【読書亡羊】「Jアラート」に怒っている場合ではない! 北朝鮮の核・ミサイル開発の実態とは 井上智太郎『金正恩の核兵器――北朝鮮のミサイル戦略と日本』(ちくま新書) その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする週末書評!

ミサイル撃てば性能上がる

ミサイル警戒システム「Jアラート」が鳴ると、どういうわけか怒り出す人たちがいる。「被害なんて出やしないのに、大騒ぎするな」「危機を煽るな」というのだが、これは全く理解不能な反応だ。

つい先日、4月13日にもJアラートが鳴った。北朝鮮のミサイル発射だ。自衛隊は「初めて日本の領域内に落下するおそれがあると予測された」と発表。結果的には途中でレーダーの反応が消失し、日本の領域内には落ちず事なきを得たが、この時にも批判的な反応があった。

おなじみの「選挙前に危機を煽るな」という陰謀論的な批判や「予測が間違っているなんて頼りにならない」というもの、さらには「日本の国産ロケットより北朝鮮のミサイルの方が性能がいいんじゃないか」とあざ笑うものまで。「もっと予測精度を高めろ」という批判はいいとして、なぜ笑っていられるのか不思議でならない。

共同通信で外信部副部長を務める井上智太郎氏の『金正恩の核兵器――北朝鮮のミサイル戦略と日本』(ちくま新書)は、そうした「Jアラート嫌い」の人たちこそ読むべき一冊だ。読み終わるころには「笑っている場合ではない」と背筋が寒くなるだろう。

言うまでもないが、北朝鮮は伊達や酔狂でミサイルを飛ばしているわけではない。

よく言われてきた「国際社会、特にアメリカへの挑発」というのも、どうやらそれがすべてではないようだ。大半は、単に着々と、ミサイル性能を上げるために実験を繰り返している。それは日本にとって、酔狂や挑発よりも、よほど現実的な脅威と言える。

実際、北朝鮮のミサイル性能は上がっており、それによって危険にさらされているのは我々自身なのだ。

果敢な「トライアンドエラー」

序章でまず「あっ!」と気づかされることになる。技術将校出身の米軍高官の次のような言葉が紹介されているからだ。

「北朝鮮は地球上のどの国よりも速く新たなミサイル、新たな能力、新たな兵器を作っている」

「もしミサイル開発を早く進めたいのなら、早くテストし、早く実際に飛ばし、早く学ぶことだ」

昨年(2022年)だけで、北朝鮮は60発近いミサイルを発射している。あまりの「連発」に、日本側も妙に慣れてきてしまってさえいる。だがその一発一発が、性能向上に役立っているとわかれば「慣れ」では済むまい。

このショッキングな序章はウェブで公開されているので、ご一読をお勧めする(https://www.webchikuma.jp/articles/-/3067)。

北朝鮮のミサイルに脅威を覚える側であっても、時折混じる「ミサイル発射、失敗か」の報道に、どこか安堵し、ともすれば嘲笑しかねない雰囲気はある。だが、失敗は成功の母という言葉を出すまでもなく、北朝鮮は果敢に「トライアンドエラー」を重ねているのだ。

しかも、米軍高官によれば北朝鮮ではかつてとは違い、ミサイル発射実験で失敗した技術者を「粛清」しなくなっているのだという。

言論の自由があるからこそ、国産ロケットが打ち上げに失敗すれば「税金の無駄」などと揶揄される日本よりも、体制批判さえしなければ失敗も許される北朝鮮の方が「心理的安全性」が高いという驚きの状況さえあるのかもしれない。

斬首作戦封じの核戦略

北朝鮮の核開発とその使用原則(ドクトリン)についても、本書は詳しく解説している。

2022年9月8日に採択された、北朝鮮の「核武力政策について」という法令は、巻末に全文が引用されている他、第4章でも解説がある。

「核兵器の使用条件」について危惧されるのは、新法令では「指揮系統が危機に瀕している場合、金正恩の直接命令がなくても作戦計画に沿って核を使うことができる」と定められていることだ。

井上氏は、これを「金正恩殺害をもくろむ米韓の斬首作戦を封じるもの」と説明している。金正恩がいなくなれば核攻撃を命ずる人がいなくなる、つまり危機が取り除かれると思われてきたが、これを防ぐために北朝鮮は「金正恩が排除されれば自動的に核攻撃を行う」と定めたことになるからだ。

さらには北朝鮮が、ロシアのエスカレーション抑止(限定的に核を使うことで他国の介入を阻止)や、パキスタンの非対称エスカレーション戦略(劣勢にあることを前提に、戦術核の先制使用態勢と意志を示すことで相手を抑止)などを法令に取り入れている点も指摘する。

これは兼原信克・太田昌克・高見澤將林・番匠幸一郎『核兵器について、本音で話そう』(新潮新書)にも解説があった、北朝鮮の「核戦略への精通ぶり」を裏付けるものでもある。

核議論するならまずはここから! 兼原信克・太田昌克・高見澤將林・番匠幸一郎『核兵器について、本音で話そう』(新潮新書) | Hanadaプラス

本書は淡々とした筆致で事実関係や専門家の解説、井上氏自身の指摘を重ねていく。ゆえに読めば一層、北朝鮮に対する危機感が強まる。

それは2022年10月に日本の警察・金融庁・内閣府サイバーセキュリティセンターが連名で異例の「名指し警告」を出した、北朝鮮のサイバー組織「ラザルス」についても言えることだ。

ラザルスはハッキングなどにより、他国の銀行の資産や仮想通貨を強奪しているとされる組織で、そのサイバー能力は「日本をはるかにしのぐ」とさえ言われる。

ご興味のある方はジェフ・ホワイト『ラザルス――世界最強の北朝鮮ハッカー・グループ』(草思社)も合わせてお読みいただきたい。こちらは偽札づくりから始まる北朝鮮の「技術」に対する姿勢、能力の進展をうかがうことができる。

「お笑い北朝鮮」視の弊害

昨年4月、金正恩が革ジャン(?)にサングラスのいで立ちでミサイル発射をアピールする映像が放送された。「まさかのハリウッド風」と笑われ、格好をつけてもあか抜けない、出来の悪いパロディ映像のような仕上がりには笑いを禁じ得なかったが、『金正恩の核兵器』を読んだ後では、これすらも「世界の目を油断させる計算ずくの罠なのでは」とさえ思えてしまう。

「閉ざされた世襲制の社会主義国家で、時代錯誤のマスゲームや自国礼賛のテレビ報道を続けている遅れた国」だと侮っていては、北朝鮮の能力を見誤ることになる。特にミサイル開発は、金正恩政権になってから、一段も二段もギアをあげてきたというほかない。

Jアラート嫌いではない側であっても、時に「金正恩選手、今期10号目」などとホームランになぞらえた揶揄を書き込んだり、思わず笑ってしまったりした経験のある人はいるだろう。筆者(梶原)も例外ではない。

だがこうした「ネタ化」も、ともすれば北朝鮮の核・ミサイルを軽視する風潮につながったかもしれないと反省している。

私たちが北朝鮮を笑っている間に、相手は核・ミサイルやサイバー能力を磨きながら、こちらを笑っていたに違いないのだ。

梶原麻衣子 | Hanadaプラス

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