奈良に一風変わった書道家がいる。奈良を拠点に第一線で活躍する筆文字クリエイター“もーちゃん”35歳。『日本のデザイン書道家』『日本の文字クリエイター』という書籍に、広告デザイン界で活躍するデザイン書道家の1人として紹介されている。その仕事は、店舗ロゴ・壁画・表札・Tシャツなどの筆文字デザインから、読売ジャイアンツや横浜DeNAベイスターズ、オリックス・バファローズといったプロ野球選手のグローブに刺繍する名前のデザインや、G1ジョッキー騎手の鞍(くら)のデザインなど、とてもユニークだ。学校訪問や教育講演会、ライブパフォーマンスにも力を入れ、幼稚園、小中高、大学を回り、幅広い年齢層から人気を集めている。
もーちゃんとはいったいどんな「ひと」なのか、突撃インタビューしてみました。

Q:飲食店や商品パッケージなどで、墨文字のデザインをよく目にしますが、もーちゃんの文字はパッと見て、すぐにわかりますね。

そうですか。ありがとうございます。焼き肉店や居酒屋、ラーメン屋などの看板の他、店内の壁書き、のれん、制服など、店舗さんからのご依頼などは多い方なので、目にされた方もたくさんいらっしゃるかもしれません。

Q:詩のような言葉を添えられていることが多いように思いますが。
僕は自分のことをただの字書きではないと思っているんです。書道の師範の資格を持っているわけでもなく、何種類もの書体が書けるわけでもありません。どう書くかではなくて、書として何を伝えるかということが大事だと思って書いています。

Q:そもそも文字を書き始めたきっかけは何だったのですか?
僕のルーツは野球になります。小学校3年生から野球を始め、小学校の卒業文集に「将来の夢はプロ野球選手になること」と書いていました。高校は大阪の名門校に進学して、甲子園に出ることを目標に、毎日練習に励んでいたのですが、高校1年生の時に怪我をして、夢を断念しました。
Q:挫折を味わったのですね。
僕から野球を取ったら、勉強もできるわけでもなく、遊んでも、バイトをしてお金を得ても、埋まらない心の穴がありました。そんな時、ルーズリーフに自分の背伸びした言葉で、詩を作るようになったんですね。それがたぶん、心の穴を埋める方法だったと思うのです。やがて、色紙に筆ペンで詩を書くようになったら、それを見た友達が「俺のために何か言葉を書いてよ」とか、「いい言葉やな」と言ってくれたんです。それから書を書くことが楽しくなったり、嬉しくて、高校3年生の夏休みに路上活動をスタートさせたんです。駅前にシートを1枚広げて、作品を並べて、道行く人に見てもらったり、買ってもらったりするんです。17歳の僕にとって、普通であれば出会わない世代の人と会話したり出会ったりすることで、人に頭を下げる深さだったり、出会いの意味、お金をいただくありがたさなど、たくさんのことを学びました。

Q:高3の夏といえば進路を決める一番大事な時期ですよね。
はい。大学に進学はしたのですが、実は3カ月でやめました。僕にとっては大学での4年間よりも、道端で学ぶことの方が自分の生きがいを見つけられるように思えたからです。それで、大学中退後の3年間、本気で路上活動しようと決めたんです。1年のうち350日間、台風の日も元日も、終電の時間までずっと路上に座って活動を続けました。
Q:自分で決めたことを投げ出さず、続けるということは容易ではありませんよね。
野球をやめた。大学をやめた。振り返ると、何事も途中でやめてきた人生なんですけど、書くことを通して人と心を通わすことで、人生の基盤ができたように思えます。その場でのありがとうや感謝だけでなく、自分が成長していく姿を見ていただくことが、これまで僕を応援してくれた人たちへの恩返しになると、その一心で頑張っています。
Q:路上時代の何かエピソードがあれば教えていただけますか?
19歳のまだ視野の狭い若者でした。道行く人が立ち止まってくれないのが悔しくて、周りのせいにしている自分がいました。そんな時、ひとりのおじさんが来て、「心の中で1日千回、ありがとうといいなさい」といって去って行かれました。後にも先にもその方とはそれっきりだったのですが、よし、じゃあ、やってみようって思ったんです。ちらっと見るだけで立ち去った人にも、「見てくれてありがとう」と、心の中で言うようにしたんです。1日千回はさすがに無理かもしれないけれど、いっぱいの“ありがとう”を心の中で唱えて行こうと思ったら、その日から不思議なことにお客さんの足が止まり出しました。あとで考えたのですが、“ありがとう”と口に出して言わなくても、それが表情になり、空気になるのかなと。感謝の気持ちを忘れないようにするということを、人との出会いから学ばせてもらいました。それは今も続いていて、人とのつながりが仕事にもつながっています。これまで、貯金の残高が一桁という月があったりしましたが、全部乗り越えて来られたのは、お金よりも大切なものがそこにあったからだと思っています。

