真のパーパスを見つけ、浸透・展開させるために重要な7つのポイント

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真のパーパスを見つけ、それを生かすには何が必要か――。世界50カ国以上に拠点をかまえ、2万3000人以上が働くアイルランドの食品会社「ケリー・グループ」の事例をもとに、パーパスブランディングの専門家であるキャロル・コーン氏が、真のパーパスを定め、浸透させる上で重要な7つのポイントを解説する。(翻訳・編集=小松はるか)

1972年に酪農協同組合として誕生したケリー・グループはいくつかの買収を経て、現在では、食品や飲料、医薬品に使われる原料を生産・供給する純資産約70億ドル(約9200億円)のグローバル企業へと成長した。

同社が築いてきた資産を引き継ぎ、事業の舵取りをする立場となったエドモンド・スキャンロンCEOは2018年、食品業界の急速な変化を考えると、困難な未来が待ち受けていることを悟った。スキャンロンCEOは、企業のパーパス(存在意義)を定義することが、従業員や企業文化、実務、パフォーマンスを上手く一体化させる価値ある投資になるだろうと考えた。同社はいま、クリエイティビティやイノベーションによって食に新たな命を吹き込み、人々の暮らしを豊かにすることを目指すパーパス「Inspire Food. Nourish Life.」を掲げる。

コンサルタントとして同社のパーパスの策定・展開に携わったコーン氏は、自社が運営するポッドキャスト「Purpose 360」で、スキャンロンCEOと広報・ブランドの責任者を務めるキャサリン・キーオ役員と共に同社のこれまでの道のりを振り返った。ここで紹介する7つのポイントは、ケリー・グループが真のパーパスを特定、公表し、展開することを通じてどのように2万3000人の従業員を一つにしたのかを経営幹部の視点から語ったものだ。

1.パーパス・ステートメントは、組織にすでに存在するものを明確にしたもの

自社のパーパスを言葉にした声明「パーパス・ステートメント」とは、企業に強い連帯を生み、従業員の深い共感を呼ぶ、文化的につくり出されるもののことをいう。

スキャンロンCEOは「大事な問いは『なぜ(Why)』です。なぜわれわれは、われわれが行っている事業をしているのかということです。われわれが何をし、それをどう行い、それをどう評価するのか、どこに向かおうとしているのかについて語るのは非常に簡単です。しかし、『なぜ』という問いに対する明確な回答は誰も持っていませんでした」と振り返る。

2.パーパスを定義するために、経営幹部はそれにかかる時間やリソースを確約すること

パーパスを見つけ出すには、外部のステークホルダーを含むあらゆるレベルの従業員の声に耳を傾けることが必要だ。この過程があるからこそ、重要な情報を収集でき、従業員と雇用主の心理的なつながりを強くし、最終的なパーパス・ステートメントが公表されるときに賛同を得ることができるようになる。

キーオ役員は「エドモンド(スキャンロンCEO)は、これがトップダウンで行われてはいけないと強く認識していました。彼からは、英語圏や米国、欧州だけでなく世界各地から(ボトムアップで)行っていく必要があるという明確な指示がありました」と話す。

スキャンロンCEOは、パーパスを策定する過程において、異なる文化やジェンダー、人種、部門など組織内のあらゆる多様性を反映する必要があるということを明確に打ち出した。

3.パーパスの特定で最も重要なのは「傾聴」

200人を上回るステークホルダーへのインタビューやリスニング・セッション、フォーカスグループ(情報を収集するための少人数のグループ)、10地域でのワークショップを数カ月にわたって行い、組織のあらゆるレベルにいる人たちの意見を集めることができた。「いまだにパーパス策定までの全過程をとても懐かしく思い出す人が多くいます」とキーオ役員は言う。

CEOがステークホルダーの意見に耳を傾ける過程で必要なのは、現場で働く人たちと同じ視点に立ち、適切なタイミングで目に見える形で関与することだ。しかし、これはCEOがその立場からこの過程に何らかの影響力を及ぼしたり、ステークホルダーの意見を覆すことができるという意味ではない。

