は、ド直球のものばかりですよね。

臼井:25年以上前の福岡県警の捜査不正「白紙調書事件」は、ひょんなことからその端緒を聞き、疑惑をどんどんファクト(事実)として確認していく作業でした。「その時自分がどういうことを考えたのか」「どういう取材をしたのか」「この取材の意味は何なのか」ということを、悩みながらつむいでいったという感じです。

神戸:それから、中村哲さん。

臼井:先輩から「これ読んでみない」とたまたま言われ、中村さんの最初の著作「ぺシャワールにて」(石風社刊)を読んで、「風変わりな方だな」と思ったんです。福岡の方だということに驚いて、「とにかくお会いしたい」と申し込んだら「現地のアフガニスタン取材もOKです」と。貴重な経験をさせてもらいました。

神戸:「日本メディアとして初めての現地取材」になるんですよね。

臼井:1992年、アフガニスタンで取材をさせてもらいました。その時はまだ、「知る人ぞ知る」という存在でした。

田畑:福岡で初めてお会いした時と、実際にアフガニスタンでお会いした時の印象は違いました?

臼井:全く違います。福岡では優しい本当に物静かな方なんですが、アフガニスタンに行くと険しく、近寄りがたい感じがあって。大変な戦地での人道支援。日々暮らすことも大変な人々に手を差し伸べるということ。おのずとその人々のことを考えれば、顔も険しくなるな、と。取材陣なんかそっちのけという感じがありましたね。

神戸:言葉をいただくのも非常に難しかった、といいますね。

臼井:難しかったですよ。そんなに簡単にインタビューに応じてもらえる方ではないし、インタビューする場合にそれなりの想定はしますけども、想定通りには返ってきません。おそるおそるインタビューした記憶が今でも鮮烈なんです。

「本道」「直球」そして「変化球」

神戸:僕はこの本のプロローグで、臼井さんの番組作りの姿勢を「直球」と表現しています。一方、NHKの吉崎さんはじっくりと長く、諫早湾干拓の問題とか、水俣病の問題に取り組んでいく。長く見ているからこそ分かる視点があって、だんだん私たちもそこにいるような気分になってくる。そんな物静かな、でも心にまっすぐ来るような吉崎さんを「本道」を行く人だと考えています。

臼井:水俣病という、日本を語る上で外せないテーマを相当近づけてくれた。そういう努力をなさった方で、ぜひその辺りを受け止めてほしいと思うんです。かたや神戸さんは、セルフドキュメンタリー。ご家族、親友、神戸さんご自身の言葉を借りるなら「半径1メートル」の範囲の人々を撮っている。これこそド直球の部分だと私は感じています。今の日本社会は、非常に不寛容じゃないですか。白黒はっきりつけるその空気を、テレビ・ラジオで表現しているんです。これはなかなか見たことがない。現代に切り込んでいるジャーナリストだ、と敬意を表しているんです。

田畑:ご家族や親友にカメラを向けることへの抵抗みたいなものはなかったですか?

神戸:ありました。そこは苦しいです。でも「向ける意味」がある時はやらなきゃいけないんだろう、と覚悟してやってきました。そんなことを今回は書いています。本の中で、自分のことは「変化球」と書いています。

田畑:周りが見ると直球に見えること、自分では変化球に見えることもありますからね。テーマによっても、スタイルが変わることもあるんですか?

臼井:いろいろな境遇にいる人々の声・姿をすくっていくので、アプローチは変わりますよね。一概にこうだと説明できない部分ですけど、変わることはあると思っています。

©RKBラジオ

ドキュメンタリーの未来は

田畑:配信なども含めて今、いろいろなチャンネルがあります。その中でのドキュメンタリーにはどういう役割や可能性が今後あるのでしょう?

