発達障害だった長男を悲観して「この子の人生を終わらせよう」と浴槽に沈めた母  精神疾患を抱え、幼児3人を〝ワンオペ育児〟

母と子のイメージ写真(本文とは関係ありません)

 2022年12月7日の京都地方裁判所。発達障害だった3歳の長男を浴槽に沈めて殺害した罪に問われた女性(39)に、懲役4年6カ月の判決が言い渡された。殺人罪の法定刑の下限である懲役5年を下回るのは異例だ。背景には、女性が抱えた事情があった。
 女性は事件当時、長男のほか4歳の長女、1歳の次女の3人を育てていた。夫が仕事でほとんどいなかったため、育児はいわゆる「ワンオペ状態」。長男は軽~中度の発達遅れがあり、自閉スペクトラム症の疑いと診断されていた。
 特に話すのが苦手だった長男に、女性は必死に向き合った。しかし、養育に疲れ、その将来を悲観する気持ちがぬぐえなかった。そして、ある日思った。「この子の人生を終わらせよう…」
 公判では、女性は自らも双極性障害(そううつ病)を抱えていたことが明らかになった。女性にはどんな支援が必要だったのか。(共同通信=遠藤麻人)

京都地方裁判所=2023年4月、京都市中京区

 ▽呼びかけに反応せず、目が合わない
 法廷に立った女性は、髪を後ろに束ね、黒いスーツとメガネを身に着けていた。細身で、どこにでもいそうなお母さんに見えた。
 被告人質問で本人が話したことや、検察官の説明で明らかになった経緯はこうだ。
 女性は2012年12月に結婚した。2013年3月に長女を、2014年11月に長男を出産した。自宅は京都府木津川市の集合住宅。詳細は明らかになっていないが、夫は不在がち。育児は大変だった。それでも長男を妊娠した時の喜びは忘れられない。
 最初の違和感は、長男が生後10カ月のころ。木津川市の乳児健診だった。体の成長や知的発達の程度の確認があった。「あれ、他の子どもと違う」。長男は呼びかけに反応しない。目が合わない。他の子どもと比べると、差がよく分かる。だが、夫に伝えても「気にしすぎ」と軽く受け流された。
 同じころ、女性の体調にも異変が訪れた。「朝、目が覚めても起き上がれない。家事がいつもより難しい」と感じた。かと思えば、ある日突然気分が高揚し、何事にも意欲的になった。精神科を受診すると双極性障害と診断された。双極性障害はそううつ病とも呼ばれ、気分の浮き沈みが特に激しくなる病気だ。でも、病院から処方された薬は飲まなかった。「授乳に影響が出るのでは」と心配したからだ。
 発達障害についてはインターネットで必死に調べた。「早く対策を取らなきゃ」。長男が1歳4カ月のころ、保育園に入れた。あえて刺激を与えて発達を促したかったからだ。
 しかし、女性はここでも、他の子どもと比べてしまう。長男だけ送迎時に笑顔はない。泣くこともない。その差が不安となって押し寄せた。両親に相談したところ、「何度もそんな話は聞きたくない」と言われた。女性は大きな孤独感を味わった。
 長男が2歳になるころには、3人目の子どもとなる次女が生まれた。忙しさは増すばかり。経済的にも苦しい。自分の体調の波にも悩まされた。長男は簡単な指示も理解できず、言葉も発しなかった。おなかがすいたのか。眠いのか。代わりに表情やしぐさから懸命に読み取った。
 その後、木津川市の保健師と相談し、長男は2歳9カ月で発達検査を受けた。その結果「軽~中度の発達遅れ、自閉スペクトラム症の疑い」と診断された。
 自閉スペクトラム症は発達障害の一種で、「目を合わせない」「ほほ笑みかえさない」などの傾向がある。自分の気持ちを伝えたり、相手の気持ちを読み取ったりすることが苦手とされる。
 長男は障害児向けの療養施設に通うことになり、調整が進んだ。救いの手が差し伸べられたかのようにも思えるが、女性は当時をこう振り返る。「障害(があるという事実)を受け入れようとすると、悲観してしまった。自分で自分の首を絞めているようだった」

