生誕120年の巨匠・小津安二郎に学ぶ「いい顔」で生きる秘訣とは? 60の名言を手がかりに、人生を深く、豊かに味わうための珠玉の一冊『小津安二郎 老いの流儀』発売

子どもたちとの再会に胸躍らせて上京するも、冷たく熱海に追いやられ、海を見つめる老夫婦。「もう、帰るか」「そうですなあ。帰りますか」。ふたりは寂しげに笑い合う。やがて永遠の別れが訪れるとも知らずに。 世界中の映画監督がこぞってベストワンに推す『東京物語』は、今からちょうど70年前に世に出た。生みの親は日本が誇る巨匠・小津安二郎──というのは言うをまたないだろう。折しも今年は生誕120年にして没後60年。そう、『東京物語』は小津晩年の作品なのだ。 4月19日に双葉社より発売された新刊『小津安二郎 老いの流儀』の著者・米谷紳之介は、古き良き昭和を描いたと思われがちな巨匠を「高度経済成長の時代に、老いの孤独や切なさといった近未来のテーマに挑んだ冒険者」と見る。 令和5年の現在は、まさしくその「近未来」。高齢者の増加に伴い、死亡者数は戦後最多を更新中だ。しかし、小津に暗さはない。本書に登場する珠玉の名言からは、仲間を愛し、酒を愛し、美術品を愛で、仕事に一切の妥協をしなかった「老い上手」な姿が浮かび上がってくる。

なんでもないことは流行に従う、重大なことは道徳に従う、芸術のことは自分に従う。

ぼくは人間を上から見おろすのがきらいだからね。

贅沢と無駄使いは違う。

品行はなおせても、品性はなおらない。

……etc.

当時の役者やスタッフ等の貴重な証言を掘り起こし、名言の裏に隠された価値観を探り当てる米谷の筆が光る。ロマンスの噂があった原節子にまつわるドキッとするような一言も、小津の色気を感じさせて興味深い。 なにより巨匠の言葉は、若さや美しさを失っても、いや失ってからが “いい顔”になれるチャンスだと気付かせてくれる。人の世のままならなさを受け入れて、初めて出せる味があるのだと。小津に「人間がいい」と絶賛された笠智衆は代表格だろう。冒頭の『東京物語』でも、その魅力は遺憾なく発揮されている。 美男美女にはなれずとも、いい顔にはなれる。洒脱な小津の名言は、きっと最高の「人生の後味」を約束してくれるはずだ。

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