臼井:見てもらうための手段をもっと考えなきゃいけないと思っています。玉石混交の情報の中で、間違いなくドキュメンタリーは最高級の表現手段だ、と私は確信しています。身体をさらし、魂をぶつけていって、返ってくるのをカメラに収めることですから。そういう取材をしたものが「面白くないはずはない」と思っているんです。我々の感性とか、ものの見方をしっかり捉えたところで表現するのは、絶対に面白いと思うので、何とか見てもらう手段を考えて頑張っていかないといけない。

神戸:RKBと西南学院大学で提携して、「TVドキュメンタリー実践論」という講座を始めました。この本「ドキュメンタリーの現在」を教科書にします。若い人たちにドキュメンタリーを見る機会を与えたい。今、みんな(番組を)早送りして見ると思うんですが、リアルタイムで見てもらいたい。1回目の講座では「音が何もない“素”のところで、何を表現しているかを見てほしいんです」と言いました。今のようなネット社会になってきても、大事なものは大事。ゆっくり見るものはゆっくり見るべきなんだ、という感覚を学生さんに持ってもらいたいと思っています。臼井さんとNHK吉崎さんの番組も上映します。

西南学院大学RKB提携講座『TVドキュメンタリー実践論』(法学部2~4年生対象、担当・田村元彦准教授)

同大卒業生・木村栄文が制作したRKBの名作ドキュメンタリーを中心に、番組を実際に鑑賞して議論する。テレビというメディアがもつ可能性を探りながら、テレビドキュメンタリーの豊饒な世界や社会問題について知見を深め、映像メディアを目指す学生を養成する。

著者3人の上映会を開催

神戸:4月22日(土)と23日(日)、ゼミの開講記念イベントを一般の方向けに開催します。22日は、私たち3人の代表作を上映します。誰でも無料で見ることができます。

臼井:私は先ほど申し上げた、中村哲さんを描いた『良心の実弾 医師・中村哲が遺したもの』を上映させていただきます。

4月22日(土) 13時~18時 著者3人の番組上映会(一般公開)

13時 『良心の実弾 医師・中村哲が遺したもの』(KBC臼井賢一郎)

14時30分 『イントレランスの時代』(RKB神戸金史)

16時 『花を奉る 石牟礼道子の世界』(NHK吉崎健)

※各番組上映後、金平茂紀さんのビデオメッセージを上映し、制作者が解説

金平茂紀さんとドキュメンタリーを考える

神戸:23日は、TBSテレビ『報道特集』のキャスターを長年されてきた金平茂紀さんをお呼びして、テレビドキュメンタリーの可能性についてお話をしていただき、その後にRKBの伝説的なドキュメントリスト・木村栄文さんの『あいラブ優ちゃん』(1976年)をみんなで見ます。その上で、金平さんと私たちで『ドキュメンタリーの現在』についてトークしようということになっています。

臼井:参加する立場ですけど、楽しみな時間だと思っています。

神戸:KBC臼井賢一郎ファンはぜひお起こしいただきたい(笑)

田畑:これはなかなか、よそで聞けないお話がいろいろ聞けるんじゃないかな。

4月23日(日) 13時~18時 金平茂紀さん記念講演・シンポジウム(一般公開)

13時 金平茂紀さん「テレビドキュメンタリーの可能性」

15時 記念上映 RKB『あいラブ優ちゃん』(制作・木村栄文、1976年)

16時 シンポジウム「ドキュメンタリーの現在」金平茂紀さん、NHK吉崎、RKB神戸、KBC臼井

臼井:それと、20日はKBC『アサデス。ラジオ』に神戸さんに出演していただきます!

田畑:RKB『田畑竜介Grooooow Up』で、『アサデス。ラジオ』の番宣してるんですね(笑) ドキュメンタリーを追求していく姿勢をうかがえる機会だと思いますので、イベントにも放送にも耳を傾けていただければなと思います。

田畑竜介 Grooooow Up

放送局:RKBラジオ

放送日時:毎週月曜~木曜 6時30分~9時00分

出演者:田畑竜介、武田伊央、神戸金史、臼井賢一郎

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