 ▽スマホのニュースをきっかけに殺害を決意
 女性は法廷で、事件当日から逮捕までを赤裸々に語った。
 事件があったのは2017年11月24日。長男は3歳になったばかりだった。その日の朝、スマートフォンでニュースを眺めていた。心臓疾患で移植手術を受けないと生きられない子どもの記事があった。「長男も重い病気であれば、亡くなって悩みから解放される」と考えてしまった。その直後だった。「死」「終わり」という言葉に取りつかれ頭がぼーっとしてきた。「この子の人生を終わらせよう」と決意した。
 風呂場に行って浴槽に湯を入れた。迷いがあったのかもしれない。一度は水を抜いた。しかし、再び湯を入れ、台所で寝ている長男を運び、浴槽で湯に沈めた。途中、長男が目を覚まして動き出したが、無感情で約5分間押さえ続けた。やがて長男は動かなくなり、その後「子どもが溺れた」と119番した。
 救急車のサイレンが近づいてくると、われに返った。「これからどうなるのだろう」。現実感がぶわーっと押し寄せてきた。駆けつけた救急隊員に事件だと打ち明ける勇気は出なかった。
 翌日、夫に長男を殺したことを告白した。夫は動揺していた。残された娘たちのため、自首しないと決めた。京都府警の捜査員も事件だと気付かなかった。
 その後、夫とは離婚。親族と娘2人を育てながら過ごした。ただ、わが子を手にかけた後悔が消えることはなかった。「苦しくて、一人では抱えきれない」。事件から3年半が経過するまでには、妹や知人など数人に犯行を打ち明けた。「聞かなかったことにする」「残された子どもたちを守れ」と口々に言われた。
 事件から約4年後の2021年11月22日。知人の通報がきっかけとなって、女性は殺人容疑で逮捕された。最初は知人を恨んだ。でも、正直ほっとした。自責の念に駆られながら過ごした4年間は、まさに生き地獄だった。
 公判では量刑が争点となった。検察側は論告で「長男に身勝手にも『かわいそう』とレッテルを貼った。育児や悩みから解放されるために命を奪った」と非難した。求刑は懲役8年だった。
 弁護側は「さまざまな工夫をしたが、不安や焦りを募らせてしまった。障害のある人が生きづらい社会の中で、『身勝手』というのは、事件の一面しか見ていない」と反論。執行猶予が相当だと主張した。
 判決は懲役4年6カ月の実刑だった。殺人罪の法定刑の下限(5年)を下回る異例の量刑だ。それは、裁判長が「自身の障害に対する家族の十分な理解や支援がなく孤立感を深め、追い詰められた」と情状酌量したためだ。
 ただ裁判長は「長男の養育に疲弊し、将来を悲観した。犯行動機に酌むべき点はない」とも指摘した。判決の言い渡しを終えると、女性に語りかけた。「服役中、長男がどんな気持ちだったのか客観的に考えて想像してほしい。内省を深めてください」。女性は涙をぬぐいながら、しっかりとうなずいた。
 女性は控訴せず、判決は確定した。

事件についての記者の取材に応じる仏教大の田中智子教授=2023年2月、京都市北区

 ▽各地域に相談窓口、経済的支援も
 悲劇を防ぐことはできなかったのか。社会福祉学を専門とする仏教大(京都市)の田中智子教授に話を聞いた。田中教授は(1)行政の素早い介入(2)親が自身の悩みを共有する居場所の確保―の2点が重要だと指摘した。
 田中教授はまず、女性の家庭を「歯車がギリギリで回っている状態だった」と分析した。年の近い子どもが3人いて、女性も精神疾患を抱えていた。その中で障害のある長男のケアを一手に引き受けるのは無理があった。
 長男が自閉スペクトラム症の疑いと診断されたのが2017年9月。支援を受けられる療養施設への通園予定が2018年4月からだった。事件はこの間に起きた。田中教授は「通園予定まで半年以上の期間があり、女性は不安だったはず。自治体職員でも保健師でも、素早く丁寧に声かけできていれば違う展開になったかもしれない」と話す。
 夫は仕事でほとんど家にいなかった。しかし、それ自体が問題ではない。重要なのは、情報の偏りをなくすことだという。女性はインターネットで情報収集をしていた。田中教授は「障害は専門家から直接話を聞き、正しく理解することが大切。検査結果を夫婦で聞きに行くなどの配慮が必要だった」と指摘した。
 公判では、女性が経済的にゆとりのない様子もうかがえた。障害児への支援サービスには、行政による経済的な助成も用意されている。通所型なら市町村に、入所型なら都道府県に申請をする。その後、利用する施設と契約する。自己負担額は所得に応じて月額の上限が定められており、低所得世帯は無料で利用できる。
 二つ目の指摘は親自身についてだ。公判で女性は精神疾患を抱えながらも「長男と向き合い、自分なりに努力をした」と語った。しかし、家族の十分な支援や理解を得られなかった。保育園や定期健診で子どもの話はできても、親自身の悩みは話しにくい。田中教授は「じっくりと耳を傾けてもらえる機会が十分ではなかったのだろう」と推測する。
 田中教授によると、精神疾患を抱えながら子育てする親は多いとみられる。しかし、そうした経験を別の親に伝える枠組みは行政にはない。当事者同士が自らの経験を基に、情報を伝え合う機会は重要だという。
 各地には、発達障害の子を持つ親も参加できる「家族会」がある。田中教授は、これらを公的な制度に位置付け、相談や交流の機会を保障する仕組みを提案する。「子育てのロールモデルができることで、困難に直面した時の選択肢を増やすことにつながる」
 また、各都道府県や政令指定都市などは、発達障害者支援センターを設置している。センターは障害者やその家族からの相談に乗り、指導や助言を行う。
 京都府発達障害者支援センター「はばたき」の担当者は「発達障害の診断を受けていなくても大丈夫。家族や友人が代わりに連絡しても構わない。気になることがあれば、ハードルを高くせず、電話してほしい」と話している。

京都府発達障害者支援センターのパンフレット

© 一般社団法人共同通信社