“社会ど底辺のランボー”が絶狂する韓国映画『高速道路家族』は「ワイルド貧乏ファイヤーブースト」な衝撃スリラー

『高速道路家族』©2022 Seollem film, kt alpha Co., Ltd. All Rights Reserved.

思ってたんと違う!

私のような映画マエストロになると、タイトルを見ただけでどんな映画か察しがつく。

『高速道路家族』というタイトルを見て「これは間違いなくスピードとストリートを愛するファミリーの物語だ」と確信した。

「ハイウェイこそ愛しきホーム、レースとケンカが絆。ブラザー&シスターズ、この映画を観たら誰もが高速道路家族さ!」と、観る前からTwitter用の紹介文まで考えた上であらすじを読んでみると……

テントで寝て、夜空の月を照明として暮らすギウ(チョン・イル)と3人の家族。彼らは、高速道路のサービスエリアを転々とし、再び遭遇することのない訪問者に2万ウォン(約2千円)を借りながら食いつないでいる。

思ってたんと違う! なかなか重い話やねんけど!!

自分の映画センサーの狂いっぷりに混乱しながらも、カーチェイスの一つや二つはあるかもしれない、あわよくばビキニのお姉さんが踊るシーンはあるかもしれない。

そんな一抹の望みをかけて鑑賞した。

結果、上記に該当するものはこれっぽっちもなかったが、ワイルドなスピードを愛するファミリーたちのシリーズとは違う意味で腹にガツンとくる作品だった。

詐欺ファミリー IN サービスエリア

“サービスエリア”と聞くと、地元の名物が食べられたり、お土産をイメージする人が多いだろうが、ギウ一家は違う。

小さな子供たちはもちろん学校に行っておらず、妻ジスク(キム・スルギ)は三人目を身籠っている。サービスエリアにテントを張り、「財布と携帯を失くした。後で銀行に振り込むからお金を貸して欲しい」と寸尺詐欺でその日の食料にありつき、追い出されては次のサービスエリアへ移動……を繰り返していた。

トイレで髪や体を洗い、日によってはトイレで眠る。そんな綱渡りの生活を繰り返していたところ、すでにお金をかりたことのあるヨンソン(ラ・ミラン)と別のサービスエリアで再び遭遇。不審に思ったヨンソンに警察に通報され、ギウは逮捕される。

ヨンソンは家具屋を営んでおり金銭的には裕福だったが、子供を失った過去があった。残されたジスクと子供二人を放っておけず、家へ連れて帰り一緒に暮らすことになる。

ヨンソンの配慮でジスクは仕事を得て、子供も学校に通えるようになった。一方、隙をついて警察を脱走したギウは、唯一の心の支えであった家族を失い狂気に陥ってしまう。

2つの家族が交差した時、想像を絶する事件が起こる――

まるで「社会ど底辺のランボー」

本国では賛否両論の嵐というだけあり、俺自身も鑑賞後しばらく思考回路が停止した。

悲劇なのか喜劇なのか……
幸せとは何なのか……
家族とは何なのか……

ネタバレしたくて仕方がないが、がっつり書いてしまうとBANGER!!!さんだけでなく色んなところにも迷惑がかかるのでやめておく。

個人的に、本作は“高速道路父さん”ことギウに対して何を感じるかが論点の分かれ道かと思う。

自分自身生きてきて思うが、社会で生活する以上「我慢」が大切だ。どんな生き方をしていても、つらいことはある。仕事が嫌になって辞めるのは自由だが、すぐに辞めてばかりいると、どんどん働ける間口は狭まっていく。これはどの国でも同じだろう。

しかし、ギウはというと大学卒業後、職を転々として、最終的に詐欺まがいの投資にまんまとハマり、無一文に。被害者たちから恨まれ、社会復帰は絶望的な状況になっている。

ギウは家族を守ることができていない。ギウの置かれた状況だと、家族のために別れるべきだ。それでも格好つけたくて家族、身重の妻や幼い子供たちにも苦しい生活を強いている。はっきり言ってしょうもない男だ。

現実にいたら好きにはなれない人種だが、これは映画。全てを失ってからのギウは絶好調だ。奇声を発し、号泣し、顔や手をぐちゃぐちゃにしながらスーパーや屋台で万引きした食料を貪る。

山に籠り顔に泥を塗りたくるギウの姿は、まるで「社会ど底辺のランボー」だった(あれが泥なのかう〇こなのか何度考察してもわからない。というか泥であって欲しい。マジで!!)。

田舎町を混乱に陥れたランボーは戦場では優秀な軍人だったが、ギウは色んなことから逃げ続けたくだらない男。彼が溜め込んだ負のエネルギーがついに爆発し、周囲を巻き込んでいく。

ある意味「ファイヤーブースト」な衝撃作

終盤、口からよだれを垂れ流し、泥まみれの姿で家族のもとにやってくるギウ。「家族を返せ!」と泣きわめくが、それは家族を想う父親の姿ではなく、まるでダダをこねる子供だ。その身勝手さにより、とんでもない事態になる。

みじめで痛々しいが、主演のチョン・イルの迫真の演技によってエンターテインメントになっている。生半可ではない、なんならチョン・イル自身が撮影にあたって多額の負債を抱えて家も失ったのでは、と心配になるほどの情緒不安定さだった。観た人にとって捉え方が分かれるであろうエンディングは強烈な後味を与える。

というわけで、カーチェイスもないしビキニで踊るお姉さんも出てこないが、奇声を発してトマトを貪るお父さんはある意味ファイヤーブーストしている本作。俺自身もそうだが、観た後に話し合いたくなる作品だ。

映画仲間と一緒に観たいと思うだろうが、『ワイスピ』の新作とウソをついて無理やり見せたらギウばりに社会から追い出されてしまう可能性がある。気をつけろよ。

文:デッドプー太郎

『高速道路家族』は2023年4月21日(金)よりシネマート新宿ほか全国順次公開

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