Q:これまで、書くのをやめたいと思ったことはありましたか?
ずっとハッピーにやってきたわけではありませんが、やめたいと思ったことはないです。人からそんなんでやっていけるのかとか、笑われたりすると、逆にエネルギーをもらえたと思ってうれしかったですね。見返そうという気持ちが沸いて油を注がれたような気になります。路上時代も何時間も誰も足を止めてくれない時があって、自分の書はまだ魅力がないんだなと、自分を勘違いさせないでくれなかったことを、ありがたく思っています。
Q:人生の目標はあるのでしょうか?
白紙の地図があるとすると、目標地点に向かってそこを目指すのではなく、僕は道を少しずつ書き足していくみたいな感じですね。10年後にこうなっていたいと思って、その通りだったらダメな気がするんです。描いている通り行くのもひとつですが、イメージできる以上の未来でありたいと思っています。書道家をやめないというのは絶対なんですけれど、そこをどう彩って行くかですね。1を積み重ねていくと自然と10になるので無理はしていないです。自然と出会いの中で、行きたいところに行けると思っているんですよ。ゆっくりでいいから、まっすぐ行くことが目標です。

Q:学校訪問をされていると聞きましたが、子どもたちにどんなことを教えているのですか?
学校訪問では、書き方ではなくて、書を通して生き方を伝えたいと思っています。小学校で行っている「もーちゃんの筆文字教室」では、1枚目は自分で決めた一文字を普通に書いてもらいます。当然、上手な子と不得意な子の差が出ます。そこで、2枚目は、利き手と逆の手で書いてみようといってみるんです。子どもたちは「え~、無理」とか「そんなん、できひん」と口をそろえて嫌がります。字の上手、下手はもう関係ありません。あるのは心のハードルだけです。みんな苦戦しながらも、ちゃんと完成できるんですね。無理と思うことでもできるという体験を通して、不器用でもやりとげること、諦めないこと、途中で投げ出さないこと、踏み出すことの大切さなどを伝えています。それは全て僕の路上活動の体験からつながっているメッセージなんですけれどもね。

Q:結婚のお祝いの言葉を書かれていますが、文章も考えられるのですか?
人生で一番幸せな日に書かせていただく作品ですので、ご依頼いただいた方の思いや、その場の空気まで詰め込んだ作品づくりを心掛けています。

Q:桜井市にスタジオを作っておられると伺いましたが。
秋ごろに、「MOOCHAN STUDIO」という名前で、ギャラリースペースとアトリエを併設した空間をオープンする予定です。みなさんに来ていただける交流の場を作りたいという長年の願いが叶い、今からわくわくしています。これまで外へ外へと出向いていたのですが、これからは拠点を持って、ぼくの作品を見ていただいたり、オリジナルグッズのオーダーをしていただけたりします。外からアーティストさんを呼んで、ワークショップをするなど、いいアンテナをもった場所にしていきたいです。詳しくは、インスタでお知らせしますので、ぜひチェックしてください。

Q:これからの活動も楽しみです。ありがとうございました。
書家もーちゃん
ECサイト http://moochan.com/(お問合せはこちらから)
Instagram @moo_ochan
「MOOCHAN STUDIO」(2023年秋オープン予定)
住所:奈良県桜井市上之庄683-3 2F
電話:0744-48-0995