スキャンロンCEOは「会長であれ、フォークリフトに乗る人であれ、製造ラインの最終工程で袋詰めをする人であれ、ワークショップでは上下関係がありませんでした。この過程を通して芽生えた当事者意識や、感情的な結びつき、感情的な関与の度合いは目を見張るものでした」と話す。

4.従業員が自身の役割や日々の仕事のなかで、パーパスを自分事化できるようにする

スキャンロン氏は「会議室で役員たちがパーパスを自分事化し、『そうか、“Inspire Food”はクリエイティビティとイノベーションを意味しているんだね』と話し合う様子は実に興味深かったです。また、“Nourish Life”は、より健康でより持続可能な製品を作るという意味です。味に妥協することなく、環境への影響を最小限にしながら、製品の栄養分を向上させるために消費者と連携し、いかに消費者にインパクトをもたらすことができるかということです」と語る。

こうしたプロセスの一環として、従業員には彼ら彼女らの個人の価値観やパーパスが雇用主の価値観やパーパスとどう一致しているかを考える機会が与えられるべきだ。従業員が、自らの仕事が企業のパーパスとどのように結びついているかを確かめ、実感することは非常に重要である。

5.パーパスを特定・公表したら、売却や買収などを含む重要な決定はパーパスというレンズを通して下す

この5番目のポイントには、過去に行った決定の結果である経営、投資、戦略計画、人材、企業文化などの観点から、企業の現状を監査することも含まれる。もし既存の方法が新たなパーパスと合致していないのであれば、それは変えるタイミングだ。

「私たちは自社のポートフォリオを調べました。事業に関連する市場や領域、地理などです。そして、『これは私たちが目指しているものなのか。これは本当にありたい企業の姿なのか』を自問しました。こうしたことはパーパスを根付かせていく上で重要なことでした。パーパスを確実に実践し、重要な決定を下す際にはその決定がパーパスと合致しているかどうかについて必ず自らの責任を問うということです」(スキャンロンCEO)

「パーパスが事業戦略に完全に組み込まれている」と話す企業もあるが、スキャンロン氏はこう言う。「ケリー・グループでは逆です。事業戦略がパーパスに完全に組み込まれています」

6.社外に公表する前に社内で浸透させ、受け入れられるようにする

そうしなければ、失敗する可能性がある。スキャンロンCEOはパーパスに着手するために、経営陣を同社の歴史が始まった地、アイルランド・キラーニーに集めた。

「『なぜキラーニーに行くのか。パリやロンドンでないのはなぜか』と思う人もいるでしょう。しかしエドモンドに迷いはなく、すべての取締役に創業の地に立ち返るよう求めました。私たちは、最初の工場を訪れ、酪農場にも足を運びました。取締役の中には酪農場に行ったことが一度もないという人もいました」(キーオ役員)

喝采の中で発表された同社のパーパスは1年先まで外部には公表されなかった。「パーパスが社内で浸透し、理解されるまで、外部には明かさないと決めました。社内の人がパーパスを真に理解する前に、外部に何かを伝えても意味がありません」とキーオ役員は言う。

「外部に大々的に公表する前に、パーパスを組織に浸透させることは非常に重要なことです。パーパスを掲げたことではなく、本当に意義のある形で機能させることが重要なのです。実際に浸透させ、それぞれの個人的な価値観と企業の価値観を一致させるということです」

7.パーパスが世に出てから、企業は本当の意味で試される。パーパスを生かし、日々実践する

スキャンロン氏は「パーパスは従業員のものであり、従業員のためのものでなければなりません。一般的なありふれたものであってはいけません。それが良い企業であるということです。これは従業員が同じ立ち位置につくための最良の方法です。なぜなら、従業員の頭だけでなく心や魂にも響かせることができるからです」と言う。

https://youtu.be/IGqBW419s1g

ハーバード・ビジネス・スクールの事例研究
https://www.hbs.edu/faculty/Pages/item.aspx?num=59333

コーン氏が代表を務めるコンサルタント会社「キャロル・コーン・オン・パーパス(Carol Cone ON PURPOSE)」(米ニューヨーク)の役割について
https://www.carolconeonpurpose.com/kerry-group

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